第29話 そんなすぐにハイスペックがくるわけない
募集の知らせに、印を押した。
最初に受け入れる働き手は、五人。
家族が一緒に来る場合は、その住まいも先に相談する。
移り住む者と紹介した者には、定めた税を一年間、半額にする。ただし、減免額には一人につき銀貨二枚の上限を設けた。
税の負担がない紹介者には、別に決めた謝礼を出す。
紹介した名だけ書けば受け取れるわけではない。
住まいと仕事を確かめたうえで、適用する。
マルセルと数字を合わせ、オットーと届け出の手順を決めるのに、数日かかった。
その間に、町の職人や商人にも声をかけた。
受け入れられる仕事が、少しずつ見えてきた。
荷車の修理を手伝える者。
荷の扱いに慣れた者。
木を加工する仕事を覚える者。
何人でも来てくれとは書かなかった。
それでも、今の領地から出せる、具体的な募集だった。
「これで、出しましょう」
マルセルが言った。
俺は顔を上げた。
「よいのか」
「そのために、計算したのでございます」
もっともだ。
金が出ていく話に、いつも困った顔をしていた男が、今日は紙をこちらへ押した。
使わないために見ているのではない。
使えるように、確かめてくれていた。
「ありがとう。進めよう」
◇
館へ来てもらった商人は、三人だった。
普段から町へ品を運んでいる者たちだ。
席につくと、一人が募集の紙を手に取った。
「人を、お探しで」
「そうだ。往来する先で、仕事を探している者に、この話を伝えてほしい」
「兵ではなく?」
「兵も必要だ。ただ、今日は職人や働き手の話をしたい」
商人は、もう一度紙を見る。
「こういう話を広めるだけでも、よろしいので?」
「ああ。条件を伝える手間賃は払う。来た者を必ず採ると約束する必要はない」
縄や金具を扱う男へ尋ねた。
「この町へ来た帰りは、何を積んでいる?」
「時によります。空きが出ることも」
「木材を買い付けることは」
「品と値段が合えば。ただ、そろう日が分からんと、待てません」
俺はうなずいた。
「今、村の作り手と町の大工が、欲しい材の寸法を合わせている。まだ小さな話だが、続けば運ぶ荷は増える」
「ほう」
「修理ができる者が増えれば、止まった荷車も動く。君たちが売る金具や縄を使う仕事も増えるだろう」
商人の指が、紙の端から離れた。
手間賃だけの話ではなくなった顔だった。
「うちにも、困っている客はおります。荷はあるのに、荷車が直らないと」
「その客に、修理を仕事にしていた知人はいないか」
「客の知人までは……いや」
言いかけて、考える。
俺は待った。
こちらがすべて話してしまうと、相手が思い出す時間をなくす。
沈黙も、営業のうちだ。
「一人、おりますな。前の雇い主と揉めまして」
「今は?」
「荷運びの口を拾っております。車輪を扱える男なのですが」
キャスパーの筆が動いた。
「何で揉めたか、知っているか?」
「出す、出せないの話だったと。荷車を」
「君は、その場にいたのか?」
「いえ。男から聞いただけです」
俺はうなずいた。
「では、そこは本人にも聞きたい。今の仕事を離れられるなら、条件を伝えてもらえるか」
「承知しました」
隣の商人が笑った。
「人探しを頼まれに来たつもりが、こちらの商いの相談になりましたな」
「仕事のあるところへ来てもらいたいからな。君たちにも、続けて付き合える話にしたい」
言うと、三人が顔を見合わせた。
悪くない反応だ。
◇
「家族を連れてきても、よいのでしょうか」
二人目の商人が尋ねた。
「先に相談してほしい。仕事は一人分でも、寝床が一人分で済むとは限らん」
「家は、お与えになるので?」
「貸せる家や部屋を確認している。家賃も、修理が要る場合の扱いも、本人へ伝えてから決める」
商人が、紙を裏返した。
住まいが無料だとは書いていない。
「仕事も家もある、と一言で伝えた方が、人は動きやすいでしょうが」
「来てから違うと言われれば、君たちも困るだろう」
男が、苦笑した。
「確かに。帰り道で恨まれては、商いになりません」
俺は、その返事にうなずいた。
同じ道を何度も通る者は、次に会うことを考えて話す。
そこを頼みたかった。
「まず、誰が、どんな仕事を探しているか知らせてくれ。こちらからも、受け入れる者の条件を返す」
「言付けをお預かりする形ですな」
「ああ。急いで来たい者にも、先に話を通した方が無駄足が減ると伝えてほしい」
商人たちは、それぞれの往来先を挙げた。
