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大事を取って数日休み、仕事に僕は復帰した。
僕は、部屋で一人お酒を飲んでいる。目の前では、お笑い芸人の二人で液晶画面の中で、漫才を披露していた。
僕がお酒を飲んでいるのは、コンビニのお酒が売っているコーナーで、ひとつだけポツンと余っていた時期モノの缶の果実酒を買って家に帰ったからだ。当たり前である。
辛い1日だった。
今日、自分が担当した会計処理が間違っていた。
上司の人は、チェックをして確認をしていたはずなのに、ミスを上司の上司の人が見つけて指摘すると、途端に「並木がやったんで」と、言わなくてもいいことを口にした。
もちろん、上司の人がこっぴどく怒られたのだが、その現場に自分が再び登場したことに僕は少し落ち込んだ。
怒られているのは、上司だが、僕も怒られる。そしてフォローなどない。
一通り、怒鳴り散らし終わると会議室から出て、経理の島がある執務室に戻った。
思い出しただけでも辛い思い出である。だから、僕は酒を飲んでいる。怒られるのは、何歳になっても慣れないのである。
酒を飲んだところで、なんの解決にもならないのだけれど。
お酒の入った缶を座っている目の前に置かれたテーブルの上に置く。
コツン、というアルミが響く音がした。
僕は、天井を見上げた。
『仕事辞めたいなぁ』という言葉がもれた。
そして、ネガティブな言葉とは全く異なる、数日前に訪れたお店のことをふと思い出した。
高熱の中、フラフラにながら病院の前を通って入ったお店。
お店に入ったら、高熱などすっかり治っていた。
そして、実に変な店主だった。
あのお店は結局何屋だったのだろう。コーヒーショップ?本屋さん?
もしかしたら、『何か』と定義されるのが嫌いなのかもしれない。
今度の休日に、あのお店にまた行ってみよう。そしたら、何かわかるかもしれない。
僕は立ち上がって、空になった缶を持って台所に行き、ゴミ箱に空き缶を放り投げた。
そして、シンクの蛇口をひねって水を出して手を洗う。
シンクの蛇口をひねって水を止めて、タオルハンガーにかかったタオルで手を拭いた。
僕は冷蔵庫から、ノンアルコールの炭酸飲料でも飲もうかと思い、冷蔵庫を開けた。その瞬間、テーブルの上に置いたスマートフォンが、ブルブルと震えた。
僕のスマートフォンは滅多に鳴ることも震えることもない。
前者は、単純にマナーモードにして常時バイブレーション設定にしているからであるからである。
後者は、友達や親しい知り合いがいないからであった。
こんな、僕に連絡をしてくる人は誰だろうと気になり、冷蔵庫を締めて、テーブルに小走りで向かった。
電話だった。画面には【非通知】と表示されていた。
一瞬だけ躊躇する。ただでさえ連絡がない僕である。その上非通知となると、さらに怖いものがある。時間的には夜の8時くらいだから、まぁ知り合いの可能性も完全に否定はできない。
僕は、恐る恐る画面を横にスワイプし、電話に出た。
「もしもし」
電話のスピーカーからは、電車が走る音が聞こえる。陸橋の下だろうか。
僕が、電話に出てから10秒くらいリアクションがなかった。
「た、助けて」
女性の声がした。
「え、ちょ……え?」
僕は、不思議なリアクションをしてしまった。女性と電話したことなど全くなかったからだ」
「お願い……たす」
女性の言葉は最後まで聞こえなかった。
聞こえたのは、金属バットのようなもので、何かを殴るような打撃音だった。
その直後、電話は切られた。
もし仮に、電話をこの女性がかけ、殴られたのがその女性であるならば、殴られ意識を失ってしまってから電話を切ることはなかなか想定しづらい。
僕はあまりにネガティブだったから、自作自演の迷惑電話の可能性が一番であるとの結論に至った。
きっと、仲間内での楽しいおフザケに違いない。
しかし、この読みは外れる。翌朝のニュースでだいだい的に報道が行われた。
【女子高生、制服と鞄だけを残して消える】
テレビからは、電車の陸橋の下で、女子高生の制服と下着類、そして持っていた学生鞄だけを残し、消えたというコメンテーターのコメントが流れた。学生鞄の中身はからっぽで、所持していたであろう携帯電話は見つからなかったという。
僕はまたしても「どうせ、誰かの自作自演……」と思っていた。
しかし制服には名前が縫われており、警察が親御さんに確認したところ、昨日からその子は行方不明になっているようだった。
僕は、昨日かかってきた電話を思い出した。
もしかして、あの電話の女性はこの子のことだろうか?
僕は、締めようと思って持っていたネクタイをテーブルの上に置いた。
そして、スマホのスリープを解除して、電話の履歴を見る。
確かに非通知、夜の8時に電話がかかってきている。
部屋のチャイムが鳴った。ドアも数回ノックされる。そして、ドアの向こう側から優しい口調の声が聞こえてきた。
「あの、神奈川県警のものですがー」
僕は、あまりの展開の早さに驚き、スマホを床に落としてしまった。
そして、またしてもドアが数回ノックされる。警察ですよ、というあいさつがなされる。
たった、数回の出来事であったが、なんだか無限に行なわれているような気がした。
僕は、恐る恐る返事をして、玄関のドアノブを回してドアを開けた。




