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序章3

 程なく各国から、この謎の亀裂と飛翔体が自国とは無関係であるという声明が連発され、相手の存在はやはり謎に包まれた存在だという共通認識に全世界の国家がたどり着いた。

 まあ、あれだけの力を既存の国家が有していたら、おそらくすでに他地域への侵攻なりのアクションを起こしているだろうし、南海の孤島にわざわざこれを出現させる意味など見当もつかない。

 世界に伝播した混乱に追い打ちをかけるように、エンタープライズの乗員が撮影した謎の敵対勢力の奇怪な姿が、英首相の約束通り第二報として電信網に乗って世界にばらまかれた時、人類は自分たちが何か今までに経験したことのない試練に直面したと骨の髄まで実感した。

 空に浮かんだまったく自分たちの築いてきた文明とかけ離れた存在に、誰もがそれが人間の創造した代物でないと肌で感じたのである。

 あれは異世界からの侵略者ではないか、誰もが直感的に思ったが、これを確認する手段すら誰も持ち合わせていない。

 コミュニケーションの試みは何一つ成功していないのだ。

 とにかくあれが自分たちの知識では説明できない存在だというのは、世界中の学者が異論なく認めた。

 空に浮かぶあの物体たちは一様に幾何学的なフォルムを持っていて、彼らの知る空飛ぶ機械とはあまりにもかけ離れた姿をしていたし、その形態からは想像もできない俊敏な動きをしていた。

 とにかくどうやって飛んでいるのかもわかなければ、なぜ急転換ができるのかも誰にも説明できなかった。

 いやもっと率直に言えば、あの物体はこれまで人間が発見し定説化していた物理法則を、完全に覆す動きをしているのだ。

 こんな技術を持っている国など誰にも思い至れないし、そもそもあれが出てくる亀裂の正体すら誰にも説明できなかった。


 あれは何者で、何をしに来たのだ。

 その問いに対する解はまだ出ていない。いや、導き出せるのかさえ怪しかった。


 問題海域の周辺に利権を持つ諸国の対応はまちまちであったが、とりあえず海軍強国として太平洋に面していた国は何処も、この事態への軍事面と科学面両方での対応協力を英連邦政府に打診してきた。

 そこには、もう緊迫していた外交関係の垣根も敵対心もなかった。

 この謎の相手は、純粋に国際社会全体への脅威なのだと、ここに至りどの国の政府も認めたわけである。

 ただし、国家ごとに事態への関心に温度差があったことは否めない。派遣すべきは軍なのか、科学者なのかでも意見は割れていた。

 とにかく事態の究明と対応が急いで待たれる状況となり、世界各地の国家や軍が積極的な情報収集に乗り出し始めた。


 同時に国際連盟の会議においても、事態への対応を求める議案が複数の国から出された。

 何より相手を知らねばならない。どの国の政府もそう結論し、当該海域への偵察行動を島の利権者である英連邦政府に打診し、無論これは例外なく認められた。

 しかし、その後数次にわたる問題の亀裂のある島への軍事組織による接近行動はすべて戦闘によって締めくくられ、多くの軍艦や航空機が被害を被ることになった。

 十月の声を聞くまでに、攻撃による犠牲を出した国は五か国にも達した。

 どの国も、戦闘を最初から仕掛けたわけでなく、純粋な偵察活動の最中に攻撃されるケースが目立っていた。

 謎の存在は、人類が敵意を持っていると認識し、率先して攻撃行動を仕掛けている。

 しかも、軍事組織の装備とそれ以外を明確に見分けている可能性が浮上した。

 というのも、たまたま近海を通過していた民間船にはこの時点まで、まったく被害が出ていなかったのだ。

 そして攻撃を受けた各国の軍艦や航空機の被害は、尋常ではなく深刻なものが殆どだった。

 その船の大きさに関わらず、つまり装甲の厚さに関わらずどの艦も完全に内部に達するダメージを被っていたし、攻撃を受けたという報告をしてきた航空機で生還できた機体はどれも帰還したのが奇跡としか思えぬ状態に機体を焦がされていたのだ。

 謎の飛翔体は、好戦的存在と思って間違いない。そしてその攻撃力は想像を絶するほど強力であった。

 更に厄介な事に、亀裂から出てくる飛翔体の数は日々増しているのが確認されていた。

 最新の情報では五機以上が同時に出現するのが映像として確認されていた。

 さらに危惧すべき事態が起きた。

 問題の亀裂直下だけでなく近隣の島でも飛翔体が確認されるようになり、彼らは侵略を目的に偵察行動をしているのではないかという懸念が、学術調査隊から示唆された。

 このころには自衛戦闘を始めよう、彼らを排除しなければ平和は担保できない、そんな列強各国の政治家たちの言葉が市民の耳に聞こえ始めていた。

 攻撃しかしてこない相手には、攻撃で応えるしかない。なるほど理論的には間違っていないと誰にも思えた。

 実際に被害が急増していることもあり、ようやく国際連盟も対応のための緊急全体会議を招集したが、ここまで対応が遅れた背景には、誰が戦闘の矢面に立つかをめぐる列強国間での牽制があったのは間違いない。

