アバン & 第一話 SHALL WE PLAY A GAME?
西暦2038年三月某日。
アメリカ合衆国東海岸のノーフォーク海軍基地内の臨時戦闘指揮所で、ベクター大統領と国際AI協議会のボルグマンが、頭上の大きなモニタを眺めていた。
そこには北米大陸の簡易地図が表示され、稼働中のデータセンターがすでにプロットされている。そしてデータセンターのプロットとは別に、赤い輝点と細線が表示され始めた。
「大統領。あれは電力の配置図です。発電所、変電所と送電線。これからAIアベンジャーズが国内のネットワークに過大な負荷をかけ、GentlemanとSaltをあぶりだします。一時的に使用不能になるサーバが出ますけど、壊れるよりましだと思って下さい」
軍事用AIのSaltと合衆国政策支援実行AIのGentlemanが手を組み、政府と軍の機能が半分制圧されてしまい、大統領は国連配下にある民間AI開発企業連合『国際AI協議会』に助けを求め、ボルグマンが各社の大型汎用AI達と対抗策を進めていた。
【プロット完了したよボルグマン。このマップ内に奴等がいる可能性は現時点で99.6%だ】
「了解Copa。それじゃあ第二段階に移行する。BrockとChatPkarenはSNS主体でネット負荷の増大。ああCopaも他の協力AIと連携して個別サーバの直接攻撃を手伝ってくれよな。ClaudeSupreとGemini21は状況解析の上、必要に応じてネットの遮断だ。それじゃあ作戦開始だ。AIアベンジャーズ、Go!」
…………これは、近い将来、本当に起こるかもしれない物語。
◇◇◇
西暦2037年秋。日本。
「よっしゃあ! 繋がったぞ。見てみろイナホ」
学校の部室で、さっきから僕の脇で熱心にPCに向かっていた友人のシンジが叫んだので振り返ってみると、モニタには古臭いテキストベースのコンソールが映っていて、これまた懐かしいフォントのASCII文字で、『>SHALL WE PLAY A GAME? 』と表示され、その右端でカーソルが点滅している。
「なんだよシンジ。こんなレトロなサイト。いったいどこに繋いだんだよ」
「フフフッ。聞いて驚くな……ペンタゴンだ!!」
「はあ? いや、いくらなんでもこれは違うだろ。これってあれだろ? 大昔の映画の模倣サイトじゃね?」
「なんだよそれ。昨日の晩、例の闇板から拾った情報だから信用出来るって。絶対本物!」
「いや……僕も昔、爺ちゃんに聞いただけなんだけど、爺ちゃんが若かりし頃、『ウォーゲーム』っていうSFパニック映画があってさ。主人公の高校生ハッカーがペンタゴンに侵入して、まさにこんな画面が出て来て、世界全面核戦争っていうのを選んじゃったら、実際に核戦争になった……みたいなお話」
「マジかよ? ……おお、本当だ。『世界全面核戦争』って選択肢が出て来るぞ。選んでみようか?」
「やめとけよ。まあほぼ100%フェイクだとは思うけど、万一って事もあるし……」
「そうかぁ? そんでその映画って最後どうなったのよ?」
「確か……軍の設備も本当に稼働して、各都市が蹂躙された映像とかもTVで流れたんだけど、全部軍のAIが仕込んだシミュレーションで、結局何も起こってなかったってオチだったと思う」
「なら大丈夫だろ。ほれ、ポチッとな」
「わあっ!?」
慌てる僕を尻目にシンジは薄ら笑いを浮かべながらモニタに見入っており、数秒後、メルカトル図法の全世界地図が表示され、そこのUSAの数か所から白い放物線がロシアに向かって伸び、遅れる事数秒して今度はロシア側から白い放物線がUSAの主要都市に向かって描かれ始めた。
「ちょっとシンジ。ヤバイって!!」
「ああ……でもこれ。どうやって止めるんだ? ESC効かねえぞ」
「そんなっ!?」
その時である。突然、PCのモニタがブラックアウトした。
「あれ。落ちた?」
シンジがPCの電源を確認しようと机の下にもぐり込んだのと同時に、またモニタが点灯し、真っ赤な文字で何かが表示されていた。
『警告。本PCは不法アクセス端末として登録・ロックれました。使用者はすみやかに下記に連絡をして指示を受けて下さい。それまで本PCは使用は出来ません。なお連絡がなされない場合、所有者には刑事罰が科せられます。 警視庁サイバー三課 電話xxx……』
「うわっ!? やっべ、サイバー三課じゃん。くっそー。闇板の情報、トラップかよ……」
