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14 聖女、王子、公爵令嬢。本当の後日譚①


「いやぁ、何がどう番狂せが起きたら、こんなことが起きるんですかね」


 王宮の一室。

 いつもの甲冑ではなく、正装である騎士の姿に身を包んだカインが、首を傾げながら、セディリオに言った。


「うるさいぞ、カイン……」


 白い正装に身を包んだセディリオが、苦々しい顔をしながら言った。だが、どうにも、滲む喜びを隠しきれていない。カインが、ぽりぽりと頭の後ろを掻いた。


「くそう、賭けにするんだった。そしたら胴元のオレはボロ儲けできたのに」

「お前、賭博行為が禁止されているの知りながら、この"新国王"の前で言っているのか?」


 カインは口笛を吹くような動作をした。その後ろで、ネリネとラナンが、ハンカチを濡らしながら、さめざめと泣いている。


「うぅっ、ロゼ様ぁ、お似合いでございますぅ……」

「感涙でございますわ。ちょっと、相手が殿下なのが微妙に解釈が合いませんが……」


 何やらこやつらもあれな感じ(厄介)なことを言い始めている。セディリオは、ため息を吐いた。どうしてこう、あちらこちらと、厄介というのは湧いて出るんだ。


「言われていますわよ?――――"旦那様"?」


 ……分かっていることだが、殺傷力が高すぎる。


 白いドレスに身を包んだロゼルフィーユの美しさを語るには、この世にある言葉では足りないと、セディリオは思った。それでも言葉を紡ぐのならば、静謐な雪原に咲いた、一輪の白薔薇だろうか。


 体に沿うようにデザインされたマーメイドドレス。その形特有の、腰元から裾にかけて広がるシルエットは、ロゼルフィーユの品格と、内に秘めた優しさをそのまま形にしたかのようだ。清純さと、そして、セディリオを揶揄うように緩めた口には妖艶さを乗せて。この微笑みを受けると、自分が持てうる何もかもを差し出してしまいたくなる。


 凍てつく氷の彫刻のような、雪の女王のような美しさと、春を告げる妖精のような愛らしさ。ロゼルフィーユは、その両側面を持ちながら、微笑んでいる。


「………ローゼ、その……」

「なんですの?」


 息を吸って、吸って、吸って……それこそ過呼吸になりそうなぐらいに、吸って。


「………綺麗だ。君が、好きだ。君を愛してる。…俺と一緒に、この国を守り、導いて欲しい」


 なんとか、言い切った。ロゼルフィーユは少し目を丸くした後に、くすくすと笑った。少女のような笑顔だった。


「ふふ、もう、何回も聞きましたわよ。そして、何回もお答えしましたわ」


✴︎


 ――――あの後。


 ロゼルフィーユは、公爵家にルミナを匿った。彼女に呼ばれ、公爵家に行ったセディリオは、いきなり、とてつもなく気まずそうに頬を掻くルミナと顔を合わせたのだ。


「る、ルミナ……君……本当にいなくなっただけだったのか……!」

「え、え、えへ、えへ……。お、お久しぶりです、殿下ぁ……」


 こそこそと、ロゼルフィーユの後ろに隠れるルミナ。それを覗き込むように回り込むセディリオ。ルミナは今度はそそ、とロゼルフィーユの正面に回り込む。

 ロゼルフィーユを中心して、魔王を討伐した聖女と王子は、ぐるぐると回り始めた。ロゼルフィーユがため息を吐いた。


「う、うわーーーん!ごめんなさい!ごめんなさいでした〜〜っ!」


 そう言いながら、ルミナは猫もかくやという速度、いや、彼女の得意魔法である光の速さのように退室しようとした。だがそこは、これでも魔王討伐の英雄の片割れ、セディリオである。ルミナの前に回り込むと、唯一の出入り口であるドアを通せんぼをするように塞いだ。


 がっ、と、勢いよくルミナの肩を掴む。


 ルミナが怯えたように、華奢な肩を震わせた。大方、怒鳴られるとでも思ったのだろう。セディリオからしたら、兵士に大声で号令をかけていたぐらいでそれぐらいのことを思われるのは、心外である。


「………で、殿下。あの、ほんとに、わたし…」

「……………………った……」


 セディリオは、ルミナの肩を掴んだまま、俯いた。ルミナが、おろおろと視線を彷徨わせて、助けを求めるようにロゼルフィーユを見た。だが、お優しい公爵家のお姫さまは助け舟を出してはくれない。


