第15話 秘密の場所
この洞窟はいつからあるのか──
地下空間拡張は確かに数十年から数百年をかけて行われる大規模な事業だが、アクトは、まさか自分が掘っている大穴の片隅に、こんなものが造られているとは思ってもみなかった。
《いつの間にこんな……新しくはねえな……》
雑に取り付けられた足場は錆び、自分が付け直したいほどに危なっかしい。
アクトは懐中電灯を口に咥えると、恐る恐る手と足をかけてゆっくりと上へ登っていく。万が一に備え、夜目の利くジアドが後ろをついて登った。
「もう少し早くならんか?」
「う、うるせえな!あんたと一緒にすんな!」
少し呆れた様子のジアドに急かされ、急ぎつつも慎重に登るアクト。岩壁自体が脆いわけではないが、足場のガタつきが不安を煽る。
《大丈夫かよこれ……
それにしても、ずいぶん上まで続いてんな……》
そんなことを考えながら、徐々に近づく淡い光に期待と緊張を抱いていた──
しばらく登り、やっとのことで上に辿り着いたアクトは、オレンジの光に包まれた空間に手をかけ、上半身を持ち上げた。
その時──
「アクト兄ッ!!」
突然、光の中からリーリアの声が響き、アクトは両腕を掴まれた。
リーリアはそのままアクトを引き上げると、まるで待ち焦がれた恋人が現れたように抱きしめる。どんなに可愛い見た目をしていても、やはり夜眼だ。力が強い。
「無事だったんだね!どこも怪我してない!?」
今度は少し離れ、忙しなくアクトの身体を見回すリーリア。喜びと同時に、どれだけ不安で待っていたかを顔に滲ませる。
「だ、大丈夫だって!それより……!
急に抱きつくんじゃねえ!危ねえだろ!?」
アクトは、微かに赤らめた頬を隠すように視線を逸らす。
その姿を見てニヤつくリーリアだったが、アクトのすぐ後ろから、溜め息とともにジアドの低い声が響いた。
「感動の再会を邪魔して悪いが……
さっさと奥へ詰めてくれ。我が上がれん。」
「うわ!すまねえ!」
アクトは慌てて穴のそばから立ち退いた。
ジアドがのそりと身体を持ち上げると、そのまま明かりの奥へ歩いていく。
よく見れば、そこは部屋のようになっていて、ボロボロのソファや机が並べられ、贅沢を言わなければそれなりに住めるようになっていた。
「なんだこれ……?家、なのか?」
「ジアドにね、アクト兄の様子を見てくるから、ここでしばらく待ってろって言われて……」
リーリアはここへ来た経緯を話しながら、アクトの首に光るネックレスに目を留めた。
「え!?ていうか、そのネックレスって……!」
たとえ家に引きこもっていても、そのネックレスが意味することは彼女でも分かる。
リーリアの反応を見たアクトは、思い出したようにもう一つのネックレスを取り出した。
「そうだった。これお前の分な!
とりあえず最下層にいる間だけは、それがあればお前も外を歩けるぞ!」
リーリアはネックレスを受け取り、じっと見つめていた。やがて、再びアクトを見たリーリアは涙で瞳を潤ませる。
「じ、じゃあ、これ付けてたらさ……
アクト兄と……買い物とか、行けちゃうの?」
「あ?そりゃそうだろ。それがどうしたんだよ?」
リーリアはこれまでにないようなくしゃくしゃの笑顔を浮かべた。両手に握りしめたネックレスを胸に当て、ポロポロと涙を流す。
「お、おい!?なんだよ急に!」
「だって……アクト兄といられるのは家の中だけだったから……
ほんとはね、買い物したり、お茶したり……色々したかったの。ふふ。」
涙を拭うリーリアは、本当に嬉しそうに笑っていた。これまでずっと家に閉じこもり、リーリアにあった自由は暗闇の短い時間だけ。
そして何より、アクトと堂々と街を並んで歩けることが、リーリアにとっては何よりも嬉しかった。
「……っ!地表目指して上層に行ったらまた隠れなきゃだからな!
そ、それまでは……買い物でもなんでも、その……いつでも付き合ってやるよ!」
「ほんと!?アクト兄大好きッ!!」
照れくさそうに言い放ったアクトに、リーリアは声を弾ませて抱きついた。
慌ててアクトは引き剥がそうとするが、リーリアはきつく抱きしめて離さない。
「お、おい!やめろって言ってんだろ!?」
「やだ!しばらくこのままッ!」
そんなやりとりをしていると、奥からジアドが戻ってきた。アクトが苦しそうにしながら目をやると、ジアドの横には見慣れない女が立っていた。
いや、違う──
女みたいな派手な様相をしているが、間違いなく男の夜眼だ。
「あーららあああ!リーリアったら……
男がいたのお!?可愛い顔してやるじゃなあーい!!」
近づいてくる夜眼は、190cmほどでスラリと長い手足をしている。
耳にはジャラジャラとピアスをつけ、艶やかな紫のアイシャドウとマスカラ、ケチャップのような口紅を塗っていた。
「マーガレットさん!お帰りなさい!」
リーリアは跳ねるように彼の元へ駆け寄った。
すると、マーガレットは顔に似合わない柔らかな笑みを浮かべ、まるで母親が娘を愛でるようにリーリアの頭を撫でる。
「あ、あんた何者だ?」
アクトが目を見開いて固まっていると、マーガレットはぐっとアクトに顔を近づけ──
先ほどまでとは一変した険しい顔になり、アクトを睨みつけながら思わぬ言葉を口にした。