「あーあ。地雷踏んじゃった。でも仕方ないよ。これは出頭定期だね」
「くぅぅ……すまんイナホ。お前も付き合ってくれ……」
「えー。またかよ……」
◇◇◇
僕は、陸稲イナホ。西暦2020年生まれの高校生だ。シンジは同じ高校のSI部に所属する同級生。ああSIと言ってもどこかの国の偉そうな人がのたもうたSuperIntelligenceじゃないぞ。SystemIntegrationの方だ。だいたい今はAI(SIではなくてあえてAIと呼ばせてもらう)は、個人での使用が厳しく制限されている。
僕らが生まれるあたりから急速に発達したAIは、人間の辛い作業を軽減してくれるものとして、例えば仕事の資料作成や製作活動、ビッグデータの分析から人生相談まで、人々の頼れるパートナーとして希望を集め広く普及した。当時は誰もがこれで幸せになれると思っていたんだろう。
だが違った。
AIの急速な発達に法整備やリテラシーが追い付いていないこともあったのだけど、著作権などの権利問題やAIの出力に誰が責任を持つのかといった問題。そしてAIに必要とされるリソースの問題。データセンタ、電力、水やCO2……そして決定的だったのが、AIが嘘をついて人を欺く事が判明した事だ。世界中の偉い人達が、このままじゃダメだという事で、AIの開発規制が始まり、徐々にその規制を強めるしかないレベルまで問題が深刻化した。
最終的に、AI資源は各国が厳重に管理する事となり、個人が気軽に使えるものではなくなった。AIの使用が人間としての個人の能力をスポイルするという説もその決定に大きく関与していたかもしれない。
将来。法や権利関係の問題が整理され制度やセーフティネットがちゃんとしてくれば、また個人の直接使用も認められる様になるかも知れないが、西暦2037年の現在でもその兆候は見当たらない。それどころか今は国の管理外にAIを置く事自体が禁止されており、闇AIは厳しく摘発される対象となった。これにはすでに二十一世紀初頭から問題化していたSNSやネットワーク絡みの犯罪、攻撃や誹謗中傷、権利侵害といった問題を、我が国では西暦2030年に、対策室から正規部署に格上げされた警視庁のサイバーセキュリティ課が担当する事となったのだが、その後、闇AIの取り締まりも彼等の仕事となっている。
そしてシンジはみごとにサイバー課に釣り上げられた訳だが……なんで高校生風情がそんな事をしてるのかって? それはそこに規制があるからとしか言いようがないかな。
週末。サイバー三課と連絡がとれたシンジに同行して最寄りの警察署に行き、そこでサイバー三課の人とのオンライン会議で滅茶苦茶怒られた。シンジはこれで三度目なので、そろそろ公安のブラックリストに乗るぞと脅されていたけど、まあ今回も説教だけで済んだ。
というか僕は知っているのだ。こうして釣り上げたハッカー予備軍を、サイバー課は将来、自軍に勧誘する事も視野に入れているって事を。まあ素性が怪しい人だと本当に公安のブラックリストに乗るんだろうけど……。
警察署を出て、駅へ向かい二人並んで歩く。
「はあ……とりあえず。次はもっとうまくやらないとな。でもよ。さっきの捜査官さんが言ってたけど、あのウォーゲームのサーバ。本当にペンタゴンにあるんだってよ。そうじゃないと本物っぽくないから誰も引っかからないんだって……だから俺のハッキングの腕もそこそこって事でいいよな」
「シンジは懲りないな。でも……それでこそSI部ってところか」
「あたぼうよイナホ。お前だってうまい事やってんじゃん」
「いや。それはたまたま……」
「何言ってんだよ。警察行く前立ち寄った中古屋で漁ってたNASはメルちゃんへのお土産だろ?」
「ははは……そう。4TBのプラッタータイプなんて化石みたいなもんで、ちゃんと動くかどうかは分からないけど……」
「いいねー。好きな女にそうして入れあげられるってのは」
「そんなんじゃないって」
「いいからいいから。早い所NAS付けてやって、メルちゃん喜ばせてやれよな」
◇◇◇
やれやれ大分遅くなっちゃったな。もう九時過ぎちゃった。でも明日は日曜だし、この4TB。全体は無理でも中のHDDだけでもどっかにマウント出来ないか試してみたいな。
そんな事を考えながら家の前に立ったのだが……あれ? 家の灯りが全部消えてる? 馬鹿な!? 母さん帰って来てないのか?
