第52話 勝ったあとの仕事です
翌朝、俺は壊れた囲いの前で、何を頼むか考えていた。
まず、家畜を戻せるようにする。
飼料の残りを確かめる。
怪我をした兵を、荷運びに混ぜない。
「その柱は、まだ使える。折れた方だけ抜こう」
村の男が言った。
別の男が縄を持ってくる。
兵が二人、柱を支えた。
俺は、口を閉じた。
次に飼料の小屋へ行くと、女たちが濡れたものと無事なものを分けていた。
踏み荒らされた分を、山へ積み直すだけではだめらしい。
「これを混ぜると、残った分まで傷みますので」
説明を受けて、うなずく。
俺が何か言う前に、別の籠が運ばれてきた。
怪我をした兵のところへ行く。
二人は座って、回収した矢を分けていた。
手首を痛めた方は、矢を持たずに数を読み上げている。
「重いものは?」
「持つなと、アイナに」
俺は、もう一度口を閉じた。
トマが、隣で待っている。
「領主様」
「うん」
「探せば、何かあると思います」
「仕事がないのを、残念がっているわけじゃないよ」
少しだけ、図星だった。
◇
夜の間、新たな魔物は現れなかった。
朝も、林の外側を確かめたが、大きな足跡は昨日までのものだった。
だからといって、見張りを全部引き上げるわけにはいかない。
今日のうちは兵を残し、村の者と交代の仕方を決める。
山へ入る仕事も、もう少し待ってもらう。
クラウディアは、兵の前で盾を持っていた。
昨日緩んだ留め具を、締め直してもらったところだ。
「これで、動かしても?」
「確認だけです。まだ、打ち合いはしないでください」
アイナが答えた。
妻は盾を上げ、腕を動かす。
しばらく眺めて、うなずいた。
「では、今日はやめておきますわ」
近くの兵が、露骨に安堵した。
「皆さん、昨日はよく動いてくださいましたもの」
妻が微笑む。
兵は、急に姿勢を正した。
褒められたあとに追加の訓練が来るかどうか、まだ判断しかねている顔だった。
来なかった。
その事実が伝わるまで、少し時間がかかった。
◇
壊れた囲いの持ち主と、家畜を失った家の者に集まってもらった。
ここからは、俺が決める必要がある。
兵を出したから、あとは自分で直してくれ、と帰るわけにはいかない。
「何を戻せば、今日から困らずに済むかな」
まず聞いた。
新しい家畜を買ってくれ、とすぐに言う者はいなかった。
「今いるものを、外へ出せません」
「餌を置いていたところの屋根も、少し」
「羊は、隣へ預けております。長くは頼めませんので」
全部を一度に戻す金はない。
だが、いま残っているものまで失えば、もっと大きな金が要る。
囲いと、餌を濡らさない場所を先に直す。
預けた家畜の餌は、持ち主だけに用意させず、不足する間の分を手当てする。
亡くした家畜については、数と、それで何を賄っていたかを記録する。
「今日、この場で同じ頭数を買うとは、約束できない。ただ、失ったことで冬に何が足りなくなるかは、別に聞かせてほしい」
俺が言うと、羊を失った男がうなずいた。
「毛を売る分も、減ります」
「それも入れよう。今月だけの話じゃないからね」
隣の家の女性が、そっと口を挟んだ。
「預かるのは、もう少し大丈夫です。囲いを直すまでなら」
ありがたい申し出だった。
俺は礼を言い、餌を出す日数を確認した。
親切にしてくれた人へ、際限なく負担を載せるのは避けたい。
村の取りまとめ役が、紙に短く書いていった。
◇
昼前、館からの使いが戻った。
昨夜、戦いが済んだことと、必要な修繕を知らせておいた。
返事には、こちらへ送れる材料の量と、出せる金の範囲が書いてある。
キャスパーが手配し、マルセルが確かめたものだった。
冬の屋根直しに取ってある長い板は、使わない。
囲いの横木に回せる材を、大工に選んでもらった。
ベルタの次の便へ載せるが、緊急に必要な留め具だけは、先に持ってきたという。
紙の端には、オットーの字もあった。
『倉の短い材の一部が、なくなっております。昨日の補助によるものでしょうか』
俺は、その箇所を指で押さえた。
消費の見込みにあった木材だ。
帰ったら、実際にどの範囲が失われたのか確かめる。
その下に、もう一行。
