20
あたたかいティーカップを、両手で覆うようにして再び触った。
やはり、あたたかい。そのあたたかさから、店員さんは優しい方なんだろと勝手に推測した。
緊張して何も話せない自分が少し恥ずかしくなった。
そのまま両手で、カップを持つのはさすがに行儀が悪いと思った。
私は、カップの持ち手を持って紅茶を飲んだ。
ああ、これもおいしいじゃないの。
私は、これが本当に安物の紅茶なのかしらと思った。
いつも、お母さんが作る近所のスーパーで売っている紅茶のティーパックからできるものとは全然違う。まぁ、お母さんの入れ方が雑なことは否定しないけど。
カップの持ち手を持っている時、小指がピンっと立っていることにわたしはしばらくしてから気がついた。
私は、急いで辺りを見回した。
他のお客さんはいない。
店員さんも何かの作業に夢中だ。
私は、顔を赤らめながらほっとした。
昔からやってしまうのだ。気がつかないうちに小指が立ってしまう。特に持ち手があるコップは無意識に立ててしまう。お母さんからは「なんだか、あほっぽいわよ」と言われたこともあった。
大人になったら絶対に直したいくせの一つ。
イケメンの彼氏と初デートで、人気のおしゃれカフェに行って、キャラメルマキアートを飲む。その時には絶対に小指は立てたくない。
ペラペラと写真集は私の右手によってめくられていった。
おじいちゃんの顔面のシワはくっきりと。
少年の濃くて太い眉毛も肌とのコントラストがなんだかこそばゆい。
美女は、より美女に。
ああ、モノクロ写真ってこんなにも素晴らしいものだったのか。
私は、写真集を閉じて天井を見上げた。
天井も床と同じ色のコンクリートだった。なんだか、天地がひっくり返ったような気分だ。
そして、両目をぱちくりぱちくりさせて、まばたきをする。特に意味はないのだけれど。
私は、読み終わった写真集を本棚に戻すため、椅子から立ち上がった。
立ち上がった瞬間、やはり深呼吸をする。今度こそはと気合を入れ直す。
店員さんが立っている机の前を歩いて通り過ぎる。数十秒前の私ならば。
しかし、気合を入れ直したわたしは無敵だ。
「あの!」
作業をしながらうつむいている店員さんに大きな声で話しかけた。
店員さんは、肩をびくつかせて反応し、顔をあげ、私を見た。
「な、なんでしょう」
店員さんは少しおびえているように見えた。いや、驚いているのだろうか。
「この本!とてもおもしろかつたです」
噛んでしまった。「かつた」ってなんだよ自分。
「何かと思いました。それは、よかったです。座って読むと違う見え方がするんですかね」
やっぱり店員さんは私に笑顔で返してくれた。
「店員さんのおかげで、モノクロ写真の魅力に気がつけたような気がします」
私は、大きな力こぶしを作って、力強いポージングをした。
店員さんは、顎を右手で触りながら何かを考えていた。私は、その姿を見て、何か変なことを言ってしまったのではないかと思ってしまった。
「あの、私は店員ではないです。ここのオーナー、つまり店主です。というか従業員はわたしだけなんですけどね」
彼は、なんだか納得したような顔をしながらお店の人員構成を語った。
私は、てっきり店番を任されたアルバイトかと思っていた。よくよく見ると、確かにアルバイトにしては風格があった。私は何を見ていたのだ。
「なんだか、失礼なことを言ってしまっていた気がします」
私は頭をさげた。
「と、とんでもないです。別にそういうつもりで言ったわけではありませんよ。とても緊張していたのでリラックスしてもらうために。」
目の前のオールバックの眼鏡の人は不思議なことを言うもんだと思った。
店員から店主へ格上げされて、どうやってリラックスするというのだ。
「お客さんが何をしようと私はなにもいいません。万引きとかしたらさすがになんか言うかもしれませんが。あなたはそんなことをするような人には見えませんし」
もう、この笑顔は何回見ただろうか。店主は私の前で笑顔で立っている。
私は、右手で頭をかいた。髪の毛が少しだけぼさぼさになったが、そのままにしてほっといた。
「ところで」
店主は、続けざまになにか喋ろうとしている。
「なんでしょうか」
私は、答える。
「神隠し事件って知ってますか」
店主の顔が少しだけ、強張った。さきほどまでの柔和な笑顔を一瞬にして消えていくような表情であった。