「……………きみが、生きていて、よかった………っ!!」


 セディリオは、泣いていた。青い瞳に、心からの安堵と喜びを載せて、ただの子供のように。ルミナはそれを目を見開いて見つめた。

 呆然としていたルミナが、やがて、ぽつりと、口を開いた。


「……なんだ、わたし、思ってたより、いろんな人に好かれてたんですね」


 ルミナの目にも、薄い膜が張っていた。

 ロゼルフィーユはそんな二人を、目を細めて眺めていた。


✴︎


 聖女ルミナの生存。

 その報せは、王国全土に早馬となって駆けた。


 だが、その報せにはこんな裏話がある。


 ルミナはこのまま死んだことにして、匿った方がいいのではないかと言ったのは、セディリオだった。そう口にした途端、ロゼルフィーユに、額をデコピンされた。


「どうして、世界を救った聖女が、死んだことになって、こそこそと暮らさなければなりませんの?」

「い、いや、だってローゼ。私だって、そうは思うが。ルミナが生きているなどと知れれば、また、要らない重責を背負わされるだろう」


 しどろもどろに言葉を紡ぐセディリオ。

 ロゼルフィーユが、じりじりとにじり寄ってきた。半歩ずつ後退するが、壁にまで追い込まれる。ドン、と、壁に手を着かれた。ロゼルフィーユのエメラルドの瞳が、力強くセディリオを見た。


 ……こちらの気も知らないで、顔が近い。彼女の銀色のまつ毛と、自分のまつ毛が、触れ合いそうだ。


「それは、彼女の責任ではありません。期待をする、(わたくし)たちの責任でしょう」


 そんなセディリオの心境も知らず、言葉を紡ぐロゼルフィーユは、まさしく魔性の女だと、王子は思う。


「…………なら、どうする?」


 なんとか、セリフを絞り出した。ロゼルフィーユは、何か考えていることがあるようだった。彼女が無策な訳がない。


 ロゼルフィーユが、壁から手を離した。

 エメラルドの瞳が、射抜くようにセディリオを見る。


  彼女が欲しいものは、わかっている。権力だ。

 聖女ルミナを守るためには、途方もない権力がいる。公爵令嬢という高価な身分の彼女ではあるが、所詮は"令嬢"だ。


 セディリオは、腹を決めた。


 彼女に、一生自分の思いが伝わらずとも良い。それでも、彼女に利用され、そして彼女を利用してやろうという覚悟。ロゼルフィーユのことがずっと好きだった一人の少年の覚悟であり、王として彼女が一番、その座(王妃)に相応しいと考えたが故の覚悟である。


 あったのだが。


「公爵になろうと思いますの。それも最短経路で」

「はっ?」


 決めたはずの覚悟がいきなり明後日の方向へすっ飛んで行った。ロゼルフィーユの公爵RTAの大宣言は、王子の思考を止めさせる。


「(今、彼女は、なんて言った?「結婚してくださる?」とかではないよな。公爵になる。公爵になる……公爵に…なる!?)」


「というより、なりますわ。お父様にも既に話は倒しております。"女公爵などいたこともないが、要は、周りを黙らせるのに必要なのは実績だ"と仰られました。(わたくし)もその通りだと思いますわ」


 何言ってんだよ、グレイシア公!!

 お前は宰相だろうが!


 内心でそんな叫びが止まらない。ロゼルフィーユは、そんなセディリオの心境をよそに、滑らかに続ける。


「とはいえ、魔王が死んだ以上、これ以上立てる武功もございません。となれば、内政でしょう。とはいえいきなり小娘が中枢に入れるとは思っておりませんわ。ですが、魔王討伐後、荒れ果てたこの国を整えるべきなのも事実。そこでまずは、魔族の侵攻により田畑が荒れた事による食料問題の解決からと考えております。これが(わたくし)の考えた議案書なのですけれど、殿下、宜しければ――――」

「待て、待て待て待て、待て!!」


 紙をどこからか取り出したロゼルフィーユの細腕を咄嗟に掴む。なんですの?離してくださいまし、とでも言いたげな、不満そうな顔をした。くそ、かわいいな。


「いきなり不躾だと思われましたでしょうか。それとも、アプローチに問題が?であれば、ぜひご意見を願いたいですわ。魔王亡き今、まずどこから手をつけるべきなのか。一読する価値もないというのであれば、再考してまいります」