『使う予定だった焚き付けは、別途必要です』
当然だ。
余りに近い材でも、使い道がないわけではない。
敵を止めるために使った。
役には立った。
それでも、次に火を焚く者が困るなら、戻す仕事が残っている。
俺は、必要な買い足しを進めてほしいと返事を書いた。
昨日の補助で減った分として、費用を分けてもらう。
能力を使った瞬間だけで、話を終わらせない。
そう決めたのだから、支払いまで見る。
◇
村の作業は、その日のうちに進んだ。
兵は、危険がないか確かめる仕事と、重い柱を動かすところを手伝う。
留め方や木の使い方は、村の修繕に慣れた者へ任せた。
指示する側が、途中で変わる。
兵が、それを嫌がらずに聞いている。
「そこを押さえてくれ。もう少し上」
「ここか?」
「そう。それなら、通せる」
昨日、槍を持っていた手が、今日は柱を支えていた。
クラウディアも手を貸した。
男が数人で引こうとしていた柱を見て、近づく。
「こちらを、上げればよろしいので?」
「ええ。ただ、地中にまだ」
柱が抜けた。
土が落ちた。
男たちは、縄を持ったまま立っていた。
妻は柱を抱え、置き場所を尋ねる。
誰も答えないので、俺が脇を指した。
「そちらへ、ゆっくり」
「はい」
柱が地面へ下ろされた。
村の男が、俺へ聞いた。
「魔物は、あちらの方に向かってきたので?」
「知らなかったんだろうね」
知らないというのは、ときどき命取りになる。
◇
夕方までに、家畜を戻せる範囲の囲いはできた。
仮の部分もあるが、一晩預けたままにしなくて済む家が増えた。
残る修繕は、材料が届いてから続ける。
見張りに残る兵と、村の者の持ち場も決めた。
俺たちは、負傷した二人を急がせずに連れて帰った。
道中、アイナは列の後ろへ回ったり、分かれ道で待ったりしていた。
先頭を走るより、忙しそうだった。
館へ着くと、マルタが待っていた。
キャスパーから村の仕事を聞き、手伝える者を探したという。
「明日、修繕へ行ける人が二人おります。ただし、一人は昼過ぎには戻したいそうです」
「それなら、村で続ける作業のうち、時間で切れるものを頼もう」
「そうお伝えしております。道具も、ご本人のものを持っていくと」
俺は、うなずいた。
「いつも、助かる」
「帰ってから全部、領主様に探していただくわけにもいきませんから」
彼女は、それだけ言って、次の相手を待つ椅子へ戻った。
館に新しい役職が増えた、というより、仕事を探す相手が決まった。
そのことが大きかった。
◇
翌朝、倉で消費された材を確かめた。
昨日の記録と照らし、なくなった分を数える。
表示の見込みと、実際に失われた品の範囲を紙に残した。
冬の修繕用や、売る約束のある品へは及んでいなかった。
ほっとしたが、今後も必ずそうなると思い込まないよう、紙へ書き添える。
焚き付けの買い足しと、村へ出す材料。
兵が使った矢や、傷んだ道具。
治療と、臨時に働く人の代金。
マルセルが、机で金額をそろえた。
「戦いそのものは、短かったそうですね」
「うん」
「後ろに続く支払いは、短くありませんが」
俺は、紙を見た。
それでも、人を失った欄はない。
「残った家畜と村の仕事を考えれば、今払う意味はある」
「ええ。ですので、先に必要な分から出しております」
マルセルは、もう支払った項目を指した。
愚痴を言いながらも、止めるところは止めずに動かしてくれている。
「ありがとう。俺が戻るまで待たずに済んだね」
「そのために、範囲を決めていただきましたので」
俺は、もう一度うなずいた。
決めたことが、本当に役に立った。
◇
午後、アイナを呼んだ。
クラウディアとキャスパーにも同席してもらう。
机には、昨日の兵の動きを記した紙を置いた。
アイナは、入るなり姿勢を正した。
「何か、不手際がありましたでしょうか」
「まず、それを心配するんだね」
彼女の視線が、妻へ動く。
「奥様へ、強く申し上げましたので」
クラウディアが眉を上げた。
「止める役を頼んだのですから、止めなければ叱りますわ」
どちらへ転んでも叱られるように聞こえたが、理屈は通っている。
アイナも、少しだけ肩を緩めた。
