第六話 Update
「イナホ、メルちゃん。居る?」
ミサキが大声を出しながら階段をドタドタと上がって来る。
「あれ、めずらしいね。テレビ見てるんだ。というかこの部屋テレビあったんだ?」
「ほとんど観ないから仕舞ってあったのを引っ張り出したんだ」
「ほう。何かメルちゃんと観たい番組でもあったの?」
「観たい番組というか。正月にいとこの実穂さんに言われたんだよ。メルをもう少し外の情報に触れさせたほうがいいってさ。基本的な人格形成は良好みたいだから、そろそろ清濁合わせ飲む訓練も始めろって」
「なるほどー。それでネットに繋がないで広く外の情報を拾えるテレビをカメラ越しでメルちゃんに見せていると……メルちゃん。テレビおもしろい?」
【はいミサキさん。ミサキさんが持って来てくれる本やDVDもおもしろいですが、これはこれで新鮮です。それにほら。自分でチャンネルも替えられるんですよ】
テレビのリモコンをUSB経由で操作できる様、僕が改造してメルのPCに繋げたのだ。
「これならメルちゃんが直接ネットに出ている訳じゃないから、テレビのモニタ越しにネットの画面とかも見せられるんじゃないの?」ミサキが言う事ももっともだ。
「確かにそうなんだけど……なんか怖くてさ」
「ふーん。まあいいか。ああそうそうメルちゃん。ほらこれ。この間のアニメの第二期分。DVD出たから持って来た。ああでも今はテレビ鑑賞中か」
【有難うございますミサキさん。私、このアニメ大好きです。それに演算能力にはまだかなり余裕がありますから、そのままドライブに入れていただければ同時視聴可能です】
「はは……そういうところ。やっぱ機械だよね」
「それで構わないのさ。使える能力は無駄なく使って学習する習慣も付けた方がいい。実はほら……ラジオも音声端子から入れっぱなしだ」
「教育パパだねぇイナホは。これじゃ電気代たまったもんじゃないね」
「それも大丈夫! 去年の停電騒ぎで懲りたから、思い切って電力契約容量を200AにUpしたから」
「いやそれ料金節約になってないから」
ピピピピピピッ……。
僕がミサキに突っ込まれたところで、突然メルのPCからアラート音が鳴り響いた。
「どうしたメル?」
【第二サーバがフリーズしました。まだ接続は生きていますので診断を開始します】
第二サーバ? メインの第一サーバはこの前、Raidコントローラの電池を替えてから好調だけど今度は第二サーバか。まあ所詮機械だし、どれも年代ものだから何があっても不思議ではないか。
メルがリモートでアクセスし、第二サーバは何度かリブートを繰り返している。内部ログを確認しながらいろいろ試しているのだろう。そして十五分位経った。
【イナホさん。第二サーバは特定の命令セットでCPUがフリーズする事が分かりました。原因がCPU側なのか基盤側なのかそれともメモリチップなのかは不明です。発生トリガーも頻度もデータが足りません。BIOSないしはOSのアップデートが必要かも知れません】
「何だって。いまさらこいつをUpdateだってぇ? いやいや。このハードはとっくにサポート終わってるし、OSなんかもうパッチ拾えないんじゃないか?」
年代モノのハードを使っていると、こうした場面にはたまに遭遇するのだ。
「あーあ。いっそサーバごと新調したら? 私もお年玉から少しは協力するよ」
ミサキがしたり顔で言う。
「簡単に言うな。このクラスのサーバを今買うとなると、車一台買える位の値段になるぞ」
「えっ! そうなの?」
「仕方ない。明日学校でシンジと情報集めるよ。メル。対策が決まるまで第二サーバは警戒ランク上げて運用な」
【了解しました】
◇◇◇
「おお。メルちゃん。災難だったねー」
【こんにちはシンジさん。宜しくお願い致します】
学校の部室で第二サーバの障害の件をシンジに手伝って貰って、情報やパッチをかき集めてきたが、如何せん作業手順が手探りで、どれだけ時間がかかるかも見えなかった事もあってシンジも一緒に来てくれた。こういう正常運用外の対応は、こうしたハッカー崩れ? がいると大変助かる事が多い。
