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クローバー亭――メインストリートにある新鮮な魚介類を扱う落ち着いた雰囲気の飲食店――昼食時の店内は少し混みつつあったが、五人はわりとゆったり座れる窓際のテーブルに案内された。
イェクームとシャマイームが壁を背に、その向いにリーハ、サリューナ、ウィンクルムという並びで席に着く。
シャマイーム達の奢りと言う事で「クローバー亭!」と叫んだリーハに、特に好き嫌いの無い双子達も賛同したからである。もちろん、イェクームには散々「本当に自分達が食べたい物を言った方が良い」と確認されたのだが。
マホガニー調のテーブルの上には、清潔な真白いテーブルクロス。そしてその上には魚介類をメインとした各種料理と白磁の取り皿が並べられている。
店の屋号である四葉のクローバーが絵付されている食器類。くっきりした紅白縞模様の海老がぐるりとかけられた新緑色のアボガドソース入りカクテルグラス。脂の乗った3種類の白身魚、ムール貝等の魚介類を主体にした、サフランたっぷりのブイヤベース。ハーブを混ぜた生地で揚げた烏賊のフリッター、バナナの葉に巻き蒸された魚……等々。
「あの、僕達、自分達の分はお支払いします」
所狭しと並べられた料理と、店の雰囲気から、ウィンクルムは御馳走してもらう訳にはと、遠慮気味に申し出た。サリューナもその言葉に頷く。
「いいよ~。どうせシャム兄や、イェク兄は稼いでるんだし、たかっちゃえ」
右手をひらひらさせて笑っていたリーハは「お前は自分の分払えよ?」とのイェクームの冷たい発言に、むくれる。
「この間、俺だけ御馳走になってるし。気にしないでいいよ、お礼とお祝い。リーハは仕方無いからついでな? それに実はここも学生が絡んでるから安いんだよ」とシャマイームはリーハ達を見ながら苦笑する。
「わ~い! だからシャム兄って好きっ! で、やっぱり魚介類には白ワインだよね?」とリーハは大喜びで給仕を呼び、アルコールを追加注文した。
イェクームはシャマイームに「お前が甘やかすから、こいつが付け上がるんだ」と苦虫を潰しながら、海老を摘んで口に放り込んだ。
料理を食べている間に、シャマイーム達三人の両親が揃って冒険者だった事。そして、皆、遺跡調査の際に害獣に襲われたりして命を落とした事を双子達は聞いた。
ただ、彼らの出身国である炎凰国の王は大変おおらかな性質、国民皆家族といった考えの持ち主で、孤児だからと言って特に不自由はしなかった事。周りの人達も特別扱いもしなければ、偏見も持たなかった事も聞いた。
他には学校の事―― 学生達は裕福な良家の子女も居れば、一般家庭、もちろん貧民層の者も居る。そういった格差の中で、自分自身の研究分野や趣味等を活かしてこうやって商売しているのだと聞いて、双子達は驚いた。
「学校は学生が商売する事を許しているんですか?」
ウィンクルムが不思議そうに彼らに聞くと「むしろ学校推奨」とイェクームは肩をすくめた。
害獣相手に過酷な戦闘を強いられる事もある冒険者は、五体満足で一生を終える事は少ない。中には命を落とす者も多い。そんな中でどれだけ多くの知識や経験が役に立つかは分からない。
―― 学べる事は全て学べ、吸収出来る事は全て吸収しろ。
学校自体がそういう校風なのだと、イェクームは双子達に説明した。
「ま、おいおい慣れるよ。ここは世界の縮図みたいな所だからねー」
イェクームは飄々としながら、手を伸ばしかけていたリーハより早く、最後に残った海老を摘むとまた口に放り込んだ。リーハは恨めしそうに、まだ動いているイェクームの口元を指を咥えながら見つめている。シャマイームは溜息をついて、追加していいよとリーハにメニューを渡した。
「そういえばサリューナ嬢は料理も上手だったけど、裁縫も得意なんだね」
リーハがメニューとにらめっこしている間、イェクームがサリューナに特技について質問する。
「……あ、はい。どちらも、母から教わっただけですけど」
急に話題が自分に振られた事に戸惑いつつも、サリューナは答える。スプーンとフォークを使い、丁度ブイヤベースを食べかけている時だった。
「じゃ、家事全般得意だったりして?」
得意かと聞かれると悩んだが、人並み程度にはとイェクームに返事を返した。
「それは良い“俺の”お嫁さんになれるね。という訳でサリューナ嬢、結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」
イェクームの唐突な発言に皆の手が一瞬止まった。
「この前、俺に何て言ったか覚えているか? イェクーム。お前の方が俺より年上という事を忘れるな」
シャマイームだけが動じず、冷ややかな視線でイェクームを射抜く。初めての出会いで、イェクームに「お前がちょっかいを出すにはさすがに若すぎないか?」と言われたのを根に持っているらしい。
「一歳だけだろ。男が細かい事を気にするな、シャマイーム」
「今、サリューナさんは十四歳、お前は十九歳。五つの歳の差は大きいだろうが」
飄然と言い放つイェクームに、シャマイームは永久凍土さながらの冷気を纏いながら、正論を唱えた。
「このイェクーム・シェレグ。美しき幼な妻を貰った男として、全世界のもてない男共の嫉妬と羨望を一身に引き受けようではないか」
「お前が色々おかしいのは置いておくとして……とりあえず、ご本人の意志は尊重しろよ?」
シャマイームはそう言って眼差しだけで問いかけると、サリューナは一生懸命に首を横に振った。
「ま、長期戦で行くさ。後、二年は付き合いがあるしね、俺達」
サリューナの力一杯の拒絶も、気にしてない風でイェクームは微笑みかけた。
「そういえば、皆は食事の後はどこへ行くの?」
場を変えようと質問するリーハに、イェクームは「しばらくバザール流して、あそこかな~?」と意味深な言葉を吐く。
―――― 一体どこへ連れて行かれるんだろう?――と不安げに双子達はイェクームを見つめていた。