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私は、空から降ってきた。
ゆっくりと。
空から落ちていく瞬間は、それはそれは気持ちの良いもので。風は体にバシバシ当たるけれど、空気の抵抗によって、地面に向かって落ちているのかそれとも浮いているのかよく分からない状態なのだ。
目を閉じてゆっくりと落ちていく感覚を楽しんでいる。
「ちょっと、あんた今何時だと思っているの!?」
お母さんが、私を叩き起こしに来た。
「別に、私はあなたが遅刻したってどうってことないのよ。私には関係ないの本当に。とりあえず、早く起きなさい。目玉焼きが冷めちゃうわよ」
私は、体の上に乗っかている羽毛ぶとんの端っこを花の上まで持っていき、お母さんが外へ出て行く瞬間を見守る。
「まったく……朝から騒がしいわぁ」
私は、独りゴトをポツリと言って、ベットから這い出た。
ベットの下に置いてあったスリッパを履き、部屋を出た。
腰が少しかゆい。たぶん、新品の下着と私の肌の相性があまり良くないのだと思う。私は腰をぽりぽりと掻きながら階段を降りた。
「おはよう」
朝の挨拶をしながらリビングに入ると、難しそうな経済新聞を片手にハムトーストを食べているお父さんがいた。すでに老眼が進んでいるのか、お父さんはまん丸の老眼鏡をつけ、時おり目を細めながら新聞を見つめていた。
高校生の私は、生憎朝から経済新聞を読むような日課はない。スマホすら開かない。私は、意外と最近の高校生にしては古風だろうなとは思っている。スマホに依存していることもないし、普通に読書だってする。まぁ、少しだけロマンチストなところはあるのだけれど。
私は、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。
60インチはあるであろうテレビ画面では、男性キャスターが神妙そうな面持ちで事件を伝えていた。
【神奈川の……】
私は、驚いた。私の家の近くではないか。
「ねぇ、お父さん!この事件、近所だよ!」
難しい経済新聞を読んでいるお父さんに向かって私は叫んだ。驚きを隠せなかったし、自分の周りで事件が起きるのも初めてだったからだ。
「こら、そんな喜ぶもんじゃないだろう。事件だろ?危ないんだぞ」
お父さんは、コーヒーをすすりながら私に向かって冷静に注意をした。
わたしは、少しだけ反省をして、テレビをもう一度見た。
「ちなみに、どういう事件なんだ」
お父さんは、私に質問をした。
「んとねぇ……」
朝ごはんを食べた私は、支度をして家を出た。
青空が広がる、良い朝だ。
「行ってきまーす」
娘が出て行ったリビングで、父親は新聞を折り曲げて机の上に置いた。
「母さんちょっといいか」
母親は、洗い物をしていたが、手を止めて夫のいるテーブルに向かった。
「何?」
母親は、机に座った。
「さっきのニュースなんだが」
「あれが、どうしたの?」
「なんだったんだ結局。わたしは全く意味がわからなかったのだが」
夫は、顎に手を当てて考え事をした。どうにも内容が腑に落ちていたのようだった。
「そうよね。あの子は猛烈に興奮していたけれど、どう考えても意味不明な事件よね。殺人事件ってことでもないし」
妻は、天井を見ながら不思議そうな顔をした。
「あそこまで、神妙な顔をして全国に流すような事件なのだろうか」
夫の言葉に対して、妻は首を縦に振った。謎が深まっていくようであった……。
夫は、トイレに行くと言って席を立った。
妻は、その後、さきほどまで夫が読んでいた新聞紙に目をやる。ちょうど、夫が折りたたんで置いた面が新聞の地域欄だった。妻は、夫が地域欄を全く読まないのは知っていた。でも、テレビを見ずとも新聞に書いてあるじゃないと思った。
【神奈川県で連続消失事件発生中】
「神隠しねぇ……」




