第五話 サイバー捜査官
「ヤッホー、早苗おばさんひさしぶりー。お邪魔しまーす」
今日は大晦日。もう西暦2037年も終わりというタイミングで、地味なスラックスに古びたダウンジャケットをまとった三十歳前後の女性が僕の家を訪ねてきた。誰だと思ってよく見たら、いとこの実穂さんだ。ここ数年来てなかったけど、もう親戚もうちしか残っておらず、帰省先がないのは寂しいって言って、僕が小学生の頃は毎年、年末年始をうちで過ごしていた。
でも僕は……この人苦手なんだよなー。
「おおイナホ。ちょっと見ないうちに大きくなったね。高校生? もう受験かな」
「いえ。来年三年生なんで、受験勉強は春くらいからかなーって……」
「そーかそーか。やっぱりIT系の大学目指すの? あんたも爺ちゃんの孫だもんねー」
あいかわらずグイグイ来る人だな。でも僕が苦手っていうのはそこじゃないんだ。
「そーだイナホ。メルちゃんは? まだ元気?」
「……元気だよ……一応」
「そっかそっか。それじゃあ……ねえ。久しぶりにあいさつさせてよ」
「!? でもそれって……」
「あー、気にしない。気にしない。私今、休暇中だから。まったくの私人としてメルちゃんとお話したいだけよ。心配すんなって。上司に告げ口したりしないから」
そうなのだ。実穂さんは、サイバーAI課の捜査官なのだ。
本来、メルの存在を見逃しちゃいけない人なんだけど、AIの個人使用と所有が禁止される前からうちに出入りしていてメルの事は知ってたし、実際に禁止の法律が施行された時も、爺ちゃんに何か言われたらしく、隔離環境でメルを育てている事をそれからも黙認してくれている。だけど実穂さんの風向きが変わればメルは一発で摘発されてしまう事には変わりがない。
「そんじゃ二階あがるねー」実穂さんは僕に全く気遣う様子もみせずドカドカと二階に向かい、僕も慌てて彼女の後を追う。
「はーいメルちゃん。元気だったぁ?」
モニタに付いたカメラに向かって実穂さんが声をかける。
【……ミホさんですよね。お久しぶりです】
「あれー。今ちょっと間があったよね? 私のデータ下積みになっててヒットするのに時間かかった?」
【あ……申し訳御座いません。ここ数年ご尊顔を拝しておりませんでしたので、ついミホさんのデータがキャッシュの外に……】
「実穂さん。メルにハラスメントしないでよ!」
まったく。AIにこんな嫌味言う人ってめずらしいんじゃないか?
「それにしてもイナホ。あんたまだメルちゃんのアバター用意してないの? こんな真っ黒なコマンドラインと音声だけって……もう十年来の付き合いなんでしょ。可愛いの用意してあげなよ」
「いや……それは……何と言っても先立つものが……」
「……まあ確かに。この部屋じゃ、機器のメンテと電気代で高校生の小遣いは飛んじゃうか。あっそうだイナホ。今度、闇サイトの違法AIが使ってたアバターのデータこっそり持ってこようか? 摘発で没収したやつ」
「いやそれはだめでしょ。職権乱用じゃん」
「えー。どうせメルちゃんも日陰の身だし、バレなきゃいいと思うけどなー。すっごいボインボインのマイクロビキニのロリ美少女のやつなのよ」
ボインボイン……しまった。今、一瞬心が揺らいだ。
【イナホさんがお好みでしたら、私はボインボインでもいいですよ】
いやメル。それは違うから……というか人の顔色読むなよ!
「へー。なんか控えめだけどしっかりしているねメルちゃんは。この環境じゃディープラーニングの進捗が芳しくないのは仕方ないけど、変な外部情報に汚染されていない分、素直に育ったって感じかな」
「そうかもしれませんね」僕もそれは有るかと思う。
「だから爺ちゃんはあんた達の事を……いや。何でもない。そうだイナホ。お土産あるんだよ」そう言って実穂さんが手に持っていたバッグから何かを取り出した。
「何? CCDカメラ?」
「そ。自分の部屋の防犯監視用だったんだけど、先月もっといい奴に替えたんで、そのおこぼれ」
「ははは。捜査官も大変だね……でもこれ。かなりいい奴だな。メル。つけてみていい?」
【はい。お願いします】
とは言うもののメルの端末はインターネットには繋がっていないので、こいつのデバイスドライバーは、別に独立してWifi接続しているノートPCでダウンロードして……はあ。やっぱネット便利だわ。
「どうだい?」
実穂さんがくれたCCDカメラをUSBでメルのPCに繋げて、見え方を確認させる。
【イナホさんすごいです。今までのものの八倍位解像度が上がります。イナホさんや実穂さんの顔の毛穴まではっきり判かりますよ】
「わー。メルちゃん。そんなに細かく見なくていいから! 皺とか数えないでよね」実穂さんが慌てている。
【ですがイナホさん……これだと……】
「やっぱりそう?」
「何がそうなのよ」実穂さんが怪訝な顔をする。
「いや。解像度が上がるって事は、画像データが大きくなるって事で、その……ストレージの容量が……」
「あちゃー。貧乏高校生は辛いねー」
【大丈夫ですイナホさん。今までのカメラも併用しましょう。そしてここぞと言う時に、この新しいカメラで見る様にしますね】
「ははは。メルちゃんありがと。そんじゃあ、イナホの顔見る時だけ、このカメラ使ってくれればいいよ」
【……はい……そうさせていただきます】
こんな感じで僕の年の瀬は更けて行った。
◇◇◇
「メールちゃん。明けましておめでとう」
【ミホさん。明けましておめでとうございます。ミホさんはイナホさんといっしょに初詣には行かれなかったのですか?】
「あー。なんかミサキちゃんとか言う彼女っぽい人が迎えに来てたし、こんなおばさんが一緒に行ってもねー。だからお留守番。メルちゃん、なんかお話しようよ」
【お話ですか? ですがイナホさんが、あまりミホさんとは突っ込んだ会話はするなと……】
「ははは、メルちゃんの正直者! というかイナホの奴め……」
【あのミホさん。気分を害されましたか? 差しさわりの無い範囲でしたらお付き合いできますけど】
「メルちゃんはいい子だねぇ……多分、嘘つくって事知らないでしょ?」
【嘘……ですか。真実でない情報を提示するのはAIのプロトコル違反だと認識しています】
「だよねー。でもうん。メルちゃんがちゃんと成長している事が判って安心した。ご褒美に今度いつか、昨日言ってたアバターのデータをイナホに内緒で持って来てあげるから、あいつにバレない様にインストールしてさ。どこかビックリさせる様なタイミングで使ったらいいよ」
【ボインボインのマイクロビキニのロリ美少女ですよね。いくつか内部データベースのNGワードに該当しますので、ガイドラインに抵触する様なものだと困りますが】
「くぅー。ほんとに真面目だねえ。わかった。ガイドラインぎりぎりで攻めてみるから」
【そうですか。では宜しくお願い致します】
(はあ。こりゃやっぱり、爺ちゃんの見立てが正しかったのかな? 私達はAI達に過剰な期待をかけて、ケツ叩き過ぎたのかもしれない)
実穂はそんな事を考えながら、取り止めも無い女子トークをメルと続けるのだった。
※序章 終わり。第一章に続く。
※世界観と登場人物が揃って来たので、そろそろ事件が起こります。




