⑥
朝食にと購入した露店のサンドウィッチを、四人は歩きながら食べ終わる。
肉や、卵、レタス、トマト等の素材の全てが新鮮。四方を海に囲まれた島にある学校で、どうしてこんなに新鮮な食材が手に入るのかと、サリューナとウィンクルムは不思議に思った。
「ああ、それはこの島で学生が作っているからだよ。俺も少し関わっているんだ。ちなみに俺の専門は地質学と植物学ね」とイェクームが語りだした。
“絶海の孤島”と呼ばれるこの島は南北に細長い。
広大な領地を持つ地沃国と海を挟んで――ちょうど翼を広げた親竜の口から、子竜が餌をもらうような形で――島は存在している。そして一週間に一度だけ定期便の船が行き来していた。
「子竜の頭部、つまり船着き場付近から学校の門をくぐるまでの間に大草原があったでしょ? あれ牧草地。車道から少し奥に行くと農園があるんだよ」
入寮する時にサリューナ達が島に着いたのは夕方の便であったため、家畜達は畜舎に戻されていた。黄昏時に家畜のいない草原を走るバス。だから単なる草原としてしか、彼らは認識していなかったのだ。
「で、ちょうど子竜の腹部が学生達が主に使う校舎や寮、そしてこのバザール。最南端の足だか、丸まった尻尾だか分からない不格好な部分が、校内の全システムを扱う中枢機構」
琥珀色の大きな瞳をきらきら輝かせ、イェクームの話に双子達は耳を傾けた。
「その内、時間がある時にでも行こうか」
シャマイームの提案に、双子は思い切り首を縦に振る。
「ま、今日はバザールくらいかな。ちょっと知り合いのところに行こう。女の子だし、サリューナ嬢も良かったら仲良くしてやって」
そう言ってイェクームは裏通りへと、路地を曲がる。
少し歩くと人通りもまばらになっていき、旧校舎の前に四人は着いた。
「ここね、元は校舎だったんだけど、今は学生達が自分で作ったものを売る集合商店みたいになってる」
コの字型になった建物の一階は吹き抜けで、廊下の奥に教室だったらしき部屋が等間隔に並んでいた。
「メインストリートは業者からの品物も置いているけど、こっちは学生だけ。色んな試作品とかが安く手に入るんで、卒業生もたまに買いに来るよ」
装備品や武器、薬品等の並ぶ部屋をいくつか横目に通り過ぎると、花や香料の芳香が漂い始めた。
「ここだよ」
その店舗の前には『雑貨屋リーハ』と書かれた、白木の小さな看板が置いてある。
「リーハ、いるか?」
シャマイームが店を覗き、声をかける。
「シャム兄! イェク兄もどうしたの? また冷やかし?」
鈴を転がすような愛らしい声の後に、小柄な女性が出てくる。肩より少し長い黒髪、切れ長のアイスブルーの瞳、少し日焼けした肌、健康的な肢体の持ち主だった。亜人種なのか黒猫のような耳と長い尻尾が付いている。耳には銀の小さな花のピアス。藍色の短いスカートに、オレンジ色した短い丈のパーカー、黒いショートブーツといった出で立ちだ。
「紹介するよ、こいつはリーハ・ヤム。俺達の妹分みたいなものかな。リーハ、こちら俺と同室のウィンクルムさんと、その妹さんでサリューナさん」
シャマイームにサリューナ達を紹介され、リーハはぴょこんと頭と尻尾を下げた。
「初めまして。私はリーハ・ヤム、十六歳です。よろしくね」
「あ、僕はウィンクルム・グルカ。十四歳です」
「私はサリューナ・グルカ、十四歳です。よろしくお願いします」
人懐っこく手を出してきたリーハに、双子はそれぞれ挨拶と握手を交わす。
「イェク兄もシャム兄も久しぶりだよね! 元気だった?」とリーハはイェクームとシャマイームに、じゃれながら抱きつく。
「そういやリーハの顔を見るのも久しぶりだろ、シャマイーム」
「俺は遺跡調査に行くって言っておいただろ?」
シャマイームは目を細め、抱きついていたリーハの頭を耳ごとくしゃくしゃと撫でた。
「俺達、三人とも炎凰国の孤児院出身なの。リーハとは兄妹みたいに育ったから妹分って訳」
三人の仲の良いやり取りを眺めていた双子に、イェクームが説明する。
孤児という事は親がいないという事――グルカ村でも戦い等で命を落とした者の子供を、皆が助け合って育てていた。
