↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/56

第29話 そんなすぐにハイスペックがくるわけない

 募集の知らせに、印を押した。


 最初に受け入れる働き手は、五人。

 家族が一緒に来る場合は、その住まいも先に相談する。


 移り住む者と紹介した者には、定めた税を一年間、半額にする。ただし、減免額には一人につき銀貨二枚の上限を設けた。

 税の負担がない紹介者には、別に決めた謝礼を出す。


 紹介した名だけ書けば受け取れるわけではない。

 住まいと仕事を確かめたうえで、適用する。


 マルセルと数字を合わせ、オットーと届け出の手順を決めるのに、数日かかった。


 その間に、町の職人や商人にも声をかけた。

 受け入れられる仕事が、少しずつ見えてきた。


 荷車の修理を手伝える者。

 荷の扱いに慣れた者。

 木を加工する仕事を覚える者。


 何人でも来てくれとは書かなかった。

 それでも、今の領地から出せる、具体的な募集だった。


「これで、出しましょう」


 マルセルが言った。


 俺は顔を上げた。


「よいのか」

「そのために、計算したのでございます」


 もっともだ。


 金が出ていく話に、いつも困った顔をしていた男が、今日は紙をこちらへ押した。


 使わないために見ているのではない。

 使えるように、確かめてくれていた。


「ありがとう。進めよう」


     ◇


 館へ来てもらった商人は、三人だった。


 普段から町へ品を運んでいる者たちだ。

 席につくと、一人が募集の紙を手に取った。


「人を、お探しで」

「そうだ。往来する先で、仕事を探している者に、この話を伝えてほしい」

「兵ではなく?」

「兵も必要だ。ただ、今日は職人や働き手の話をしたい」


 商人は、もう一度紙を見る。


「こういう話を広めるだけでも、よろしいので?」

「ああ。条件を伝える手間賃は払う。来た者を必ず採ると約束する必要はない」


 縄や金具を扱う男へ尋ねた。


「この町へ来た帰りは、何を積んでいる?」

「時によります。空きが出ることも」

「木材を買い付けることは」

「品と値段が合えば。ただ、そろう日が分からんと、待てません」


 俺はうなずいた。


「今、村の作り手と町の大工が、欲しい材の寸法を合わせている。まだ小さな話だが、続けば運ぶ荷は増える」

「ほう」

「修理ができる者が増えれば、止まった荷車も動く。君たちが売る金具や縄を使う仕事も増えるだろう」


 商人の指が、紙の端から離れた。


 手間賃だけの話ではなくなった顔だった。


「うちにも、困っている客はおります。荷はあるのに、荷車が直らないと」

「その客に、修理を仕事にしていた知人はいないか」

「客の知人までは……いや」


 言いかけて、考える。


 俺は待った。


 こちらがすべて話してしまうと、相手が思い出す時間をなくす。

 沈黙も、営業のうちだ。


「一人、おりますな。前の雇い主と揉めまして」

「今は?」

「荷運びの口を拾っております。車輪を扱える男なのですが」


 キャスパーの筆が動いた。


「何で揉めたか、知っているか?」

「出す、出せないの話だったと。荷車を」

「君は、その場にいたのか?」

「いえ。男から聞いただけです」


 俺はうなずいた。


「では、そこは本人にも聞きたい。今の仕事を離れられるなら、条件を伝えてもらえるか」

「承知しました」


 隣の商人が笑った。


「人探しを頼まれに来たつもりが、こちらの商いの相談になりましたな」

「仕事のあるところへ来てもらいたいからな。君たちにも、続けて付き合える話にしたい」


 言うと、三人が顔を見合わせた。


 悪くない反応だ。


     ◇


「家族を連れてきても、よいのでしょうか」


 二人目の商人が尋ねた。


「先に相談してほしい。仕事は一人分でも、寝床が一人分で済むとは限らん」

「家は、お与えになるので?」

「貸せる家や部屋を確認している。家賃も、修理が要る場合の扱いも、本人へ伝えてから決める」


 商人が、紙を裏返した。


 住まいが無料だとは書いていない。


「仕事も家もある、と一言で伝えた方が、人は動きやすいでしょうが」

「来てから違うと言われれば、君たちも困るだろう」


 男が、苦笑した。


「確かに。帰り道で恨まれては、商いになりません」


 俺は、その返事にうなずいた。


 同じ道を何度も通る者は、次に会うことを考えて話す。

 そこを頼みたかった。


「まず、誰が、どんな仕事を探しているか知らせてくれ。こちらからも、受け入れる者の条件を返す」

「言付けをお預かりする形ですな」

「ああ。急いで来たい者にも、先に話を通した方が無駄足が減ると伝えてほしい」


 商人たちは、それぞれの往来先を挙げた。