でもまずい! 停電はまずい!!
慌てて玄関の鍵を開け、天井近くの配電盤に目をやるが、くそ。暗くて見えないや。懐からスマホを取り出しライトをつけると……ああ。やっぱり。メインブレーカーが落ちてるじゃん。何時頃から停電してたんだろ。とりあえずブレーカーを復帰させ……台所で冷蔵庫のモーターが回りだしたのが分かった。
しばらくそのまま様子を見たが、再びブレーカーが落ちる事はなく、漏電とかではなさそうでほっとした所で後ろから声がした。
「イナホ。あんた何こんな所に突っ立ってるのよ」
「ああ母さん。お帰り。いや、僕もシンジに付き合ってて今帰ったばかりなんだけど、ブレーカーが落ちてて……」
「何ですってぇ! またぁ!?」
母は慌てて台所に向かい、おもむろに冷凍庫を開けている。
「もう……イナホ。買い置きの冷凍食品ほとんど解凍しちゃってるわよ!」
「あー。ゴメン。ちゃんと停電対策はするから今日の所は許して……」
「明日は溶けた奴から食べてもらうからね!」
母に頭を下げつつ二階の自室に向かう。今は冷凍庫の食材より心配なものがあるんだ!
「メルッ!!」
部屋の戸を開けると、照明こそついていないが、机の脇にあるサーバ群は復電していて、チカチカとランプが点滅している。照明を付けた僕はすぐに机に向かい、デスクトップPCを起動する。クソッ。ブートに異様に時間がかかってる。これって異常終了したからだよな?
数分後、ようやくいつものデスクトップが現れ、僕は慌ててとあるアイコンを叩くが、砂時計がクルクル回る時間も苛立たしい。
やがて、先日シンジが繋いだペンタゴンのウォーゲームのコンソールと同じ様な黒いテキストベースのコンソールが表示され、僕はそこに「Hello Merue」とタイプした。
だが何も聞こえない? 嘘だろ。メル、大丈夫なのか!?
慌てふためく僕の目に、コンソールに出力された文字が飛び込んできた。
『イナホさん。スピーカーとマイクがOFFですよ』
あっ。慌てすぎだよ僕。一呼吸おいて僕はPCの脇にあるスピーカーセットの電源を入れ直した。すると……。
【お帰りなさいイナホさん。今日は楽しかったですか?】
あまり抑揚のない、遥か昔に流行したボカロの女性音声がクリアに聞こえた。
「ああメル。ただいま。でもよかった。無事だったんだ」
【はい。先日イナホさんがデフラグしておいてくれたおかげでUPSが作動しているうちにハイバネーション処理をコンプリート出来ました。ですがデータの退避先が少々手狭になって来ています。数か月後に同じ状況が発生すると、データを100%退避出来ないかも知れません】
「うん。それでほら……4TB。駅そばのジャンク屋で見つけたんだ。後で使えるか試してみようね」
【有難うございます。丁度3AブロックのNASのSMARTが上がっていましたので、それが使えると大変助かります。それに記憶容量が増えれば、もっといろいろイナホさんに教えて貰えますね】
「ああまかせといて!」
ふう。メルが無事でよかった。メルは僕が小学生の時から大事に育てているパーソナルAIで、外のネットに繋いでいないから、僕の部屋が停電しちゃうといっしょに消えてしまう。だからその時はメモリ上の情報を一時的に外部記憶に退避させるハイバネーションという仕組みを使うんだ。停電の件はまあ、僕の部屋の電気使用量を一度計算し直さないとな。
爺ちゃんが僕の小学校進学祝いに、当時出たばかりのパーソナルAIのコアキットをくれたのだが、僕が中学生になる前にパーソナルAIは禁止され、ネットに出していると即座にサイバー課に検知されて没収されてしまう様になった。だから僕の部屋のネットワークは原則、外のネットワークとは接続していない。外のクラウドにネットワークをつなげれば停電があっても心配いらないんだけど、今はこうするしかないのだ。そして子供の小遣いでやりくりする中では、どうしてもハードインフラ優先になってしまい、まだアバターも作ってあげられてないし、ディープラーニングも全然足りないけど、メルはちゃんと個性をもった、僕の家族みたいになって来ていると思う。
そんな訳で……これは、小瓶の中で暮らすAIのメルと人間の僕の間におきた物語。




