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第一次ソロモン海戦1

 その日、南海ソロモン群島の中のある島ではドイツの土木会社であるクレーメンス社の技師たちが空中測量のための準備を進めていた。

 第一次世界大戦で太平洋での領土を失ったドイツではあるが、この近隣での開発の実績から現在の領有者であるオーストラリアの企業から下請けの形で仕事を受け、大規模な農園開発の一助を為していた。

 この近在の島に現在建設予定の大規模農園から農作物を船積みするための新港建設に伴う測量、それをこれから行うのである。

 クレーメンス社はドイツ最大手の土木会社で、港の普請も請け負っていた。

「昨日の夜中過ぎ、かなりの数の軍艦が海峡を通過したそうですよ」

 小型の測量用機体。ドイツの空軍でも練習機に使われている複葉機ビュッカー社製ユングマンの整備を終えた整備係員が、飛行服姿で現れた若い女性に声をかけた。

「例の亀裂に攻撃を仕掛けるつもりね。もうかなりの被害が出ているんでしょ、まあ当然の結論ね」

 冷静に答える女性の名はハンナ・ライチェ。ドイツが世界に誇る飛行家で、数々の世界記録ホルダーでもある。先のベルリンオリンピックでは、完全回転翼機の飛行を世界で初めて衆目の前で成功させていた。

 世界中の飛行関係者で、彼女の名を知らぬものは居ないと言えるほどの名パイロットであった。

 しかし、名声と現実の懐事情は違う、貴族に連なる彼女も、こんな辺鄙な場所まで仕事のためにやって来なければならないのがドイツ経済の現状だった。ハンナは、ドイツ空軍とも縁が深いが、極端に軍備を削ったドイツ軍は、テストパイロットに委ねるような機体も少なく、払える給料も潤沢ではない。ハンナは将来有望な後輩女性パイロットに、空軍テストパイロットの座を譲り、この仕事のために遠路はるばるやって来ていた。

「無線の傍受によれば、ここ二日ほど大型の航空機で攻撃をしていたそうなんですが、戦果が挙がらなかったみたいですね。そこでの艦隊投入じゃないですか、通過した艦隊には大型空母も含まれていたらしいですよ」

 ハンナの表情に変化が表れた。

「アメリカが動いたの? それとも大西洋から英海軍が?」

 係員は首を振った。

「いえ、目撃した者の話では舷側が高くて、その横腹に独特の下向きの煙突を持った空母で、たぶん日本海軍の船ではではないかと言ってましたよ」

 ハンナはよく知らなかったが、空母はそのシルエットで所属国が容易に判別できるらしい。アメリカやイギリスの空母は、上に煙突が突き出ているのが普通なのだそうだ。

「日本海軍までもが乗り出したって事? これまでの対応は英海軍と豪海軍が主導でやっていたはずよね?」

「おそらく、もう友好条約とかの垣根に関係なく、兵力のある国が対応しようという話なんでしょうね。国連でも長いこと会議をやっていたみたいですし。まあ敗戦国である我がドイツには、関係ないのかもしれませんが」

 整備員はそう言って肩をすくめた。

 ハンナは、腕組みをして少し考えた。

 自分が思っている以上に、この近海で起きている事態は大きな問題なのではないだろうか。

 英国の軍艦が大損害を受けたニュースは見たし、連日航空機や軍艦が攻撃を受け逃げ帰っているとも聞いた。だが、まさか日本の空母までもが遥か北半球からやって来て戦闘に参加するとは、これはもう全面戦争に等しい事態ではないだろうか。

「とりあえず、私たちの仕事は予定通りなのね?」

「はい、何も変更の指示は来ていません。測量母船は開発地の沖合に停泊して測量機の到着を待ってる筈です」

「判ったわ。じゃあ最終点検をしたらすぐ飛ぶわ。測量技師はもう来てるの?」

「ああ、あっちのテントでお茶を飲んでます」

 もうすぐ近海で大規模な戦闘が起きるかもしれないというのに、この島にはのんびりした空気しか流れてはいなかった。

 ただ、ハンナはこの時すでに形容しがたい胸騒ぎに襲われていた。

「これは、もう戦争よね……、あのへんてこな飛行体はいったい何者なの?」

 その答えを誰も知らぬまま、事態は急斜面を転がり落ちている。それが今という現実だった。


 ハンナの操る航空測量機ユングマンの飛行準備が整ったのと同じ頃、彼女たちの居る島から東に百五十キロほど進んだ海域を、白波を蹴立てて巨大な箱型の船が周囲を大小の軍艦に囲まれ風上である東に突き進んでいた。

 航空母艦、それも超大型のそれはマストに日本海軍旗を翻していた。

 正規空母加賀、日本海軍が保有する二隻の大型空母の片翼。日本海軍が持つ三個の航空戦隊の中の第一航空戦隊の旗艦を務めるこの艦は、総搭載機が標準でも八十機を超えると言えば、その大きさが推し量れるだろう。

 春から初夏に移り行く南半球独特の北側からの陽ざしが群青の海を照らしている。もっとも、この海域は赤道に近く常夏の地域と言っても間違いではないので、気温は日本の夏のそれに匹敵していた。

「艦速二十ノット超、戦闘機隊発進準備完了です」

 戦闘艦橋の前部にある飛行管制用の航空艦橋で連絡士官が背後に立つ艦隊の指揮官である司令に告げた。通常なら司令は戦闘艦橋に詰めるのだが、この作戦にあたって艦隊は文字通り戦闘機を送り出すことに専念する為、敢えてここに陣取っているのだった。

「艦長に発進命令を出すように」

 司令は横に立つ作戦参謀に告げた。参謀は航海艦橋につながる伝声管に口を寄せ叫んだ。

「第二航空戦隊司令三並少将より、加賀艦長に戦闘機隊発進を下命」

 すぐに返答はあった。

「加賀艦長阿部大佐より第二航空艦隊司令に返答。〇七三〇戦闘機隊発進を指令。オブジェクト攻撃作戦を開始します」

 艦の進行方向を凝視していた三並は満足そうに頷いた。

 返答の中にあった数字は現在時刻、しかし外に見える太陽は示されら時刻に比し高い位置にある。これは加賀の艦内の時計が日本本土の時刻に合わせてあるからである。現地時間はここに二時間プラスした数字となる。

 ソロモン海を激走する空母加賀の航空機発進用に広々と作られた飛行甲板の先頭に発煙筒がともり、そこからまっすぐに流れて来る白煙目掛け日本が世界に誇る艦上戦闘機、九六式艦上戦闘機が滑り出して行った。

 一九三八年十月八日、この二日前から始まった日豪英三国共同の亀裂から現れる謎の侵略者に対する攻撃作戦は、この日ついに最大規模の本命と言える攻勢段階に達していた。


 初日も二日目も確たる戦果が挙がっていなかったが、二日間の情報収集でオブジェクトの飛行経路や出現予想空域が絞れてきたことから、この日予定通りに攻撃主力である航空母艦の投入となったのである。


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