 委員会としてこれまで行われた話し合いで、直接利害がないと思える国から兵の拠出などを渋る内示があり、国連として世界規模で軍事行動をとるのが難しいという意見が出始めていたのも事実だ。

 そもそも、世界大戦後の軍備増強合戦は、国連の結束を緩める結果にしか繋がっていなかった。

 敵が誰であれ、すべての加盟国が肩を並べ銃を握るのは、現実的に難しい状況なのだ。

 そして実際、全体会議での話し合いは、各国の事態への対応への関与をめぐり激しい牽制の応酬と、連合軍編成への躊躇を匂わせる発言の連続となった。

 遠い太平洋の話であるから、欧州の列強の中にはまったく無関心を装う国もあり、一方直接的影響が懸念される周辺に属領や統治領を持つ国々は、早期の対応に躍起となり口角泡飛ばし決起を求め激論が交わされた。


 空を飛ぶ謎の兵器、それは時間の経過とともに容赦ない破壊の象徴として広く認知されていくことになるのだが、それにはまだ少し時間が必要だった。

 まだ相手は単なる未知の侵略者というだけの存在としてしか一般には認知されていなかったし、国連に集まった政治家もそれが世界を滅ぼすほどの存在だなどと露ほども思っていなかったのだ。

 だがこの時既に、人類は引き返すことのできない戦いに追い込まれていたのだ。最初に彼らと交戦した段階でもう事態は止まらなくなっていたのだ。

 まあ、その根拠を人類が手に入れるのはかなり後刻になるのだが、総ては最初のただ一発の信号弾が運命を決めてしまっていたのだ。

 侵略者たちの圧倒的戦力は世界中の軍事力と科学力を結集しようやく拮抗できるのではないかという恐ろしい試算がすでに水面下で囁かれていた。豪州において活動している調査隊の科学者は、日々入手する情報から、対抗手段を考えていたのだが、正直まったくお手上げという返答が欧州に返って来ていたのだ。

 だがこの悪夢としか言えぬ予想は、市民レベルどころか列強以外の政治家ですら全く認知されていなかった。英首相が調査隊に参加している各国政府に、情報秘匿を要請したからだ。

 事実が世界に周知された場合、未曽有の恐慌が起こり、あらゆる経済活動に影響を及ぼす。経済学者のこの警鐘が、チェンバレン首相に正確な情報の開示を止めさせたのだ。

 戦闘云々以前に、政治家たちは自国経済の保護が優先だと、まだこの時点では考えていた。

 まだ始まったばかりのこの事態が、文字通り人類破滅への秒読みであり、これに全人類が気付き対処するまでまだ長い長い助走期間が必要だった。

 人類はまだこの時点であまりに稚拙であり、浅はかだったのだ。


 もう破滅は始まっているのに、未熟なる人類は共に手を携え戦うという事の重要さを認識できていなかったし、相手の正確な力量すら見積もれていなかった。これがつまり悲しき現実というものだ。

 恐怖の影を背負った侵略が既に始まったのに、この先の正確な展開を予見できた者は世界中を見回しても発見できなかった。まあ当然だろう、侵略者の正体が全く知れてないのだから、推測のしようなどあるはずがない。

 報道の在り方にも問題があったと言える。

 単に孤島に出現した謎の勢力との攻防だけに焦点を当て、その裏にある重要な事実についての考察がすっぽり抜けていたのである。まあ、その背景には件の英首相の決断があった訳だが。

 実際の現場と自分たちの国家の中枢が遠く離れていた事も、聡明である学者たちの意識への訴えを阻害したかもしれない。この時点でそもそも相手が何者なのか、いったいどんな存在なのかというとても重要な部分に世界の大部分の叡智は思い至っていない。

 謎は、ただ謎として存在し、その軍事的脅威の所為で正確な調査はいまだ着手できていなかったのだ。それが、より事態を深刻化させ、判断を誤らせる結果に繋がっているのだが、国連でも列強やそれ以外の政府でも、その事実に気付いていない。

 より正確な観測と究明には、まだ少しの時間が必要だったのは事実だが、謎を謎とだけ告げ探求の心理を列強以外の科学者たちの心に芽生えさせなかったのはある意味痛恨のミスだと言えた。