 すぐ声をかけられる相手もいれば、次に会うまで日がかかる相手もいる。


 三人を見送ったあと、キャスパーが言った。


「皆様、ご自身の売り先までお考えになっていましたね」

「そうでなければ、一度伝えて終わる。商いにつながれば、次も気にかけてもらえる」

「ええ」


 彼は、玄関の方を見た。


「最後の方が、もう少し座っていたら、帰りの荷まで決められそうだと」

「そこまでは、まだ話していないが」

「ですので、もう少し、と」


 俺は、手元の紙をそろえた。


 熱心だと受け取ってもらえたのか。

 逃げ時だと思われたのか。


 できれば、前者であってほしい。


     ◇


 八日後、最初の応募者が来た。


 名は、ルッツ。

 三十前後の男で、肩から道具の包みを下げていた。


 紹介した商人は、道中で受け取った返事を先に届けてくれていた。

 今いる町での短い仕事を終えれば、こちらへ来られるという。


 受け入れを考えているのは、町の荷車職人だった。

 修理の依頼が重なると、手が回らない。

 経験者なら、まず一緒に仕事をしてみたいと聞いている。


 今日は、その仕事場で会った。


 ルッツは俺を見て、道具の包みを置きかけた手を止めた。


「領主様も、おいでになるとは」

「話をつないだので、初めは聞かせてもらいたい。座ってくれ」


 彼は椅子を見てから、親方へ目を向けた。


 俺が座るより先には、座りにくいらしい。


 腰を下ろすと、ようやく向かいへ座った。

 道具の包みは、足元の乾いたところへ置いている。


「荷車の仕事は、どのくらい?」

「見習いからなら、十二年です。木の方を主に。金具は、鍛冶屋へ頼んでいました」

「一台、全部を一人で作れる?」

「作れないところは、頼みます」


 返事は早かった。


「鉄の仕事までできるとは、言えません」

「分かった」


 親方が、少し身を乗り出した。


「車輪は」

「直しも、新しく組むのも」

「馬車か、荷車か」

「主に荷車です。飾りのつく仕事は、ほとんど」


 親方の質問が、次々に続いた。

 使った材、任された修理、ほかの職人へ頼んだ仕事。


 俺が聞きたかったことより、ずっと細かい。


 分からない言葉もある。

 そのたびに口を挟むと、せっかく進んでいる話が止まる。


 俺は、二人の顔を見ながら聞いた。

 キャスパーも、必要なところだけ書き留めていた。


     ◇


「前の仕事場を離れた理由も、聞かせてくれ」


 区切りで、俺が尋ねた。


 ルッツの背が、少し固くなる。


「荷車を出せと言われて、出せないと答えました」

「直っていなかった?」

「直したところとは、別に傷んでいるところがありました。頼まれた修理のほかに、手を入れる必要があると」

「それは、いつ伝えた」

「引き渡す朝です」


 俺は、少し待った。


 ルッツが続ける。


「前の晩には、気づいていました。親方が出ていたので、朝に話そうと」

「客は、朝から使うつもりだった?」

「はい」


 親方が、腕を組んだ。


 ルッツは、視線を下げなかった。


「出せるとは言えませんでした。それは、今も同じです。ただ、前の晩に探してでも話すべきだったと、思っています」


 俺はうなずいた。


 腕のある職人が、悪い雇い主に追い出された。

 そういう話だけで片付けるには、相手側の事情をまだ知らない。


 ただ、自分の落ち度も話せる男ではある。


「その一件で、すぐ辞めたのか」

「何度か、納める日で揉めていました。その後、仕事を分けてもらえなくなって、話をつけて離れました」

「残っている約束や、借りている道具は」

「ありません。この道具は、自分のものです」


 親方が、そこで口を開いた。


「うちでも、期日のある仕事はするぞ」

「承知しています」

「遅れそうなら、途中で言え。客に話す時間がなくなる」

「はい」

「出来の悪いものを、黙って出せとは言わん」


 ルッツの指が、膝の上で少し動いた。


 俺は、二人を見た。


 今のやり取りを、紙にきれいに書くだけでは足りない。

 実際に働いて、言えるか、聞けるかを確かめる必要がある。


「では、仕事も見せてもらおうか」


     ◇


 親方が用意したのは、修理待ちの荷車だった。


「どこから見る」


 ルッツは、すぐには道具を出さなかった。


「どう使っていたものですか」

「袋を積んで、村と町を往復していた。持ち主は、片方の車輪がおかしいと言っている」

「触ってよろしいですか」


 親方がうなずくと、ルッツは荷車の周りを回った。


 しゃがむ。

 裏側をのぞく。

 確かめたいところを親方へ伝え、二人で荷車を支える位置を決める。


 俺は、少し離れた場所から見ていた。


「こちらも、見た方がよさそうです」

「理由は」