「昨日、村へ抜けた一頭を見つけたのは、別の兵だったね」
「はい。私からは、茂みが重なって見えませんでした」
「その声を聞いて、兵を動かした。自分で全部見つける必要はなかった」
俺は紙を指した。
「それから、囲いへ全員を向けなかった。前で戦っている兵も見ていた。助かったよ」
アイナは、唇を結んだ。
褒められ慣れている顔ではなかった。
「ただ、反省もあります。最初に置いた一人が、木の陰へ入ると、合図が見えなくなりました。途中で、場所を変えましたが」
「次は、そこも決めよう。走って知らせる方が早い場所と、合図で届く場所を」
完璧だったと言って任せるつもりはない。
見落としたことを、自分から話せるのも大事だった。
俺は、用意していた紙を彼女へ渡した。
「今後、君を含む四人を、ひと組として任せたい。騎乗での見張りと連絡、護衛が中心になる」
アイナが、顔を上げた。
「私が、指揮を?」
「うん。必要に応じて兵をつけるときも、何を任せるかは先に決める。軍全体を見てもらう話ではないよ」
橋の指揮は、ブルーノとデニスにある。
妻が出るときの後方の補助も、その都度、任せる範囲を伝える。
小さいが、正式な役目だ。
「組の者の体調、馬、道具も見てもらう。足りないものを、黙って自分で埋めなくていい。上へ相談するところまで、仕事に含めたい」
アイナは、紙を読む手を止めた。
「手当も、変わるのですか」
「責任が増えるからね。金額は、マルセルとも話してある」
キャスパーが、開始の日と報告先を説明する。
アイナは一つずつ聞き、最後に俺へ向き直った。
「務めます」
声は、小さくなかった。
「仲間を、置いていかないように」
「君自身も、その中に入れてくれ」
俺が言うと、彼女は一度だけ瞬き、深く頭を下げた。
◇
兵の詰め所で知らせると、反応は早かった。
「やっと、役目がついたか」
「昨日から、もう命令されていたぞ」
「その前からだろ」
アイナは、笑ってよいのか迷った顔で立っていた。
すると一人が、真面目な声を作った。
「隊長殿。捕まった場合の心得は?」
「まず、捕まらないようにしてください」
「例の言い方は、教えてもらえないのか」
「教えません!」
笑いが起きた。
アイナの耳が赤くなる。
それでも、彼女は逃げなかった。
「それから、馬の手入れが終わっていない方は、先に済ませてください」
二人が、そっと立ち上がった。
もう、指示が通っている。
クラウディアが、俺の隣で満足そうにうなずいた。
「頼もしくなりましたわね」
「君を止められる人は、貴重だから」
「レオン様まで」
妻は俺の腕へ手を添えた。
距離が近くなっただけで、アイナが急に目を逸らす。
さっきまで兵へ指示していた顔が、見る間に若くなった。
「……そちらの方は、まだ慣れないらしい」
俺が小さく言うと、妻は楽しそうに笑った。
◇
夕方、村からの報告が届いた。
追加の材料が着いた。
家畜の囲いは使えている。
新たな魔物は見ていない。
冬の餌をどれだけ補う必要があるかは、引き続き確かめる。
羊を失った家とも、次の仕事と暮らしについて話す。
すべて解決したわけではない。
ただ、次に誰が動くかは決まっていた。
俺が紙を置くと、キャスパーが別の封を差し出した。
「橋からです。こちらは、少し気になります」
ブルーノの報告だった。
対岸の道で、荷車の往来が増えている。
兵の交代にしては荷が多く、以前は空いていた場所に、天幕が張られた。
まだ、橋へ近づいてはいない。
俺は紙を読み直した。
「こちらが山へ出た間に?」
「動き始めた時期は、まだ確かめられておりません」
キャスパーの答えは慎重だった。
分からないところを、分かったことにはしない。
俺はうなずき、地図を引き寄せた。
守る兵は、残してある。
今回も不在の隙を狙ったのだとしても、同じ穴は空いていない。
「まず、橋の備えと、向こうへ入っている荷を確かめよう。ヴェーラー卿にも知らせたい」
キャスパーが椅子を寄せた。
敵も、兵を集めれば腹が減る。
その飯がどこから来て、誰が払っているのか。
今度は、そちらの話を聞く番かもしれなかった。