 この段階で相手への考察を広く世界中の科学者が当たっていれば、事態への対応は少しは進展したかもしれなかったのだが、誰もが武器を取ることにしか目を向けていなかった。

 科学がまだ必要とされる段階に達していなかった。後に誰かがそう語ったが、それだけであまりに多くの犠牲を人類は支払うことになる。

 少なくともこの段階で、危機を見抜いていた人間は一人しかいない。彼が居なかったら、人類は間違いなく滅んでいたろう。だが、その事実を人類が知るのも後々の話だ。

 とにかく西暦一九三八年、世界は終焉への秒読みを刻む刃を喉元に突きつけられた。まったくだれも予想しない間にである。

 そして、その事実を知るのはこの瞬間ではなく、後刻となるのだ。


 こうして各国政府が自国の経済活動や民衆の恐慌に気を配る中、国連の総会は佳境を迎えた。

 まず、決まったのは相手が何者であれ侵略者であるという確認。そして、どういう原理で飛んでいるのかすらわからぬ謎の飛翔体に、仮ながらオブジェクトという名前を冠し、各国はその認証と報告にこの名称を使用するということ。

 だが、ここからが紛糾した。

 積極的に対応を提案する国はなく、この侵略が拡大した場合の被害の予想と、その侵略範囲の見積もりについてばかりが論じられた。

 しかし、この議論の間にも問題の亀裂から出たオブジェクトは、近隣の島の偵察を継続しており、侵略は懸念ではなく現実として進行していたのだ。

 延べ一週間にわたる国連での討論の末、とにかく世界が協調して彼らと闘う意志を持っている点でだけは一致を見た。

 こうしてようやくの事、国連は謎の存在に対する自衛行動を是認する声明を出すことができた。

 だがやはり、国連の名の下に軍を束ね戦闘を行うという結論は持ち越されることになった。喧喧囂囂の議論の果てに、あの海域への出兵は自由意志で行うという了解を全会一致したに留まったのだ。

 軍事行動は国際連盟への届け出をもって是認され、現地での戦闘行動は国際連盟の名の下に行われるが、各国軍の指揮はそれぞれの軍が受け持つ、言ってみれば丸投げが決まった訳である。

 だが逆に言えば、彼の地の直接的な利害に関係なく、有志の国々がソロモン海域に出兵するという点では誰一人異論を発しなかった事になる。

 当然であろう、彼らの並外れた強さは、もう偵察活動を行って手痛い反撃を受けたどの国からも報告されているのだから。これに対応できるのはおのずと列強各国の主戦戦力以外はないだろうという考えに至る。その出兵を期待される国の中には、南太平洋と無縁な国も存在している。まあ、その辺が話のまとまらなかった原因でもあるのだが。

 だからこそ国連は、派兵の資格云々について敢えて何の注釈もつけなかったとも言える。

 強要できないが、期待はする。

 やや消極的ながら、それがこの時の総意という事だ。

 誰でもいい、窮地に手を挙げて欲しいという思惑がそこに見透かせた。この見えない部分はつまり、当初の対応をした英連邦政府の悲鳴にも似た訴えと表裏一体になっていた。そう、自分たちだけでは無理だ、チェンバレンはそう吐露したのだ。

 どの国も声明は出さなかったが、派兵に関する件は、当該国以外も概ね前向きに検討すべきだという風潮は確かに起こった。

 その結果、付帯的ながら問題の侵略者への反撃活動にあらゆる軍事勢力の参加を、国連への申請をもって認めるという共同声明が出された。軍隊という言葉ではなく、軍事勢力とそこにははっきり示されたのだ。

 そこに至るまでにどんな意図が、根回しが誰によってなされたのかは闇の中だが、この国連会議終幕時の声明が世界に与えた空気の流れは、人類にとって良い結果を後々齎すことになる。

 最初の議論では列強の強兵だけの派兵に関しての牽制だった話し合いが、最終的にはどの国家の軍であっても参戦には無条件で咎めなしと合議結論に至った、いやそれどころか国家という枠に捉われない者たちも戦場に赴く道を与えられたのだ。

 そう、それこそが後に大きな意味を持つことになる。

 だが、それは多分この時点おいては単なる言葉の上でのアピールでしかなかった筈だ。どの国も政府も、列強以外であれに挑む組織の存在など存在しるなどと思っていなかったはずだ。

 しかし、この声明を聞いて大きく頷き、そしてある決意をした人間がただ一人だけ存在した。それが、まさに人類にとって生存を賭けた戦いにとっての光明に繋がるのだが、そんなことはこの時点で誰も気付く筈もなかった。それは、決意をした本人も含めてだ。

 全体会議の閉幕後、さっそく出兵をめぐり各国は個別の協議と首脳の会合を始めた。

 あまりスムーズに話が進んではいないようではあったが、とにかく大規模な出兵に関する話は着々と動き出した。


 空に亀裂が出現した島の名はマキラと呼ばれていた。それはソロモン諸島の最も東に位置する島だった。この海域が人類存亡の最前線となると気付いた人間は、まだこの時ほんの一握りしかいなかった。

 世界大戦を超える戦いが始まる。その事実をまだ人類は認知できていなかったのだ。

 ソロモンの海の名は、やがて全世界の耳目を集めることになる。それはもう一つの呼び名「悪魔との戦場」と共に人々の耳に心に、真の恐怖として染みつくことになるのだった……

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