「車輪だけ直しても、同じように力がかかるかもしれません。外してみなければ、言い切れませんが」


 親方が近づき、同じところを見た。


「そうだな。続けてみろ」


 その声で、キャスパーが俺を見た。

 俺は、小さくうなずいた。


 今のところ、話は合っているらしい。


 しばらくすると、道具の音が始まった。

 親方が、頼んだ仕事の範囲を伝え、ルッツが確かめる。


 俺は、作業台の端へ置かれた道具に目を留めた。

 使い込まれているが、手入れはされている。


「その道具は、長く使っているのか」

「はい。いくつかは、見習いの頃から」


 返事をしながらも、ルッツの手は作業へ戻った。


 親方が俺を見る。


「領主様」

「何だ」

「仕事を見せろとおっしゃいましたので」

「ああ」

「話しかけると、止まります」


 俺は、口を閉じた。


 キャスパーが、少しだけ顔をそらした。


 適切な指摘だ。

 採用する側の質問にも、時と場所がある。


     ◇


 ひと区切りついたところで、親方が手を拭いた。


「続きは、明日でもいい。今日は、条件の話をしよう」


 ルッツが、顔を上げる。


「使っていただけるのですか」

「見た分では、任せられる仕事がある。全部を見たわけではないから、まず一か月、一緒にやってみたい」


 俺は、親方へ目を向けた。


 彼は、うなずいた。

 自分で決めた顔だった。


「ルッツ。雇うのは、この親方だ。領の兵や、館の使用人になるわけではない」

「はい。ただ……領主様がお決めになるのかと」

「仕事を任せる者と、働く君が決める。俺たちは、その間の話をつないだ」


 ルッツは、親方を見た。


 給金。

 支払う日。

 仕事の時間。

 休み。

 自分の道具を使う範囲。


 親方が順に伝え、ルッツも質問する。


 今日、試しにした仕事にも、代金を払う。

 明日からの仕事と混ぜずに、その場で渡すと聞いて、彼は少し驚いた。


「働いてもらったからな」

「ありがとうございます」


 俺は、そのやり取りを見ながら、杯を持った。


 今度は、口を挟まずに済んだ。


 寝床は、近くの家で借りられる一部屋を見てもらう。

 家賃は先に伝えてある。

 減免についても、どの負担が軽くなり、いつ確認するかをキャスパーが説明した。


 ルッツは、最後に尋ねた。


「その一か月で、合わないとなった場合は」

「働いた分の給金は払う。道具も、お前のものだ。次の仕事を探すか、戻るかは、お前が決めればいい」


 親方が答えた。


 ルッツは、しばらく黙った。

 足元の道具の包みへ目を落とし、それから顔を上げる。


「では、明日から。よろしくお願いいたします」


 親方が、手を差し出した。


「頼む。修理待ちは、見たとおりだ」


 ルッツは、その手を握った。


     ◇


 帰り際、キャスパーが採用の記録を確かめていた。


 受け入れた仕事。

 住まいの相談先。

 働き始める日。


 俺は、もう一度仕事場を振り返った。


 親方が、明日見てほしい荷車を示している。

 ルッツが、置かれた材について何か尋ねていた。


 まだ初日だ。

 うまくいくかどうかは、これから分かる。


 それでも、働く場所が一つ決まった。


「領主様」


 キャスパーに呼ばれて、向き直る。


「こちらに、確認を」

「ああ」


 紙へ目を通す。

 名前の横に、仕事場が書かれていた。


 人材が一人増えた、という一行より、その方がうれしかった。


 館へ戻ると、オットーが顔を上げた。


「いかがでしたか」

「明日から、試しに働くことになった。親方と、本人が決めた」

「では、こちらへ」


 彼は、募集の記録を開いた。

 問い合わせを受けた名の横へ、日付を書き足す。


 少し離れた机で、マルセルが聞いていた。


「館の給金では、ないのですね」

「ああ。税の方は、決めたとおり確認してからだ」

「承知しました」


 今日は、ため息がなかった。


 俺が椅子へ座ると、オットーがもう一枚の紙を持ってきた。


「それと、別の商人から、言付けがございます。荷の扱いに慣れた者がお一人、条件を聞きたいと」

「そうか」


 紙を受け取る。


 こちらから探しに行くだけだった頃より、話が届くようになった。

 人が来れば、記録も確認も増える。


 それでも、今日は少し違う。


 俺はオットーに言った。


「荷の仕事を頼みたいと言っていた先へ、経験を伝えてくれ。会いたいか聞こう」

「承知しました」


 返事をして、彼は自分の机へ戻った。


 全員を、俺が雇う必要はない。

 全員の腕を、俺が見抜けるわけでもない。


 仕事を知る者が、仕事をする者と会う。


 今日は、その一組が、明日の約束をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。