すぐ声をかけられる相手もいれば、次に会うまで日がかかる相手もいる。
三人を見送ったあと、キャスパーが言った。
「皆様、ご自身の売り先までお考えになっていましたね」
「そうでなければ、一度伝えて終わる。商いにつながれば、次も気にかけてもらえる」
「ええ」
彼は、玄関の方を見た。
「最後の方が、もう少し座っていたら、帰りの荷まで決められそうだと」
「そこまでは、まだ話していないが」
「ですので、もう少し、と」
俺は、手元の紙をそろえた。
熱心だと受け取ってもらえたのか。
逃げ時だと思われたのか。
できれば、前者であってほしい。
◇
八日後、最初の応募者が来た。
名は、ルッツ。
三十前後の男で、肩から道具の包みを下げていた。
紹介した商人は、道中で受け取った返事を先に届けてくれていた。
今いる町での短い仕事を終えれば、こちらへ来られるという。
受け入れを考えているのは、町の荷車職人だった。
修理の依頼が重なると、手が回らない。
経験者なら、まず一緒に仕事をしてみたいと聞いている。
今日は、その仕事場で会った。
ルッツは俺を見て、道具の包みを置きかけた手を止めた。
「領主様も、おいでになるとは」
「話をつないだので、初めは聞かせてもらいたい。座ってくれ」
彼は椅子を見てから、親方へ目を向けた。
俺が座るより先には、座りにくいらしい。
腰を下ろすと、ようやく向かいへ座った。
道具の包みは、足元の乾いたところへ置いている。
「荷車の仕事は、どのくらい?」
「見習いからなら、十二年です。木の方を主に。金具は、鍛冶屋へ頼んでいました」
「一台、全部を一人で作れる?」
「作れないところは、頼みます」
返事は早かった。
「鉄の仕事までできるとは、言えません」
「分かった」
親方が、少し身を乗り出した。
「車輪は」
「直しも、新しく組むのも」
「馬車か、荷車か」
「主に荷車です。飾りのつく仕事は、ほとんど」
親方の質問が、次々に続いた。
使った材、任された修理、ほかの職人へ頼んだ仕事。
俺が聞きたかったことより、ずっと細かい。
分からない言葉もある。
そのたびに口を挟むと、せっかく進んでいる話が止まる。
俺は、二人の顔を見ながら聞いた。
キャスパーも、必要なところだけ書き留めていた。
◇
「前の仕事場を離れた理由も、聞かせてくれ」
区切りで、俺が尋ねた。
ルッツの背が、少し固くなる。
「荷車を出せと言われて、出せないと答えました」
「直っていなかった?」
「直したところとは、別に傷んでいるところがありました。頼まれた修理のほかに、手を入れる必要があると」
「それは、いつ伝えた」
「引き渡す朝です」
俺は、少し待った。
ルッツが続ける。
「前の晩には、気づいていました。親方が出ていたので、朝に話そうと」
「客は、朝から使うつもりだった?」
「はい」
親方が、腕を組んだ。
ルッツは、視線を下げなかった。
「出せるとは言えませんでした。それは、今も同じです。ただ、前の晩に探してでも話すべきだったと、思っています」
俺はうなずいた。
腕のある職人が、悪い雇い主に追い出された。
そういう話だけで片付けるには、相手側の事情をまだ知らない。
ただ、自分の落ち度も話せる男ではある。
「その一件で、すぐ辞めたのか」
「何度か、納める日で揉めていました。その後、仕事を分けてもらえなくなって、話をつけて離れました」
「残っている約束や、借りている道具は」
「ありません。この道具は、自分のものです」
親方が、そこで口を開いた。
「うちでも、期日のある仕事はするぞ」
「承知しています」
「遅れそうなら、途中で言え。客に話す時間がなくなる」
「はい」
「出来の悪いものを、黙って出せとは言わん」
ルッツの指が、膝の上で少し動いた。
俺は、二人を見た。
今のやり取りを、紙にきれいに書くだけでは足りない。
実際に働いて、言えるか、聞けるかを確かめる必要がある。
「では、仕事も見せてもらおうか」
◇
親方が用意したのは、修理待ちの荷車だった。
「どこから見る」
ルッツは、すぐには道具を出さなかった。
「どう使っていたものですか」
「袋を積んで、村と町を往復していた。持ち主は、片方の車輪がおかしいと言っている」
「触ってよろしいですか」
親方がうなずくと、ルッツは荷車の周りを回った。
しゃがむ。
裏側をのぞく。
確かめたいところを親方へ伝え、二人で荷車を支える位置を決める。
俺は、少し離れた場所から見ていた。
