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10 波の独白③


 ――――「ロゼルフィーユさんに、わたしより強くなって、聖女になってもらおう!」


 そう思ってから、ルミナは、ロゼルフィーユに付き纏うようになった。

 ロゼルフィーユ自身に懐いているというのもないわけではなかったが、それはルミナ個人の問題だ。どちらかといえば、目的は別にある。


 鬱陶しくなるほど纏わりついて、あの高価なるお姫様の神経を逆撫でするのだ。


 ルミナは、人を分析するのが上手かった。


 だから、どうすればロゼルフィーユをカチンとさせられるかは、手に取るようにわかった。今日も、「ロゼルフィーユさんっ、光魔法教えてください!」と、ぴかぴかの教科書を抱いて煽り散らかして来たところだ。自分より出来るやつにそう言われたら、ムカつかないだろうか。わたしならすごくムカつく。


 そしてロゼルフィーユは、ストイックの鬼のような淑女なので、煽られれば努力の方向に舵を切るだろう。


 ……これ以上彼女が努力して、倒れたらどうしようという思いもあった。だが、ロゼルフィーユには、強くなってもらわなければならなかった。それこそ、ルミナをいなせるぐらいに。


「……でも、その後、決闘を挑まれたのはびっくりだよ。いい火付けになるかと思って、受けたけど」


 手袋を投げられるって実際にあるんだなあと、ルミナは思った。ルミナに手袋を投げつけて、わなわなと震えるロゼルフィーユの両肩を、取り巻きの二人(ネリネとラナン)が支えていた。


 まあ、結果は、ルミナの勝ちである。

 だが、ほんの少し、ルミナにとっては意外な結果だった。


 決闘場所である中庭。


 ロゼルフィーユと向き合って、彼女が、よく通る声で、先制攻撃の詠唱をした。


『――――光よ、悪を殲滅せよ(アーベル・セラフィム)!』


 光魔法の中でも、上位種に位置する魔法だ。


 光の衝撃波で、無差別に相手を攻撃する。人間相手にはただの衝撃波になり、魔族は、自分よりも魔力の弱い者であれば、塵になって消える。ロゼルフィーユの背後から、迫り来る波のような光に、学生たちは沸いた。


 ルミナも、目を見開いていた。

 ――――彼らとは違う意味で。


「(……ウソでしょ)」


 痛いものは嫌だ。

 ルミナは、その気持ちだけはしっかりあったので、手を前に出して、光の防護障壁を展開した。ロゼルフィーユの魔法を防ぐには小さいように思えるその障壁は、あっさりと、ロゼルフィーユの波を吸収した。


 これが何を意味するのかは、魔導学院では初年度の授業で教えられる。


 単純に、ロゼルフィーユが全力で放った攻撃魔法より、ルミナがぴょいっと出した防御魔法の方が、"含まれている魔力が多い"のだ。小さい波が大きい波に吸収されるのと同じように、ルミナの魔力は、ロゼルフィーユの魔力を覆い隠す。


 ……決して、ロゼルフィーユが弱いわけではない。ロゼルフィーユは、むしろ、相当に強いのだ。ただ、これに関しては、相手が悪いとしか言えなかった。


「(ロゼルフィーユさん、思ってたよりも弱い…………!……違う…違うんだ、これ)」


 ルミナは、己の手を見た。圧倒的優位。それにも関わらず、無様に震えている己の手を。


「(私が、化け物なんだ。これ)」


 ようやく、ルミナは、自分の肩に背負ったその才能が、正しく呪いであることを理解した。


 讃美の声に包まれながら、ひどく、息がしづらかった。


✴︎


 その日からルミナは苦悩した。


 ロゼルフィーユの目元に、隈が透けて見えた時は、途方もない罪悪感で胸が締め付けられるようだった。正しく努力をしているロゼルフィーユを、何の努力もしていない自分が上回っている。


 光の魔法を撃つ事を人々は求めてきた。

 だがルミナは、それがひどく怖かった。


 決闘の前までは、いつか訪れるかもしれない失望や、期待に怯えていた。だが、今は違った。


 自分の力そのものを、ルミナは恐れていた。


 ルミナは、まるで、世界を滅ぼすスイッチを与えられた、幼子のような気持ちだった。力はある。なのに、その力の容れ物があまりにも普通すぎる。

 豪華絢爛な装飾が施された皿も、素朴に美しい皿もあるのに、神が選んだのは、ルミナという、なんの飾り気もない器だった。


 ロゼルフィーユとの接触も減った。

 どんな顔をして、彼女に会えばいいのか、わからなかった。また、自室で溜め息を吐く。ここしか安らげる場所はなかった。だが、最近は自室にいても安らげない時が多い。心が追い詰められているからだろうなと、ルミナは思った。


