第二話 Hello World!
「メルちゃん。こっちのスカートどう思う?」
【色合いはミサキさんにお似合いだと思いますが、すこし丈が短くはありませんか】
「そうかな。九月とは言えまだ残暑厳しいし、お尻はみ出さなければ大丈夫じゃない?」
【そんなものでしょうか】
「そうだよメルちゃん。このスカートなら、イナホの視線釘付けに出来るよね!」
今日は、朝から近所の幼なじみ宮永ミサキが僕の部屋に来ていて、さっきからJK向けの月刊ファッション誌のページをめくってメルに示しながら雑談をしている。これは僕がミサキに以前からお願いしている事なのだが、メルは外と繋がっていない為、AIとして学習していく為には、外から情報を与えてやらないとならない。だが僕が女子の考え方やものの見方を教える事は無理なので、最初からミサキの協力を仰いでいると言っても過言ではないのだ。
「なあミサキ。最初にメルをインストールした時、お前もいたよな。何でジェンダーを女性にしたんだっけ?」つい思った事が口に出た。
「あー。それ確か。私が女の子がいいって言ったんじゃなかったっけ?」
「そうだっけ。でもなんで?」
「それはね……なんでだっけ?」
「なんだよそれ」
◇◇◇
僕が小学校に入学した最初のゴールデンウィーク。
当時、まだ元気だった爺ちゃんが、いきなりうちに来てパソコンを組み始めた。爺ちゃんはもともとITのベンチャー企業でそれなりの実績を積んだ人だった様で、小学一年でパソコンはまだ早いという母を尻目に、僕に英才教育をするんだと息巻いていたそうだ。
子供の目からみても鮮やかな手つきでデスクトップPCを立ち上げた爺ちゃんは、僕にタイトルが英語で書かれた一枚のDVDを渡した。
「イナホ。こういうのは習うより慣れろだ。とはいえ、ひとりでは最初、何をやっていいのか分からんだろう。だからこれを入れて、こいつといっしょにコンピュータを勉強するんだ」
「爺ちゃん。何これ?」
「これはな。パーソナルAIといって、パソコンの中にお前の友達を作るソフトだ。お前同様。最初はこいつも何も知らないんだが、お前と一緒に勉強して行く事で、どんどん賢く頼りになっていくんだ。爺ちゃんの知り合いの会社が開発したんだぞ」
「ふーん。でも友達が出来るならミサキちゃんも呼んできていい? みんなで友達になりたいよ」
「ははは。いいともいいとも。呼んでおいで」
爺ちゃんは優しくそう言い、僕はすぐさま数軒先に住んでいるミサキちゃんを呼びにいった。僕とミサキちゃんは二人並んでパソコンの前に正座し、爺ちゃんは後ろのソファーからニコニコと遠巻きにその様子を眺めていた。
DVDの入れ方は、ゲーム機と同じだからすぐに判った。ブーンと言う音がしてDVDがロードされ、やがてインストールの初期画面が出る。英語だったら分からないなと思っていたのだが、なんと簡単な漢字とひらがなだけの日本語表記だった。しかも音声まで流れる。
『この度は。パーソナルAIコアシステムPOPURAをご購入いただき有難う御座います。これから順にあなたのパートナーとなるパーソナルAIの初期設定を行います……』
「誕生日はいつにする?」ミサキちゃんに聞いてみる。
「んー。私、妹がほしいの」
「えー。それじゃあ僕らより二つ下にしようか。それで妹だから女……っと」
「うはー。なんか私とイナホ君の子供みたいねぇ」
「うわ。何言ってんのさ!」
「いいからいいから。それで名前は何にする?」
「女の子の名前かぁ……いいのある?」
そこで爺ちゃんが口を挟んだ。
「イナホ。ミサキちゃん。その子の名前なんだが私にちょっと思い入れがあってな。メルクってのはどうかな」
「メルク? なんで?」
「いや。私が若い頃に仕事で関係していたコンテンツで、瓶詰少女のメルクってのがいて、その子が私の推しでね。今のこのパーソナルAIって、まさに瓶詰っていうかさ……」
「なんか、あんまり可愛くない……」
ミサキちゃんがダメを出したら、爺ちゃんがちょっと悲しげな顔をした。
「ああミサキちゃん。それじゃあメルってのはどう?」
僕はとっさの思い付きでそう言った。