「こちらも、見た方がよさそうです」
「理由は」
「車輪だけ直しても、同じように力がかかるかもしれません。外してみなければ、言い切れませんが」
親方が近づき、同じところを見た。
「そうだな。続けてみろ」
その声で、キャスパーが俺を見た。
俺は、小さくうなずいた。
今のところ、話は合っているらしい。
しばらくすると、道具の音が始まった。
親方が、頼んだ仕事の範囲を伝え、ルッツが確かめる。
俺は、作業台の端へ置かれた道具に目を留めた。
使い込まれているが、手入れはされている。
「その道具は、長く使っているのか」
「はい。いくつかは、見習いの頃から」
返事をしながらも、ルッツの手は作業へ戻った。
親方が俺を見る。
「領主様」
「何だ」
「仕事を見せろとおっしゃいましたので」
「ああ」
「話しかけると、止まります」
俺は、口を閉じた。
キャスパーが、少しだけ顔をそらした。
適切な指摘だ。
採用する側の質問にも、時と場所がある。
◇
ひと区切りついたところで、親方が手を拭いた。
「続きは、明日でもいい。今日は、条件の話をしよう」
ルッツが、顔を上げる。
「使っていただけるのですか」
「見た分では、任せられる仕事がある。全部を見たわけではないから、まず一か月、一緒にやってみたい」
俺は、親方へ目を向けた。
彼は、うなずいた。
自分で決めた顔だった。
「ルッツ。雇うのは、この親方だ。領の兵や、館の使用人になるわけではない」
「はい。ただ……領主様がお決めになるのかと」
「仕事を任せる者と、働く君が決める。俺たちは、その間の話をつないだ」
ルッツは、親方を見た。
給金。
支払う日。
仕事の時間。
休み。
自分の道具を使う範囲。
親方が順に伝え、ルッツも質問する。
今日、試しにした仕事にも、代金を払う。
明日からの仕事と混ぜずに、その場で渡すと聞いて、彼は少し驚いた。
「働いてもらったからな」
「ありがとうございます」
俺は、そのやり取りを見ながら、杯を持った。
今度は、口を挟まずに済んだ。
寝床は、近くの家で借りられる一部屋を見てもらう。
家賃は先に伝えてある。
減免についても、どの負担が軽くなり、いつ確認するかをキャスパーが説明した。
ルッツは、最後に尋ねた。
「その一か月で、合わないとなった場合は」
「働いた分の給金は払う。道具も、お前のものだ。次の仕事を探すか、戻るかは、お前が決めればいい」
親方が答えた。
ルッツは、しばらく黙った。
足元の道具の包みへ目を落とし、それから顔を上げる。
「では、明日から。よろしくお願いいたします」
親方が、手を差し出した。
「頼む。修理待ちは、見たとおりだ」
ルッツは、その手を握った。
◇
帰り際、キャスパーが採用の記録を確かめていた。
受け入れた仕事。
住まいの相談先。
働き始める日。
俺は、もう一度仕事場を振り返った。
親方が、明日見てほしい荷車を示している。
ルッツが、置かれた材について何か尋ねていた。
まだ初日だ。
うまくいくかどうかは、これから分かる。
それでも、働く場所が一つ決まった。
「領主様」
キャスパーに呼ばれて、向き直る。
「こちらに、確認を」
「ああ」
紙へ目を通す。
名前の横に、仕事場が書かれていた。
人材が一人増えた、という一行より、その方がうれしかった。
館へ戻ると、オットーが顔を上げた。
「いかがでしたか」
「明日から、試しに働くことになった。親方と、本人が決めた」
「では、こちらへ」
彼は、募集の記録を開いた。
問い合わせを受けた名の横へ、日付を書き足す。
少し離れた机で、マルセルが聞いていた。
「館の給金では、ないのですね」
「ああ。税の方は、決めたとおり確認してからだ」
「承知しました」
今日は、ため息がなかった。
俺が椅子へ座ると、オットーがもう一枚の紙を持ってきた。
「それと、別の商人から、言付けがございます。荷の扱いに慣れた者がお一人、条件を聞きたいと」
「そうか」
紙を受け取る。
こちらから探しに行くだけだった頃より、話が届くようになった。
人が来れば、記録も確認も増える。
それでも、今日は少し違う。
俺はオットーに言った。
「荷の仕事を頼みたいと言っていた先へ、経験を伝えてくれ。会いたいか聞こう」
「承知しました」
返事をして、彼は自分の机へ戻った。
全員を、俺が雇う必要はない。
全員の腕を、俺が見抜けるわけでもない。
仕事を知る者が、仕事をする者と会う。
今日は、その一組が、明日の約束をした。




