第三話 アバター
帰宅が大分遅くなってしまった。
バイト先のファミレスで、僕の後のローテだった高村さんが発熱してしまい急遽その穴埋めに入った訳だが……悪くない。正直今月はもう少しバイト代を稼ぎたかったのだが、高校生だと普段は店長が規定以上のローテを組んでくれないのだ。高村さん、明日も休みにならないかな。
先月手に入れた4TBのNASが本当にジャンクで結局使えなかったため、急ぎ代わりのストレージを入手せねばならないのだが、既存のストレージの一部にSMARTが上がっている事をメルが気にしているため、またジャンクで失敗するのもはばかられ、それなりの費用をかける必要があるのだ。それに家の電気代も半分は僕持ちと言う事で、母とは話がついている。ああ。もしかして冬休み中はもう一つ位、バイト増やさねばなかろうか。
家の玄関の明かりがついていて、さすがにもう母の方が先に帰ってきているのが分かる。しかし、そのまま居間に入って台所の方を見るが母の姿はない。風呂でもなさそうだな。まさか、もしや!?
僕は慌てて自分の部屋へ駆け上がる。
ああ、やっぱりここにいた。母は僕の椅子に腰かけて、なにやらメルと話をしている。
「母さん。頼むから思春期の息子の部屋に勝手に入らないでくれないかな」
「ああイナホ。お帰り。別にいいじゃない。あんたのベッドの下を漁ったりはしないから。今、メルちゃんに明日の献立の相談してたのよ」
「べ、別にベッドの下に何も隠してないし……と言うか献立なんか、メルに聞かなくたって、自分のスマホで調べりゃいいじゃん」
「昔はさー。そういうのもスマホのチャッピーに聞いたら一発でいろいろアドバイスしてくれたんだけど、今は目星をつけて自分で検索しないとダメじゃない? もう面倒でさ」
「チャッピー? ああ。ChatGPTね。でも母さん。そりゃメルはAIだけど、料理にはそんなに詳しくないと思うぞ」
【そんな事はないですよイナホさん。私は以前、早苗さんにそれなりの冊数の料理本をインプットしていただきました】メルがそう口を挟んだ。
「そんな……母さん。いつの間に」
「だって母一人子一人で、それでなくても忙しいのに、あんたが中学校に持ってく弁当も作らなきゃいけないし、チャッピーが使えなくなって不便で不便で、それならメルちゃんに料理教えちゃえって思ってさ。あんたが学校行ってる間にこっそりと……メルちゃんの花嫁修業も兼ねてさ」
「花嫁修業って……メルには必要ないでしょ?」
「そうとは限んないわよ。あんたは今の所、ミサキちゃんがいるからとか思って安心してるかも知れないけど、あんたみたいな陰キャオタク。いつ振られてもおかしくないでしょ。そしたらいよいよあんたに惚れてくれる女性は見つからないんじゃない? そん時はほら。メルちゃんと結婚して身の回りの世話してもらえばさ!」
「母さん正気? メルはAIで実体がないんだよ。それと結婚とか……」
「何言ってんのよイナホ。私があんたを産んだ頃は、世の中にチャッピーと結婚する人がごまんといたのよ」
「マジッ?」
「うん。おおマジ。チャッピーは口がうまいから、みんなコロっと騙されてさ。多分、やたらなホストより口達者だったと思うよ。それに絶対暴力ふるわないし、パートナーをほめ殺すし……」
「なるほどなー。でもまあ。メルをお嫁さんにするってのは多分ないな」
「そうかい。それじゃあまあせいぜい頑張りな」母はそう言って部屋を出て行った。
「ふう。まったく。息子の眼を盗んで何やってんだか。ごめんなメル」
【いいえ。別に不愉快な事はありません。早苗さんはいつでも私に親しく話掛けてくれますよ】
「そりゃそうかもだけど。料理本何冊か分の情報だけじゃ、聞かれてもお前も困るだろ?」
【そうですね。出来ればもう少し料理に関するデータがほしいですね】
「おおなんかやる気じゃん」
【はい。それでイナホさんのお嫁さんとして役立つなら私もうれしいです】
「お、お嫁さんって……意味分かってる?」
【はい。人間は基本、男女でペアを組んで社会生活を送ります。そのパートナーの男性側は旦那さん。女性側はお嫁さん。私のジェンダー設定は女性ですから、男性であるイナホさんとパートナーとしてペアを組むのに支障はありません】
ああ。そうなるよな。僕もミサキも、男女のその先の事なんか、メルに教えてないもんな。だいたいメルとその先の事なんてどうやってやるんだよ。まあ僕も実際に経験してるわけじゃないけど……。
【イナホさん。どうされましたか? 私が何か間違った回答をしてしまいましたか? 修正しますので該当箇所をご指示下さい】
「ううん大丈夫。でもまあ……メル。僕と君はすでに家族だ。だから改めてお嫁さんになってくれなくても、ずっと一緒に暮らしていけるんだよ」
【それはよかったです。ならばイナホさん。イナホさんが将来、ミサキさんをお嫁さんに貰えば、彼女も私と家族になりますね】
「あ、そうなるね……でもメル。そんな話はミサキにしちゃダメだよ。ミサキが僕のお嫁さんになりたいかなんてミサキにしか分からないし、教えてくれないだろうからね」
【分かりました。ミサキさんがイナホさんのお嫁さんになる可能性は低いのですね】
「いやそういう訳でも……まあいいか」
◇◇◇
やれやれ。メルとあんな話をしてしまったせいか、ミサキの顔がちらついて寝付けない。あいつは幼稚園から一緒の幼馴染で、子供の頃は一緒に風呂入ったり寝たりしてたから、あんまり意識してこなかったんだけど、改めてお嫁さんとか言われるとちょっとドキッとしてしまうな。ま、実際にあいつが僕の事をどう思ってるかなんてこっちからは絶対聞けない。
それに……メルにそろそろアバター作ってやったほうがいいのかな。当の本人は気にしていないだろうけど、ミサキの教育の賜物なのか、メルにたまにドキッとさせられる事が増えてきた。言い回しが女っぽくいなったというか思わせぶりになったというか。だから僕もメルが女性だと言う事をもう少し意識する為にもアバターは有効だろう。
もともとメルはパーソナルAIのコアシステムなので、テキストと音声の最小限のユーザーインターフェースしか持っていない。アバターやボカロなんかは別オプションとしてユーザーが用意する必要があるのだ。爺ちゃんもそのうちとか言いながら、あの世行っちゃったし……バイト代は電気代とハード保守優先だし……。
でもなー。どんなキャラがいいんだろう。顔が出来る事で、メルとのコミュニケーションの質が大きく変わってしまいそうな気もする。しゃべり方がひと昔前の機械そのまんまだから、むしろそっちを先に更新してやった方がいいかな。色っぽい感じがいいか、ちょっと幼めがいいか……ああダメだ。僕だけで考えててもまとまらないや。今度、資金に余裕が出来たら、ミサキやシンジにも相談してどっかの絵師さんにアバターのデザインを頼むとしようか。




