第16話 裏のボス
姿勢を戻したマーガレットは、あからさまに不快さを滲ませた視線でアクトを見下ろした。
細い手足をしていても、しっかりと引き締まった筋肉を纏っているのが分かり、思わずアクトは息を呑む。
「兄貴っつうから楽しみにしてたのに……
てめえ、人間じゃねえか。ああ?私はな、人間が大っ嫌いなんだ。
なんで人間のてめえがリーリアみたいなイイ女囲ってんだ?金積んだか?ああ!?」
ものすごい迫力で詰め寄るマーガレットは、その圧力だけならジアド以上にも思えた。
張り詰めた棘のような空気がアクトの肌に突き刺さる。
「マーガレットさん、違うよ!?
アクト兄は、小さい頃から一緒なの!確かに人間だけど、ずっと私を守ってくれてたの!」
「人間が夜眼を守るだって?使い潰すことしか考えてないこいつらが?」
必死になってアクトの前に割って入るリーリア。
だが、マーガレットは戸惑いを見せつつも、アクトへの眼光を緩めることはなかった。
「お、俺はガキの頃にリーリアを任されたんだ!
誰になんて言われようが、こいつは俺の妹だ!!」
鬼のような形相で凄むマーガレットに、拳を震わせながらもアクトは引かなかった。そのままリーリアの肩に手を添え、再びマーガレットの前に立ち塞がる。
すると、マーガレットはアクトの顔を覗き込み、重く、身体に響く声で言い放つ。
「じゃあ、今ここで目玉一つよこしな。
大事な家族のためなら構わねえだろ?一つ残ってりゃ女一人くらい守れるはずだ。」
「えっ!?」
リーリアは驚きのあまり声を上げた。すぐさまアクトを庇おうとするリーリア。
だが、アクトは自ら彼女を手で制し、マーガレットをまっすぐ睨みつけて言葉を返した。
「……わかった。ただ、こいつが本当の自由を手に入れるまでは待ってくれ。
万が一、道中で残った目まで潰れちまったらそれこそリーリアを守れねえ。」
マーガレットはきょとんとした顔を浮かべ、そのまま静かに俯いた。
やがて肩を細かく震わせ始めると、大きな声を上げてアクトを笑い飛ばした。
「くく……あーははははは!!夜眼のために目をくり抜かれてもいいなんて……
とんだおバカさんじゃないのよお!んもおーさいっこう!あなた、気に入ったわーん。」
アクトはマーガレットの変容についていけず、眉間に皺を寄せて固まっていた。
隣にいたリーリアは、胃に穴が開きそうなほどの緊張から解放され、そっと胸を撫で下ろす。
「な、なんだよ。まさか……俺を試しやがったのか!?」
アクトが怒りを滲ませて身を乗り出すと、マーガレットは腕を組み、アクトを見下ろしながら鼻息を鳴らして言った。
「ふんっ!試す……とはちょっと違うわーん。
気に入らなかったらほんとにくり抜くつもりだったのよお?でも、あなたはご・お・か・く・よ。うふふふ。」
そう言ってウィンクするマーガレットに、アクトは若干青ざめつつ後ずさった。
アクトのあからさまな態度に、溜め息をついたマーガレットは改めて名を名乗る。
「やだあん。そんな顔されたら傷ついちゃうじゃなーい。んもぉ!
まあいいわ。私の名前は、マーガレット・ドミナーよお。よろしくねーん。」
「はっ!?ドミナーって、あの……!?」
アクトが驚くのも無理はない──
“ドミナー”といえば、唯一、夜眼でありながらルシウスと対等に話をできる歓楽街のボス。
ドミナーの機嫌を損ねれば、この辺りの酒場も娼館も、ただの買い物ですら門前払いされると言われている。
そもそも彼自身の戦闘能力が高く、また夜眼たちの心を鷲掴みにする彼には、ルシウスも迂闊に手を出せないほどだった。
「まあ、ルシウスちゃんにはさすがに私も手を出せないけどー。
向こうも私の縄張りでは、下手な真似はしないから安心しておきなさーい。」
まさかの出会いに跳ねる胸が落ち着かないアクトだったが、次々と舞い込む衝撃の連続に混乱する頭を抱えるしかなかった。
《ジアドといいベルといい……
しかも今度はドミナーだって……?まじでどうなってんだよ……》
そのまま額を押さえて俯くアクトに、リーリアが駆け寄った。彼女はアクトの顔を覗き込むと、ふわりとした笑顔で声をかけた。
「ふふ。なんだか、今までの暮らしが信じられないね。
でも、怖いこともあったけど……私今、すっごく楽しいよ!」
その笑顔を見たアクトは胸が軽くなるのを感じた。
今までは笑っていてもどこか遠慮がちだったリーリアが、満面の笑みを浮かべる様子にアクトも自然と微笑んだ。
「……話は済んだか?」
黙って聞いていたジアドが、痺れを切らして三人に声をかけた。彼の存在を忘れていたかのようにマーガレットが声を上げる。
「やだ!忘れてたわーん。ごめんなさーい?
とりあえず、ここの奥がうちの店の地下室に繋がってるから、ゆっくりお茶でもしながらお話ししましょー。」
そう言って、マーガレットはカツカツとヒールの音を響かせて奥へと歩き去った。
深い溜め息を漏らしたジアドも、ドカドカと重い足音で後をついていく。顔を見合わせたアクトとリーリアは、互いの手を取り合って彼らの後へ続いた。




