第17話 二人の関係
オレンジ色の柔らかな光が照らす部屋の奥。
マーガレットについていくと、そこには上に続く小さな螺旋階段があった。
古びた石壁に囲まれるその階段も、洞窟同様に相当な年数が経っていることがうかがえる。
《この部屋も階段も、一体いつからあるんだ……?》
その経年への疑問を滲ませつつ、アクトは先を進むマーガレットとジアドの背を見据えていた。
この二人の関係は──
そんな思考を巡らせながら、リーリアの手を握り、ゆっくりと階段を登っていく。
「さあ、ここが私の店の地下室よーん。
とりあえず、何か飲み物でも用意するわねー。うふ。」
そう言ってウィンクするマーガレット。
アクトは顔を引き攣らせながら頷くと、近くにあったテーブルの椅子に腰掛ける。
上流階級相手の娼館や酒場で使われていたであろうテーブルは無駄に頑丈で、煌びやかな装飾が施されていた。
そして、ジアドは向かい側の椅子へ、リーリアはアクトの隣に腰を下ろす。
「なんか、すっごい高そうなテーブルだね!」
「ん?ああ……たぶん店で使ってたテーブルなんじゃねえかな?」
「そっかー。お店って、お酒とか食べ物でも出してるのかな?」
「いや、んっと……ま、まあ、そうなんじゃねえか……?」
アクトは返事に困った。
歓楽街のボスの店なんてリーリアに話せるような“健全”なものとは限らない。
亜人から慕われるマーガレットも、この街で生きている限り綺麗事だけではやっていけない。
《リーリアにはまだ早えよなぁ……》
そんなことを考えながら、アクトは少し困った顔で頭を掻いていた。
そこへ、両手に飲み物を持ったマーガレットが戻ってきた。
「おまたせー。アルコールは入ってないから安心してねーん。」
三人の前に用意されたのは、細かい泡を含んだ紫と赤の層を成すカクテル風の飲み物。
半月型に切られた、瑞々しいオレンジの香りが心を落ち着かせてくれる。
「わあ!美味しそう!!」
リーリアは目を輝かせて喜んだ。
これまでの生活で、こんな鮮やかな飲み物は見たことがない。
グラスに口をつけた瞬間、程よい炭酸の刺激と甘やかなカシスと柑橘の香りが鼻を抜ける。
「うお!なんっだこれ!?うめえ!!」
アクトはひとくち、ふたくちと口に含み、ついにはゴクゴクと勢いよく飲み干した。
そもそも果物自体が高級品だ。彼にとっても初めてのその味は、こんな状況でもなければ一生味わえなかったかもしれない。
「あらーん!そんな可愛い顔で喜ばれたら、私……前屈みになっちゃーう!」
マーガレットはクネクネと身体を動かしながらウィンクすると、ジアドの横へと腰掛けた。
ジアドは、まるで悍ましいものを見たような視線を向ける。そのまま呆れた様子で溜め息をつき、飲み物を二口ほどで飲み干した。
「……ふざけていないで、今後の話をするぞ。」
その瞳は冷めているものの、彼の声音は旧知の仲であることを滲ませていた。
ジアドの不遜な態度に、がっかりした表情を浮かべたマーガレットも同様に溜め息を漏らす。
「んもう!シャレが通じないんだから!で……
あんたたち、ガイアードの奴らと手を組むんだってえ?」
《……っ!?おいおいおい……
そんなの、ついさっきの出来事だぞ……!?》
アクトは目を丸くして固まった。
ベルとのやりとりから、そこまで長い時間は経っていない。
それにも関わらず、マーガレットはすでにその情報を掴んでいた。
「相変わらず耳が早いな。」
しかしジアドは、それが当然のことのように驚く様子を見せなかった。
二人のやりとりを見る限り、マーガレットはジアドの存在を以前から知っていたらしい。
「ルシウスの娘……ベルが我らと同行することになった。
ベルはベルで独自の目的があるが、ひとまずは協力してくれるそうだ。」
マーガレットは、その名を聞いて眉間に皺を寄せた。
いくら亜人に好意的な稀有な存在といっても、やはり人間であることに変わりはない。
人間嫌いのマーガレットにとっては、気に食わないのだろうとアクトは思っていた──
「なーによー!私以外の女を連れてく気ぃ!?
だったら、私のことも連れて行きなさいよー!!」
《……怒るのそこかよ……》
アクトは呆れて項垂れた。
どうやら、ベルの亜人好きはマーガレットも知っているらしい。
彼女の名を聞いても、アクトの時のような敵意は一切感じられなかった。
「あのさ……聞いてもいいか?」
アクトはマーガレットに問いかけた。
少し意外そうな顔をしながらも、マーガレットは不敵な笑みを浮かべて言った。
「なあにー?ジアドがここに連れてきたってことは大体話してOKだろうし、答えてあげるわよーん。」
マーガレットがそう言うと、ジアドもこちらを見て頷いた。
アクトは微かな安堵と、若干の嬉しさを感じながら話を切り出した。
「あんたたちは、昔からの知り合いなのか?
マーガレット……さんは、ジアドが夜眼の王だって知ってんのか?」
その質問を受けたマーガレットは、マドラーに指を添えてカラカラと回し始めた。
先ほどまでの陽気な表情とは打って変わり、どこか物憂げな笑みを浮かべる。
「やだあーん。マーガレットでいいわよー。
うふふ。そうねえ……少し昔話をしようかしらーん。」
そしてマーガレットは語り始めた。
それは、ある日突然マーガレットの前に現れた、一人の夜眼との運命的な出会いだった。




