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街灯がまばらについた道を一人の男が片手に本を持って歩いていた。
その男は、歩いていると時折落ちる黒ぶちの眼鏡を鼻の頭にもどすため、左手の人差し指でクイッとあげた。
今日は、忙しかった気がする。
初めてお店に来たお客さんに対して、長々と世間話をしてしまった。
あまり会話をするのは得意ではないのだけれど、なぜだか彼とは話をしようと思ったのだ。マスクをしている彼を不憫に思ったのだろうか。
このお店は、ずいぶん昔からある。周りの人間は気がついていない人もいるのかもしれないけれど、昔からある。
私が、前の会社を辞めてから、もうかれこれ5年以上はやっている。
でも気がついてくれない人がいるというのは悲しい。何か理由でもあるのだろうか(川沿いにあるからか?それとも看板がわかりにくいからか?真剣に考えてしまう)。
歩いていると、店の前についた。店内は電気を消しているから、真っ暗であった。あたりに街灯も少ない。
ポケットからお店のドアの鍵を取り出して、鍵穴に差し込み、ドアをあけた。
店内は暗かったが、歩き慣れた店内だ。スタスタと電気のスイッチがある場所まで歩いた。
電気のスイッチを入れると、店内のカウンターの奥の明かりがついた。
真っ白のシェードの下の豆電球が、可愛らしく光っている。
私は、もっていた本を電気のスイッチの下にある作業机の上に置いた。
そして、着ていた薄手のコートをハンガーに通し、ハンガーラックにハンガーをかけた。
一通り、体が軽くなったところで作業机とセットで置いてある椅子に座り、息を吐いた。
私は、心を落ち着かせる。
作業机の上に置いてあるタブレットを起動させ、ニュースサイトを開いた。
ニュースサイトの本日のニュースの一覧が表示されている画面を、下から上にスワイプして内容を確認した。
【激安、土曜日のスーパーの特売品の謎】というタイトルのニュースが私の心を掴んだ。
最近の野菜はどれも高い。夏場の台風のせいなのだろうけれど、あまりにも高すぎる。野菜は100円値上がりすると、印象がだいぶ違う。安定供給できるように技術革新が進まないものかといつも思ってしまう。
スーパーだって、薄利多売で頑張っているのに、それに拍車をかけるような土曜日のセール。私が経営しているこのお店でもセールとかをやったほうがいいのだろうか。
でも、このお店はあまり売る物がない。
売る物がないうえに、提供できるフードも限られている。こんなんでよく5年もやってきたと我ながら感心しているところだ。これも、私のビジネスセンスの賜物なのかもしれないが。
私は、スーパーのニュースを閉じて、別のニュースに目をやる。
【怪奇!神隠し多発地域の謎】
私は、タイトルの位置をタップした。そして記事が書いてあるページに画面が切り替わった。
内容を読む限り、このあたりの地域で神隠しが多発しているらしい。
ただ、不思議なことに神隠しと言っておきながら、人が消えているわけではない。モノが消えているというのだ。誰かが盗んでいるわけではないというのもポイントである。
私は、黒ぶちの眼鏡をクイっとやり、元の位置に戻した。
一瞬、実はこの店が神隠しにあっていたのではないかと思った。だから、今日来たお客さんには見えなかったのかもしれないと。
私は、クスクスと小さく笑った。そして豆電球しかついていない店内で、笑い声が小さく響いた。
私は、タブレットの電源を落として、作業机の上に置いた。
両腕を天井に突き上げ、軽く伸びをして、息を吐いた。少し凝っていた筋肉がほぐれたような気がした。
私は、立ち上がり、作業台の横にあるスペースに行った。
お店の壁が白いせいか、このスペースはカウンター越しには何があるかわからない。きっと、見え方としては、壁に凹みが少しあるようにしか見えないはずだ。物置にしか見えないと思う。
でも、実際は違う。
私は、スペースの左側に向かって歩いた。
右側に歩くと、店頭で使う食器や、シンクが置いてある。
しかし、左側に行くとそこには地下室に向かう階段がある。
私は、階段を下りる前に、階段の明かりをつけるスイッチを押した。この照明は実は、少しこだわりがあり、階段自体にライトをつけて、光の道が浮き上がるようなデザインにした(昔見たファンタジー映画にインスパイアされた)。
そして、私は光の道に吸い込まれるように階段を下るのであった。




