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12/15

12 これしかない


 夜の海岸は、海と夜空の境界線が溶けたようだと、ルミナは思う。


 昼は確かにあった水平線が、夜になると、海と空が抱擁して消えてしまう。まるで、最初から一つだったと言うように。


 砂浜の岩に座って、ただ、さざめく海を眺める。


 押し寄せては、また、戻っていく。その波を見て、ルミナは、なぜか、「優柔不断だな」という感想を抱いた。

 戻るのか、進むのか。はっきりさせればいいのに、何度も何度も、同じ範囲で揺らめいている。


 頬杖を両手でつきながら、それを眺める自分の瞳が、ひどく凪いでいるのだろうなとも思った。夜風が、ルミナの頬を撫でていった。


 王国に背を向けて、果てしない海を見る。


 そうしていると、自分の背信を示しているような気持ちになる。王国を、かけられていた期待を、自分は、明確に裏切った。いや、裏切った……というほどでは、ないのかもしれない。魔王を殺すという期待には、結果的に応えた。でも、その後の期待には応えなかった。


 どうせ人気のない海だ。


 いいだろうと、ルミナは、人差し指を一本、前に突き出した。詠唱はやる気がないので放棄する。光の魔力が集まって、収束していく。やがて、あたりが一度眩く光ったかと思うと、魔力は打ち出され、海へと向かっていく。しばらくはその行方を追っていたが、地平線に消えてしまったところで、追えなくなった。


 これは、魔導学院の一年生がやる、魔力の測定だ。魔力を指先に集めて射出。その長さで、自分の魔力限界がわかる。地平線に溶けていったルミナの魔力量については、言うまでもないだろう。


「(正妃とか、無理だし。やりたくないし。仮に、仮に、わたしが、我慢して、やったとして……)」


 ――――こ(・)の(・)血(・)を(・)残(・)す(・)の(・)か(・)?


 この、バケモノのような血を、王家に?


 指先を振るうだけで人も魔物も塵にできてしまうこの血を王家に残す。考えただけで、恐ろしい。王家が盤石になるのはいいだろう、望ましいことだ。だけれど、それでは、"誰一人王家に逆らえなくなる"のではないだろうか。


「……こわすぎるでしょ、そんなの」


 初代聖女は、ルミナの祖先は、魔王を殺すために、そのバケモノの血を、残さねばならなかった。みんながみんな、そうしてきた。


 だが、魔王は死んだ。

 最後の聖女(ルミナ)が殺した。


 ……ざざん、ざざん。

 時たま、ざざーん。


 波の音が、ルミナの背中を押した。


 ロゼルフィーユとの決闘でも、魔族の前でも、もちろん、魔王の前でも。震えてばかりだったのに、今回ばかりは、震えを感じなかった。それ以上のことをしようとしているのに。


 ルミナは、立ち上がる。

 踊るように、少しだけ浮き足だった足取りで、海へと歩く。浸した水は、思っていたよりは冷たくはなかった。これなら、大丈夫かも。そう思いながら、足をゆっくり進めていく。


 ――――――後世にこの血は残すべきではない。


 それなら、別に、隠れ住むだけでいいだろうと、そう言う誰かはいるだろう。だが、ルミナのちっぽけな心は、"自分が存在するリスク"に耐えられない。誰も、誰も。ルミナという存在のリスクを許容できる人間など、いないだろう。


 御伽話では、魔王を倒した後の勇者は、だいたい、姿を消す。


 ルミナには、その気持ちが、わかる気がした。


 ねえ、そうだよね、勇者さまたち。あなた達も、終わらせるべきだと、そう思ったんだよね。


 目を閉じた。波の音が、ずっと、響いている。


 怖さはある。

 だが、震えはない。


 ようやく、やっと、この背中に感じる重みから、解放されるのだという、喜びの方が大きいからだろうか。


「……、やっと、終わるよ、お母さん、初代さま…」


 涙は出なかった。


 最後に、ただ一人、友人とルミナが定めた、美しいお姫さまのことを思い出した。もしかしたら、ルミナが死んだと思っていないかもしれない。諦めの悪い彼女のことだ、必死に探してくれているかも。そう思うと、ほんの少し、胸が暖かくなった。


 セディリオ殿下は、ロゼルフィーユさんのことが好きだ。だから、きっと、彼女は王妃になる。セディリオの事は、嫌いではないが、少しばかり自分と似たものを、ルミナは感じていた。自分よりも、きちんと背筋を伸ばせているあたりは、眩しい人だと思う。


 彼女たちが作る新しい、魔(・)王(・)も(・)聖(・)女(・)も(・)い(・)な(・)い(・)世(・)界(・)は、きっと、楽園のように、美しい夜明けを迎えるはずだ。


 ルミナは、一歩踏み出した。


 ――――だが、その足は動かなかった。


 腕を、何か、強い力で掴まれている。諦めたような笑みが、ルミナの顔に浮かんだ。


「……ちょっと、早すぎるんじゃないかなぁ、ロゼルフィーユさん」


 振り返って、ロゼルフィーユを見た。


 綺麗なドレスが水に濡れるのも全く構わず。息を弾ませながら、ロゼルフィーユが、ルミナの腕を掴んでいた。相変わらず、エメラルドの目を釣り上げている。


 それでも、このお姫さまが、こんなにも、泣き出しそうな顔をしているのを、ルミナは、初めて見た気がした。

次回、クライマックスです。

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