「君の施策は是非とも後で読ませてもらいたいが、いや、そうじゃないだろ!?」

「……?何を仰っているのか、よくわかりませんわ。具体的にどこが"そうじゃない"と?」

「何もかもだよ!!いや、分かった、君の気持ちはわかった。仮に君が公爵になったとしよう、どうする気なんだ!?」


 ロゼルフィーユはまっすぐセディリオを見た。


「父の跡を継いで、宰相になれれば僥倖ですわ。今は実績の足りぬこの身ですが、必ずや殿下――――いえ、"陛下"をお支えします」

「(支えては欲しいが、そうじゃない!!!!)」


 内心を声に出さないようにするのがこんなにも大変だとは思わなかった。こほんと咳払いをして、セディリオはロゼルフィーユの手を離した。


「……世継ぎは?婚姻はどうする気だ。君は、公爵令嬢として嫁入りをする立場だっただろう」

「長男以外に打診しますわ。公爵家に自分の家を組み込めるチャンスですもの、手は挙がるものと考えております。それに元々、我がグレイシア家は(わたくし)以外の子宝に恵まれませんでしたわ。親族から跡継ぎを取る予定でしたが、まぁ、それなら(わたくし)がいっそ公爵になってもいいのではと」

「挙がるだろうなそれは。そして思い切ったな。俺の気持ちは!?」


 はっとする。

 世界の音という音が消えて時間が止まったかのような錯覚。自分の秘めていた恋心がバレてしまいかねない発言に、セディリオは凍りつく。ロゼルフィーユが、納得したように頷いた。


 ああ、終わった――――――。


「なるほど、殿下の婚約者がルミナになってしまいかねないという話ですわね。(わたくし)も懸念はしておりました。ですが、ご安心ください。(わたくし)、こう見えて人脈は広いんですのよ。王配にふさわしい貴族の令嬢も何人か浮かびますし」


 終わっていなかった。


「……いや、違…違う……だろ!!」


 ぷつりと、何かが切れた感覚がした。堪えかねた本心が、セディリオの口から吐露される。


「そ、そうじゃなくて、俺は…君に、ローゼに、王妃になって欲しいって……っ!」

「ですがその話は、終わった話ですし」


 終わった話をわざわざ蒸し返すほど恥知らずではありませんわ。きっぱりはっきり、ロゼルフィーユは宣言した。勝手に終わらせないで欲しい。


 こちとら、10年以上も君のことが好きなんだぞ!!サディリオは内心で暴れ狂う。


「頼むから俺を使えよ!――――君のことが好きなんだよ、ずっと!!」

「え、…」


 ロゼルフィーユの心底驚いたような声に、はっと、我に返る。だが、一度口にした言葉は取り消せない。こちらを見つめてくるエメラルドの瞳から少し目を逸らしながら、セディリオはぼそぼそと言葉を紡ぐ。


「……だから、利用すれば、いいだろう。……君のことが好きで、君に、膨大な権力を与えられる()がいるんだから」

「……………………その、…どうしてですの?セディ、(わたくし)、むしろあなたには嫌われているかと。……小姑のようなことばかり申しておりましたし」


 昔の愛称でセディリオを呼んでくるあたり、よほど驚いたのだろう。彼女のそんな顔を見たのは、随分久しぶりな気がした。


「だからだよ。…君に責任を説かれ続けて、俺は、今の俺になった。それで…そんな俺を、俺は結構、気に入っている。……ワガママ王子だった俺を変えてくれたのが、君だからだ」

「……ふふ」


 ロゼルフィーユは微笑んだ。


「でも、良いんですの?(わたくし)、結構わがままな女ですのよ」

「いいさ。昔からだろ?」


 ロゼルフィーユに、セディリオは手を差し出した。二人の幼馴染は、少しの間、見つめ合う。ふと、カインの言葉を思い出した。


『普通、女を口説くなら、まず伝えるべきは国益じゃなくて愛なんですよね』


 ……全くその通りだ。セディリオは、口を開く。


「ローゼ、好きだ。君を愛してる。俺と一緒に、この国を守り、導いて欲しい」


 でも、結局、口から出たのは、愛と国益の混ざり合ったような言葉。仕方がない。だって、民のことばかり考えているこの女(ロゼルフィーユ)に最も効く口説き文句は、これなのだから。

 ロゼルフィーユの手が、セディリオに重ねられた。嬉しそうに、瞳を細めて。ロゼルフィーユは言葉を返した。


「喜んで。…今の(わたくし)は、あなたの愛に返せる言葉を持てませんが、きっと、いつか、同じ言葉を返せると思いますわ」


 それは。

 いつか、セディリオを愛せると思うと、そういう意味だろうか。とびきり愛らしく、少女のように、ロゼルフィーユが笑いかけてきた。


「だってあなた様は、(わたくし)と同じぐらい、民のことばかり考えておりますもの!」


 ……はぁ、と溢れ出そうなため息を飲み込んで、笑みを作った。

 ルミナに対しての解像度は異様に高いくせに、俺への解像度はどうしてそう、死んでいるんだ。妬きそうになる気持ちを抑えた。


 だがそれでも、不思議と、悪い気はしなかった。

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