「メルちゃん……お人形さんにもあったよね。いいんじゃない?」
よかった。ミサキちゃんも納得してくれたみたいだ。爺ちゃんもそれでいいみたいだったので、パーソナルAIは「メル」と命名された。
その後、リソースの振り分け方などはよく分からなかったので爺ちゃんに教えて貰った。
「それじゃ登録完了!」
さて、どんな可愛い子が出て来るのか。
僕は、はやる心を抑えながら実行ボタンをクリックした。
しかし期待に反して、パソコンの画面に出て来たのは真っ黒な画面だった。しばらく砂時計がグルグル回り、黒い画面の左上に>マークだけが表示されていた。
「あれ爺ちゃん。何にも出てこないよ。失敗したのかな」
「いいやイナホ。それでいいんだよ。POPURAはコアシステムだからな。その>のところから話かけるんだ。ゆっくりでいいから、Hello Merueと打ってごらん」
訳が分からないまま、爺ちゃんに言われる通りにキーボードを叩いた。
すると一瞬、黒い画面の中が真っ暗になり、次の瞬間。
画面に文字が現れた。
『Hello World!』と。
「何これ。女の子が出て来るんじゃないの?」ミサキちゃんも不服そうだ。
「いや。これでいいんだ。この言い回しはシステムのお約束みたいなもんでな。だが今、メルは確かに目覚めたんだよ。マイクで話掛けてごらん」
爺ちゃんに促され、僕は恐る恐るマイクに語りかける。
「こんにちはメル」
【こんにちはイナホさん】わっ。挨拶を返してくれたぞ!
「あーイナホずるい。私はミサキよ。メルちゃんよろしく」
【こんにちはミサキさん】
「わーい。私にも返してくれたよ! でもなんかぶっきら棒でつまんない」
メルの言葉は、抑揚の少ない、いかにも機械っぽい声だったのだ。
「ははは、慌てない慌てない。メルもまだ生まれたばかりの赤ん坊なんだ。これから君達がいろんな事を教えて行く事でどんどん賢くなっていくぞ」
「へー。そうなんだ。じゃあ爺ちゃん。いろいろ話掛けた方がいいのかな」
「ああ」
「いつかは可愛い女の子になる?」
ミサキちゃんがそう尋ねたが、それは僕もすごく気になった。
「あー。それはもう少しメルと親しくなったら別にアバターを用意してやったほうがいいかもな」
◇◇◇
そうだった。思い出した。メルの初期設定は、ミサキと爺ちゃんと一緒にやったんだった。
最初はそのパソコンもネットで外に繋がっていたので、つたないながらも僕とミサキは、メルに外の情報をネット経由で与えられた。でも小学生だったからSNSなどでガサっと情報をさらうなんて事は出来なかったし、今思えばあんな、嘘や誹謗中傷や宣伝・詐欺ばかりのSNSにメルを長時間晒す事がなくてよかったなともちょっと思う。そうしているうち、五年生の時にAIの個人的保持と使用が禁止される事になり、爺ちゃんがこっそり対策を教えてくれなかったら、僕らはそこでメルを手放す羽目になっていたんだ。
そしてそれ以降、インターネットから隔離したPCにメルを置いた生活になるのだが、今考えると、メルを女の子にしておいてよかったかとはちょっと思う。もしこれで男の子にしていたら、途中でミサキに関わるのをやめられていたかもしれない。メルが女の子だからこそミサキに任せられる大義名分が立つのであって、そうでなければ思春期のAIの扱いなど僕には荷が勝ちすぎているのは自明なのだ。
【イナホさん。あなたはこのスカートがミサキさんに似合っているとお考えですか?】
「へっ?」
いきなりメルが僕に質問を振って来た。モニタをみると、ミサキの3Dモデルが、さっきの雑誌のスカートをまとった状態で表示されている。
スカートと言うよりも、ちょっと肉感的で健康的なミサキの下半身の存在感が半端ないな。この3Dモデル、お尻とか胸、少し盛ってないか?
「ははっ。やっぱりこれだと、お尻見えちゃわない?」
3Dモデルをグルグルとマウスで回転させながらそう感想を述べる。
【ですが高校生男子の場合、こういう方が萌えるのですよね?】
「メル。お前そんな事どこで……」
【ミサキさん。やはりイナホさんはこの位ギリギリがお好みみたいですね。記録しておきます】
「おい……メルぅ……」