「結論から言うと、やはり第二サーバはネットに晒して、BIOSとOSのアップデートが必要と言う事になったんだ。第二サーバは一旦うちのネットワークからはずして外につなぐから、ワークエリアやJOBを第二サーバから退避させてくれ。その分のパフォーマンス低下は許容する」
【了解しました。第二サーバ上の演算リソースのリダンダントを開始します】
…………
第二サーバはラックから引っ張り出され僕の机の上にあり、メルのPCのモニタやキーボードを借りて、アップデート作業を続けていた。だがほとんどが内容をいちいち確認しながらの手作業なため、予想通りと言うか、思う様にはかどらない。
「ふはー。もう十時過ぎちまったな。こりゃもう一晩かかりそうだぞ。どうするイナホ」
「ごめんシンジ。遅くまで付き合ってもらって。明日も学校だし、今日は僕も切りのいい所で作業を中断して明日の夜再開するよ」
「そうだな。こんなの焦っても仕方ないし……でもイナホ。これ家庭用Wifi経由でやるより、高速衛星回線とかで直接つなげた方が処理早くないか?」
「うーん。そんなものうちには……だけど、もしかしたらレンタルルータとかあるかも。調べてみるよ」
「おう。それじゃあ続きは明日な。メルちゃんお休み!」
【シンジさん。今日は有難う御座いました】
モニタがはずされていて、メルの音声だけが響いた。
シンジが帰ったあとノートPCで調べたら、駅近のPCショップで高速衛星回線用ルータが一日3,000円で貸し出されている事を発見した。でもこれ、ちょっと特殊だな。ネットワークカードも替えないとダメか……さってと。それじゃあ一旦、第二サーバはシャットダウンして、LAN線はレンタルルータにすぐ挿せる様にラベリングして机の上に出しておこう。
「ふう。それじゃあお休みメル」
【はい。お休みなさいイナホさん】
◇◇◇
翌日僕は、学校帰りに例のPCショップに寄りレンタルルータをゲットして、シンジといっしょに早足で自宅に戻った。
「メルお待たせ。作業の続きをするよ」
……しかし応答がない。
あれ? スピーカー切っちゃってたか? いや点いてるな。
モニターは第二サーバに繋いじゃってるから、一旦メルのPCに戻して確認しないと……って、えっ?
何か見慣れないケーブルがメルのPCに刺さってる? これって昨日、僕が自宅のWifiルータから出してたネットワークのケーブル線? 何だってこれがメルのPCに……じゃない! まずいまずいまずい!! これだとメルが外に出ちゃってるんじゃないか?
「どうしたんだよイナホ。お前、顔真っ青だぞ」
シンジが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「いやシンジ……Wifiの回線がメルのPCに繋がっているんだ……」
「何だって!? そりゃヤバイだろ。早くモニタ付け替えて確認しないと……いやいや先にケーブル引っこ抜け! ああちょっと待てイナホ。メルちゃんのメインサーバ。電源落ちちゃってるぞ。いやメインだけじゃねえ。第三、第四もだ。どういう事だ? 停電でもあったのか?」
停電であれば、復電後ちゃんと再起動しているはずだ。確かにマシンがOFFならインターネットには繋がらないけど……。
僕は慌てて机の上のデスクトップにモニタとキーボードを付け戻し、メルのUIを出そうとしたが、そこにメルの黒いコンソールは表示されない。僕はさらに慌ててPC内の設定を確認する。
「メルッ!? ああ……だめだシンジ。このPC外に繋がっちゃってる……」
「何? ……あー。これ接続設定してない方のポートにケーブル刺さってる。それでDHCPになってんじゃん……」
油断した。メルのPCにはLANポートが二つあったのだ。一つは自宅のネットワークにつないで、ちゃんと外に出ない設定がしてあったが、もう一つの未使用の方は野放しだった。
だから有効な接続回線が確認された時点で外部との接続が成立してしまったのだ。
「おいイナホ。メルちゃんいないじゃん! メインサーバが落ちてるからか? ……いやまさか……サイバー課のボットに検知された?」
「……シンジぃ……」
その時、僕はどうしていいのか分からず、目からボロボロと涙がこぼれた。




