15 聖女、王子、公爵令嬢。本当の後日譚②
聖女ルミナを王妃に推す声は、確かに上がった。
だが、老齢の王と代替わりする形で国王となったセディリオが、就任の場でロゼルフィーユとの婚約を発表するのと同時に、「10年以上前からずっとロゼルフィーユだけが好きだった」と言ってしまえば、反対出来る者などいない。
元々、ロゼルフィーユの評判は悪くはなかったし、家柄も良い。ルミナほどではないが、光魔法が使えるという点も、貴族たちを黙らせる良い材料になった。
――――そして、今日は、ロゼルフィーユが正式に王妃になる日。二人の結婚式だ。
バルコニーの方からは、「セディリオ国王陛下!」「ロゼルフィーユ様!」と、歓声が聞こえてくる。
ルミナは、幸せものだと、セディリオは思った。
ロゼルフィーユの横顔を盗み見る。強い、決意に満ちたエメラルド。いつ何時見ても、どんな宝石よりも美しいと思う。彼女が「守る」と言ったのなら、絶対にそれは守られる。もし、ルミナが、そうはならないと、そう思ったのなら――――それは、ロゼルフィーユのことを、舐めている。この女は、未来の国王を振って、その宰相になろうとしたとんでもない女なのだから。
「………あの、殿下。いや、陛下…」
バルコニーにいよいよ踏み出そうという時、カインが、控えめに声をかけてきた。名残惜しみながら、ロゼルフィーユの手を離す。すぐさま彼女にネリネとラナンが抱きついて、おいおいと泣き始めた。
「これ、聖女ルミナ様からです。"陛下"宛てに」
「は?」
セディリオの脳裏に、記憶が蘇った。
国王になったばかりの数週間前のことだ。
婚約をまさに発表されたばかりのロゼルフィーユが、セディリオの国王就任演説の後で、国民に向けて発した、「聖女ルミナには、癒やしの時間が必要なのです。聖女に感謝を覚える者は、そっと、彼女の幸福を祈りなさい」という演説は、民の心を打った。
ついでとばかりに、ロゼルフィーユは、その場でルミナの父である男爵を断罪した。
あの時の家宅捜索の他にも、掘れば掘るほど罪状は現れた。横領に密輸、そして何より、ルミナとその母を捨て、呼び戻したルミナに、虐待に近い行為すら働いていたこと。
敵を明確に作れば、そちらに関心が集まる。
ロゼルフィーユは、男爵を晒しあげることで、国民の視線をそちらへと向けたのだ。
曰く、「きちんと反省したのなら、辺境でまずは野菜を育てるところから」やらせてやる気らしい。本人の「それでもあの男爵も国民なのだ」という優しさから来ている考えだろうが、恐ろしい女だと思う。
……ロゼルフィーユの演説は、セディリオの就任演説よりも余程感動されてしまった。後からカインに「セディリオ陛下、何か喋ってましたっけ?」と言われた時は、少し泣きそうだった。
その後、二人は、ルミナのために、王家の別荘を貸し出した。湖のそばの別荘で、ルミナは相変わらず、惰眠を貪っている。結婚式の招待状を送っても「そういえば、断罪ありがとうございました!スッキリしました!行けたら行きます」と言って、結局来なかった。
そんなルミナが、なぜ。
ロゼルフィーユを見れば、一度、視線が合った。
だが、助けをくれる気配はなさそうだ。
開けた瞬間に光魔法が大爆発するだとか、そんなことはないだろうな。訝しみながら、セディリオは、意を決して手紙を開く。
―――爆発はなかった。
『セディリオ陛下、ご即位、ならびに、ご結婚おめでとうございます』と、そんなありきたりな一言から、手紙は始まっている。
……だが、そこは"聖女様"。
ありきたりなのは、そこまでだった。
『別荘もありがとうございます。
ところで、わたしは正直納得を全くしていないですが、ロゼルフィーユさんを王妃にされたのは良い判断だと思います。
でも正直、王配よりも女王の方がロゼルフィーユさんにはしっくりきますよね。
いや、全然殿下のこと嫌いとかじゃないんです。旅ではお世話になりましたし。嫌いとかじゃないんですけど、陛下が王配で、ロゼルフィーユさんが女王の方がしっくりくるとこありません?