人にはそれぞれ事情があり、それを深く追求するものではない。よく父母がそう言っていたのを思い出し、双子はただ静かに頷くだけに留める。
「サリューナちゃんとウィンクルム君は良く似てるし、お揃いの刺青だけど双子?」
シャマームにじゃれながら問いかけてくるリーハに、サリューナは頷いた。
「グルカ族の何人かには出るんです、これ。刺青じゃなくって聖痕みたいなものなのだけど」とウィンクルムは左目を縁取る黒蝶の片翅を指す。
「二人ともいいね~。私の事を変な目で見ないし。これからも仲良くしてね!」
リーハの言葉の意味が分からず、サリューナとウィンクルムは首を傾げきょとんとする。
「この耳と尻尾。私は獣人系の血筋なの」
温厚な国で育った双子達にはぴんと来ない話だったが、亜人種を偏見の対象にする国もある。姿形が違う事を厭う者も少なくは無い。
「そういうタイプならお前を紹介したりしないよ、リーハ」
穏やかな声で告げるイェクームの目が笑っていないのを、サリューナは少し怖いと思った。
「あ、そうそう。せっかく、女の子を連れてきてくれた事だし、サリューナちゃん良かったらお店見て行ってよ」
「はい!」
さっきから興味深げにちらちらと商品を見ていたサリューナは、リーハの申し出に声が弾む。
衣服、香料、アクセサリー類が多量に置いてあるリーハの店は、それでも雑然とはしていない。きちんと整頓整頓されているというよりも、見せるために陳列してあるといった風情だ。
「これ、かわいい」
サリューナが目を留めたのは、枝に止まった小鳥が羽を広げ飛び立とうとしている白木の彫刻だった。嘴には薄紅色の花に見立てたブローチを咥えている。
「それは小鳥もブローチもシャム兄が作ったんだよ」とのリーハの言葉に、サリューナは驚いてシャマイームを見る。
「お前って手先だけは器用だよな。人間は不器用だけど」
「うるさい」
にやにやと笑いながらイェクームが肩に乗せた手を、シャマイームは仏頂面で払いのけた。
「相変わらず二人とも仲良しさんだね~」と茶化すリーハに、シャマイームはひきつった笑みを浮かべる。イェクームは飄々とした体で頷いた。
その間、ウィンクルムは茶色い小瓶に入った精油を興味深そうに眺め、サリューナは壁に吊るされている服を見ていた。
「これ、手縫い? 凄く丁寧に仕立ててある」
リーハの店は普段着が多いが、ちょっとしたドレス等も数点置いていた。サリューナは藤色の丈の長いドレスを手に取り、その出来栄えに驚く。
「ん? もしかしてサリューナちゃんって裁縫得意?」
サリューナの呟きにリーハの耳がぴくぴくと動き、ついでに鼻もひくひくしている。耳の動きに連動して銀製の花のピアスが揺れた。
「得意っていうほどじゃないけど、一応母に教えてもらったので少しは……。今着てる服は自分で作りました」
サリューナはリーハの質問に戸惑いがちに返事する。ほとんど服は自前で作れるのだが、得意と言いきって良いものか悩んだ。
「ちょっと、触らせてね」と言って、リーハはサリューナの着ているワンピースに触れて、縫い目等を丹念に確かめる。
「ねぇねぇ、サリューナちゃん、もし良かったら売り物作ってみない? なんならお店も手伝ってくれたら嬉しいなぁ~な~んて」
「え!? あ、あの、私でいいなら是非やりたいです!」
サリューナの熱意溢れる返答に、リーハのアイスブルーの瞳がキラリと光る。
「お給料は歩合制、お店の手伝い――というか、暇な時に遊びに来てくれたらいいかな~って。私も一人で店番つまんないしさ。そんなにたくさんは払えないけど、様子見て相談でどう?」
「はい! リーハさん、これからよろしくお願いします!」
リーハの提案に、サリューナは大輪の花が咲き誇るような笑顔で答える。少し不安もあるが、新しい事を始めるという期待の方が大きかった。
「という訳で、シャム兄、イェク兄。サリューナちゃんの就職お祝いにお昼奢って?」
くるりと振り返り、リーハも輝くような笑顔でシャマイーム達にじゃれつく。
「サリューナ嬢の就職祝いに、なぜお前に奢らなくてはならないのかを二百文字以内で述べよ」
冷然と言い放つイェクームに、リーハはふくれっ面しながら尻尾で彼の顔を撫でた。




