第14話 アクトの覚悟
ジアドと固い握手を交わしたベルは、次にアクトへ向き直った。
彼女は上着の懐から何かを取り出すと、それをアクトへ手渡す。それは、ガイアードファミリーの家紋が彫り込まれたネックレスだった。
ベルはそれをアクトに二つ、そしてもう一つをジアドに差し出した。
「なんだこれは……?」
ジアドは不思議そうに首を傾げ、アクトは驚きつつも、どこか見慣れた様子でネックレスを眺めていた。
《まさかこれ……!》
ベルは笑みを浮かべると、ネックレスを指さして言った。
「それを首に下げていれば、最下層であんたたちに手を出す奴はいなくなる。
あたしたち“ガイアードファミリーのもの”だと一発で分かる印さ。まあ、所有物みたいで悪いが、そこは我慢してくれ。」
「まさか、リーリアの分も……?」
恐る恐る尋ねるアクトに、ベルは腰に手を当てて豪快に笑った。
「当たり前だ。あたしは夜眼が好きだって言ったろ?
それに、噂じゃ岩壁中を飛び回っていたらしいじゃないか。
それが本当なら、あたしやジアドとはまた違った戦力になりそうだ。」
「なっ!?」
ベルの言葉にアクトは身を乗り出した。
いくらベルが相手でも、リーリアを危険に晒すなら黙っているわけにはいかない。
ベルが漂わせる威圧感に身を震わせながらも、アクトは鋭い視線を彼女に向けた。
「あんたには、めちゃくちゃ感謝してる!
でも……!リーリアを危険な目に遭わせるのだけは許さねえぞ!!」
声を必死に絞り出すアクトを、ベルは薄く笑った。
それはバカにするというよりも、その無鉄砲さに呆れているようだった。
「気が強いのは結構なことだが……相手は選べよ?」
ベルが言い放った瞬間──
ビリビリと肌を刺すように空気が張り詰める。
「くっ……!!」
顔を顰めて身構えるアクトを、ベルは冷ややかな目で見下ろしていた。
「その言葉がただのハッタリにならないよう、お前自身も力をつけるんだな。」
「……ちくしょぉ……っ!」
だが、その言葉はもっともだった。
ついさっきも、ベルに現実を突きつけられたばかりだ。アクトは悔しさを滲ませ、それでも引けない想いを口にした。
「必ず俺自身がリーリアを守れるようになってみせる!
だが……今はどうか、あんたの力を貸してくれ。頼むッ!!」
真剣なアクトの姿を見たベルは、からかうような笑みを浮かべて肩を叩いた。
「そんなにピリピリするな、アクト。
心配しなくても、自分を守れるだけの力をつけさせるだけだ。
それともお前は、自分より弱いままの女を助けて悦に浸りたいだけなのか?」
これにはジアドも深く頷いていた。
どうやら彼も、二人を連れていくと決めてから同じことを考えていたらしい。
「我もベルに賛成だ。上層を目指す以上、常に危険はつきまとう。
リーリア自身も、自分の身を守れるだけの力をつけて損はない。」
アクトは唇を噛んだ。そんなことは自分でも分かっている。ただどうしても──
人間である自分が、一人だけ置いていかれてしまうような焦燥感があった。そんなアクトの心を見透かしたのか、ジアドがそっと声をかける。
「お前は、大きな勘違いをしているぞ。
我やベルの力も、リーリアにとっての“お前という存在”には、決して敵わん。」
「……っ!!」
その言葉にアクトはハッとした。
自分にとってリーリアが大切なのと同じように、リーリアを支えてやれるのは自分だけだと気づかされた。
アクトは拳を握り込むと、俯いていた顔を上げ、ベルをまっすぐ見つめて言った。
「リーリアがもし強くなっても、あいつを支えてやれるのは俺だけだ。
でも……だからって役立たずのままはごめんだ。ジアド、ベル……俺にも戦い方を教えてくれ。」
アクトの瞳にはもう迷いはなかった。
その胸には、リーリアを守り抜くという強い意志が広がっていた。
彼の目を見たベルは、掲げた拳に力を込めて豪快に笑った。
「ははは。任せておけ!
あたしがお前をとことん鍛えてやる。覚悟しておけよ?」
「あ、ああ!やってやる……!」
改めて覚悟を固めたアクト。
ジアドとの出会いと、思わぬベルの協力の下で、リーリアとともに地表を目指し、まずは下層へ上がるための準備をすることとなった。
◆◆◆
ひとまずベルと分かれたアクトとジアドは、リーリアが待つ場所へ向かうことにした。
驚くほどの怒涛の出来事に追われていた二人だが、まだ夕方にもなっていない。
「最下層の中に、リーリアを隠せる場所なんてあったのか?」
「それについては問題ない。協力者がいると言ったろう?」
その場所へ向かう前にアクトの家へ立ち寄るため、ガイアードの屋敷を出て歓楽街を抜ける二人。
それにしても、まさか自分たちがこんな堂々と街中を歩けるとは思いもしなかった。
ジアドの強烈な風貌も、ベルに貰ったネックレスのおかげか、むしろ街に馴染んでいる。
「なんだよ、あのすげえ夜眼……」
「ガイアードさんとこから出てきたぞ?」
「用心棒かねぇ。すげえガタイだな……」
街の住人が、コソコソと噂話をする声がアクトの耳に届く。なぜか自分のことのように得意げな顔でアクトは頷いていた。
《分かるぜえ、その気持ち……!!》
すると、また別の声が聞こえた。
「あのチビはなんだ?」
「さあ……パシリじゃねえの?」
さっきまで得意げだったアクトの顔はみるみる赤く染まり、顔に皺を寄せて俯いた。
そうこうしているうちに、街の端に位置する、大穴の近くに佇むアクトの自宅に到着する。
「ちょっと荷物取ってくるから、そこで待っててくれ。」
家の中から荷物を取ってきたアクトは、早速リーリアのところへ案内するようジアドに促した。
「では急ぐぞ。舌を噛むなよ。」
「あ?」
その瞬間──
ジアドはアクトを片腕で抱え込むと、地下空間拡張中の大穴へと躊躇なく飛び込んだ。
《はああああああッ!?》
突然の出来事に言葉を失うアクト。
ジアドはそんなことお構いなしに、足場やレールを巧みに使って壁面を滑るように進んでいく。
やがて、天蓋の光から隠れるように、壁に彫り込まれた穴が現れた。
その奥には、夜眼でないと視認できない暗がりが続く、細く長い洞窟が広がっていた。
「こんなとこに道があったのか……!?」
アクトは闇に慣れない目を凝らしながら、ジアドに手を引かれて穴の奥へと進む。
突き当たりに差し掛かると、そこには上へ向かって伸びる長い縦穴があり、雑にかけられた足場を登った先には、微かに灯る光が漏れ出していた。