ロゼルフィーユさんもそう言う気がする、いや待って、ロゼルフィーユさんはそんなこと言わないです。誰ですか!?そんなこと書いたの……ともかくですね……』
「はぁー………………」
がっくりと、深いため息が漏れた。
ルミナも、これなのか。これってそんなに、あちこちにいるのか?いていいものなのか?いや、いてたまるか。
半分胡乱なものを見る顔をしながら、セディリオは、手紙に目を通した。ロゼルフィーユもロゼルフィーユなら、ルミナもルミナだったとは。ロゼルフィーユのあれから始まった物語が、ルミナのこれで終わるとか、どういう話だ。
色々と、言いたいことは山のようにあった。
だが、これ以上民を待たせるわけにはいかない。手紙をあえて、胸ポケットの中にしまい込んだ。ロゼルフィーユが、手を差し出してきた。
「それは俺の役目だぞ」
それだけ言って、ロゼルフィーユの手を握り返した。厄介な女だ。こうやって自分の手を握っているくせに、見ているのは民で、その感情が渦巻いているのはルミナだ。
だが、それを振り向かせるのも、少しばかり楽しいような気がしたし、何より――――セディリオは、自分の方を向かない彼女の横顔がたまらなく好きなのだ。自分自身、どうしようもない男だと思う。
「(……ルミナ、最後の文は、完全に、君に同意だよ。そして、"そうならないように"、全力を尽くすさ)」
セディリオの口に、少しの笑みが浮かんだ。
✴︎
ゆらり、ゆらり。
かたん、かたん。
穏やかに、窓の外の凪いだ湖を見つめながら、ルミナは、椅子の上で膝を抱えた。
ゆらゆらと揺れる椅子は、最近のルミナのお気に入りだ。
「そろそろ、結婚式が始まるかな?」
白いワンピースの裾が、ルミナの動きに合わせてゆらゆらと揺れる。胸元にギャザーが寄っていて、リボンを結べるようになっているそれは、最近自分で買ったお気に入りだ。目の前の小さなテーブルには、焼いてから少し経ったクッキーがある。クッキーを焼いたのなんて久しぶりだから、上手くできるか心配だったが、存外に上手く行った。
結婚式、行かなかったな。行けばよかったかな。でも、行かなくてよかったよね。
だって、わたし、絶対拗ねちゃうもんね。
「……ふふ」
悪巧みをするように、笑みが浮かんだ。
王子様。いや、"陛下"に、手紙が届く頃だろう。わざわざ、「式の直前」に届けるように頼んだのだ。どんな顔をしているだろうか。
まるで、歌うように。
ルミナは、あの長文の手紙に書いた、最後の一言を口ずさむ。
「ねえ、セディリオ新陛下。"あのひとは、世界でいちばん綺麗で、やさしい人なんですから――――"」
恋愛小説を閉じる。王子とお姫様が結ばれるオチは、ありきたりだが、嫌いではなかった。掌を見つめる。何度も疎んだこの手を、いつになく、穏やかな気持ちで見つめられた。
ルミナは、手紙の最後の最後に書いた、脅しにも似た、彼女なりの最大の祝福を口ずさむ。
「"大事にしなきゃ、滅ぼしちゃうんだからね"」
初めて思いついた、大いなる力の使い道は、存外、楽しそうに思えた。あれだけ波打っていた不安も、今は打って変わって穏やかだ。
だって、ルミナは、最強で。
そのルミナを、王妃様が守ってくれるのだから。
それが無敵でなくて、なんだというのだろう。
くすりと笑って、ルミナは膝に耳をつけるようにして、湖を見た。窓越しにゆらめく水面を見ていると、眠気に襲われる。
窓から風が吹いた。
ルミナの胸元の、薔薇の形をした、少しばかりいびつなリボンが、そよそよと揺れた。
ルミナは、そっと、睡魔に身を委ねた。
少しの笑みを浮かべながら眠るその姿は、聖女の姿を描いた一枚の絵のようでもあり―――――ただの、ごく普通の女の子の日常を、切り取ったようにも見えた。
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