11 厄介にしかわからないこと
ロゼルフィーユは、開いた手のひらを見つめていた。そこには、先ほどルミナの実家で見つけた貝殻がある。
馬の振動を直接感じるのは、慣れない。
御手である伝令兵――――先ほどカインと名乗った――――の腕が良いからだろう、左右に揺れることはなかったが、どうしても、馬が動けば上下に揺れは感じる。ロゼルフィーユは、貝殻を握り込むようにして、仕舞い込んだ。
カインが、ロゼルフィーユに背中越しに話しかけてきた。
「グレイシア嬢、大丈夫ですか」
「ええ、問題なくてよ。…それより、貴方は?流石に、ずっと働き詰めでしょう」
カインは少しだけ視線をロゼルフィーユに寄越した。どこか、面白がっているような顔だった。
「セディリオ殿下のお人使いに比べれば、なんの、なんの。そう言っていただけるとは思いませんでした」
「…………。殿下に部下の使い方について進言しておきますわ」
「はは、それは喜ぶと思いますよ」
少しして、カインが、「行き先は南海岸でいいんですよね」と聞いてきた。ロゼルフィーユは、肯定を返す。もう一度、掌の中の貝殻を見た。
ルミナは生きている。
恐らくは、魔王を殺した後、彼女は、初代聖女同様に姿を消したのだ。それがたまたま、伝承と同じだったから、セディリオはルミナが死んだと誤認した。
無理からぬことであるとは思うし、ロゼルフィーユに、セディリオを攻める気持ちはない。ロゼルフィーユがルミナの生存を確信している方がおかしいのだ。
問題なのは、ルミナの行き先。
ロゼルフィーユの聡明な頭脳を持ってしても、絞りきれなかった。北は、まず無い。魔王の根城のお膝元だからだ。王国軍にバッティングする可能性の方が高い。では、中央。それもあり得ない。王都があるからだ。西は、グレイシア公爵――――つまり、ロゼルフィーユの父の管轄。ならばこれも避けたいだろう。
東か、南か。そして恐らくは、人が全くいない所。
人里で暮らすには、ルミナの名前と顔は知れ渡りすぎた。田舎の村であっても、聖女とバレずに暮らすのは不可能だろう。
そうやって考えると、東の山奥か、南の海岸線か――――そこまでは絞り込めた。
だが、それ以降は厳しかった。
山奥と海岸線と言えば響きは簡単に聞こえるが、仮にも一国の「南海岸全て」と「東の山々の全て」である。王国軍を総動員すれば、なんとか一ヶ月あれば、網羅できるかもしれないが……。
それはロゼルフィーユの意に反していた。
どうしたものかと考えていると、ネリネが「こんな模様の貝殻、見たことありませんわ」と、見つけたばかりの貝殻を見て唸っているのが聞こえてきたのだ。
結局、彼女たちは、来た時に使った馬車に乗り、ロゼルフィーユがしたためた「彼女たちは自分を思って来てくれた。責めるのならば自分に」という趣旨の手紙を握らされて帰らされたが、最後に、とても良い働きをしてくれた。その言葉が、ロゼルフィーユにとって、最大のヒントになったからだ。
貝殻は、黒く艶々とした、楕円形をしている。
ロゼルフィーユは少し考えて、その中身が食卓に並んだことがあったのを思い出した。さほど高級品ではないが、それゆえに、この令嬢三人は目にする機会が無かった。ロゼルフィーユは、視察に訪れた際に南地域で、貝だけを煮込んだトマトスープを食べたことがあるのだ。その味にいたく感動したのをよく覚えている。
あの時訪れたのは、小さな漁村だった。
そのスープの発祥だと、そう、簡素な店の店主が言っていた。ロゼルフィーユが絶賛していたことにひどく恐縮しながら、そう教えてくれたのだ。
貝殻があるからと言って、別に、ルミナがそこにいるとは限らない。だが、ロゼルフィーユには確信がある。
「(あの女が、全てを捨てて逃げるなどという行為に、その罪悪感に、耐えられるわけがないわ。やがて、限界が来て……全てを終わらせたくなるはず)」
ルミナは、怠惰を愛し、飄々として捻くれているが、その実、責任感の強い女だと、ロゼルフィーユは知っている。
懇願の声を一つ無視するたびに、ルミナは、ほんの少しの罪悪感に駆られる。良くも悪くも、器が小さいのだ、あの女は。
だから、"聖女としての予後への期待"を裏切ったなど。そんな重みに、耐えられるわけがない。いずれ、最悪の選択肢を取っても、おかしくはない。
「……でも、じゃあ、なんで海岸なんです?理屈は分かりましたけど」
カインが言った。ロゼルフィーユは、自信たっぷりに言う。
「あの女は、終わりを望むときに、海を見たくなるからよ」
「……………………………勘ですか?」
「いいえ。確信です」
厄介令嬢に、これ以上の理由はない。彼女の中のルミナの解釈は完璧であり、他の追随を許さないのだ。藪蛇だと判断して引くあたり、カインは、主人である王子セディリオよりも賢いと言えた。
馬は、夜を駆けていった。
最南端の海岸線まではそれなりに時間がかかる。着く頃には、真夜中だろう。ロゼルフィーユは、カインと馬を気遣ったが、彼らは、踏ん張りどきだと理解しているようだった。これは、後で、大量の褒賞を用意しなければ。ロゼルフィーユはそう考えながら、流れていく景色に目を伏せた。