 目を閉じる。


 ばたばたばた、ばた。どんどん。

 聞こえてくる音に耳を澄ます。


 目を開ける。雑音に感じたそれは、ルミナの部屋のドアを叩く音だ。


「――――ルミナ!」

「お願いっ、お願い、助けて…っ」


 ドアを開けてすぐ、ルミナの制服に縋りつくように、二人の令嬢が寄ってきた。ロゼルフィーユの取り巻きだ。確か名前は、ネリネとラナン。


「お願い、今までの非礼は、後でいくらでも詫びます!私に出来ることであれば、何でも!だから、すぐ、向かって……っ」

「ちょ、ちょっと。謝ってもらわなくても、わたし、気にしてないし……どうしたの?」


 口にしてから、敬語を使い忘れたと気がついたが、二人の伯爵令嬢は、全く気にしていないようだった。それどころではないと言った方が正しいだろうか。――――ただごとではない。ルミナはすぐさま、そう察知した。


「魔物が現れたんです!近くの村を挟撃するように、北と、南に……っ!」

「南には、ロゼルフィーユさまが、お一人で……!」


 ルミナの目つきが、鋭さを帯びた。考えるより先に、口が動いた。


「案内して」


✴︎

 状況は簡単だ。端的に絶望的ということ。


 魔王は、聖女という種をよほど警戒しているらしい。ひそかに、ひそかに。魔物を少しずつ、送り込んだ。呆れるぐらいの執念だ、よほど、初代聖女に封印されたのが堪えたのだろうか。


 ルミナは、南に案内しようとする令嬢にすぐさま言った。


「北に案内して」

「北に!?それでは、ロゼ様が…!」

「だからだよ。あの人が南に行ったのは、わたしと、王国軍がすぐに駆けつけられるのが、北だからでしょう。なら、まず北を片付けて、変に遠回りをしないで村を突っ切って南に行くのがいいと思う」

「……片付けるって、そんな、簡単に…」


 ラナンが、そう溢した。

 ネリネも、猜疑的な目をルミナに向けてきた。


 ルミナは、北へ進む道へ足を踏み出した。言葉を発する事は無かったが、なぜか、絶対にそれで大丈夫だという確信があった。


 北の軍勢の前に到着すると、第一王子セディリオ率いる王国軍が、魔物と交戦していた。魔物を見たことは何度もあるが、こうして、戦場に立つのは初めてだった。剣と剣を打ちつける音は、まるで、鋼が悲鳴を上げているようだなと思った。血の匂いはむせかえるようだった。


 一歩、踏み出す。


 まだ、王国軍は、背後から歩いてきたルミナに気が付いていない。魔物たちも、王国軍に隠れて、まだ、気が付いていないようだった。


 兵士たちの間をすり抜けるように、ルミナは、歩いた。悠然と。そうしていないと、無様な震えが、悪目立ちしてしまいそうだったからだ。兵士たちが徐々にルミナに気が付いた。中には、ルミナが自分の子供と同じ年ぐらいの兵士もいるのだろう、「子供の来るところじゃない!」と声をかけてくれた兵士もいて、それが少し、嬉しかった。


「(――――大丈夫)」


 自分ではなく、心配してくれた兵士に。

 ルミナは心の中で、そう言った。


 魔族の大群の前に立つ。体一つで立った。

 魔族は、一斉に沸き立った。


 ルミナこそが、狙いである聖女だと気がついたからだろう。確かに、大軍だ。視界の端から端まで、魔族で埋め尽くされている。


 魔王は、バカだなと思った。

 こんな数。こんな量で、化け物(ルミナ)を殺そうと考えているなんて。そこまで思って、まるで、人間が自分に挑んでくる様を玉座で見下ろしている、魔王の思考回路だなと少し笑ってしまった。


 片手を、前に出した。

 流石にこの規模なら、詠唱とか、したほうがいいのだろうか。少し考えて、ルミナは、自分が一つしか詠唱を知らないことに気が付いた。


 全く、本当にふざけている。

 努力などしていない自分が最強である、世界の仕組みが。正しい努力が報われないシステムが。そしてなにより、自分自身(ルミナ)が。


「――――光よ、悪を殲滅せよ(アーベル・セラフィム)


 その日。

 聖女の軌跡の光が、王国を包み込んだ。


 魔物を倒したことに、特段の感慨はなかった。

 それが例え、化け物じみた戦果であっても。


 ルミナの胸を揺らしたのは、南に着いた直後、ロゼルフィーユに、気がついた時だった。彼女は、息も絶え絶えと言った様子で、身体中から血を流していた。膝をついて、ルミナを見上げるその姿は、普段の気丈さや気高さとは打って変わって、ひどく、弱々しく見えた。


「(ああ、そっか………………)」


 すとん、と。

 残酷すぎる真実が、ルミナの胸に落ちた。


「(わたしが、聖女にならなかったら。ロゼルフィーユさん、死んじゃうなぁ、これ……)」


 ロゼルフィーユは、魔王に勝てない。

 勝てたとしても、絶対に、帰ってこない。


 それが、分かってしまった。

 そしてそれが、聖女の座に座らされた女の子が、正しく、全ての退路を失った瞬間だった。

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