第28話 人を呼ぶにも、支度がいる
出発する朝、オットーに留守中の連絡を確かめた。
「急ぎの支払いは、マルセル殿へ。決まっているお返事は、こちらで。新しいお約束になるものは、お戻りまで待っていただきます」
「ああ。待てないという話があれば、理由も聞いてくれ」
「承知しました」
任せる範囲を決める。
留守でも進むものを、進めてもらう。
館のすべてが回るわけではないが、今日、俺は村へ行ける。
「では、頼む」
「お戻りの頃には、ご判断の必要なものをそろえておきます」
頼もしい。
帰ったら机が空いている、という意味ではなかったが。
◇
森林の村へ向かう道では、次第に畑より木々が目立つようになった。
キャスパーが道の曲がりを見ている。
トマは、案内の男と話しながら進んでいた。
先に都合を聞いてもらったので、突然の訪問ではない。
それでも、村へ入ると、こちらを見る顔があった。
「領主様が?」
「自分で来るとは聞いてなかったぞ」
「聞いてたろう。昨日」
「だから、本当に来るとは」
声が届いている。
トマが、前を向いたまま口元を動かした。
村を取りまとめている男が、頭を下げる。
「何か、不足がございましたでしょうか」
税の話だと思われたらしい。
「納める物を増やしに来たわけではない。町の修理に使う木材について、仕事をしている方に話を聞きたい」
男が顔を上げた。
分かったような、分からないような顔だった。
俺も、どんな話になるかまでは分かっていない。
◇
作業場には、丸いままの木や、切りそろえた材が置かれていた。
板を重ね、覆いをかけたところもある。
年配の男が道具を置き、こちらへ向き直った。
日に焼けた顔と、太い指。
頭を下げたあとも、こちらの出方を見ている。
「手を止めさせて、すまない」
「いえ」
俺は、脇の板へ目を向けた。
町で見た、傷んだ棚を思い出す。
「これは、使えそうだな」
「何にです?」
「……それを聞きに来た」
後ろで、トマが息を漏らした。
「俺は木の扱いに詳しくない。町の修理に使えるものがあるか、教えてほしい」
男の肩が、少し下がった。
「何を作るかによります。全部、同じようには使えませんので」
「ここにある物は、売るためのものか」
「全部ではありません」
家の修理に使うもの。
注文済みのもの。
乾かしているもの。
売り先の決まっていないもの。
男は、置く場所を分けて説明した。
遠くから見れば、どれも木の山だ。
売れずに残っていると決めていたら、最初から話が違っていた。
「注文のあるものは、誰が運ぶ?」
「買う者が取りに来ることも、こちらで持っていくことも。長いものは、扱える者を頼みます」
キャスパーが、道の方を見た。
来る途中にも、曲がりのきつい場所があった。
荷車が空で帰るから、何でも積めるわけではない。
ベルタの話が、地面の上で見える。
◇
町の大工から聞いてきた、寸法の控えを出した。
今、決まっている注文ではない。普段の修理に使う材を尋ねたものだ。
「こういう物は、作っているか」
男が紙を見る。
傍らの若い男も、のぞき込んだ。
「この長さなら。ただ、厚みの違うものもあります。初めから頼まれれば、合わせて挽きますが」
「町の大工にも売っている?」
「以前は。合わんと言われたことがありまして」
「何が」
「長さだったか、厚みだったか。運んだ者から、そう聞いています」
男は眉を寄せた。
「向こうも別から買っていたようですので、無駄に運ぶのはやめました」
「次に欲しい大きさは、聞けたか」
「そこまでは」
若い男も、首を振った。
「売れなかったとしか、聞いてません」
俺は紙を見た。
町は、欲しい物が届かないと言う。
村は、持っていっても売れないと言う。
間に入る者は必要だ。
ただ、合わなかった理由が届いていない。
次も同じ物を運べば、同じ答えになる。
だから運ばず、向こうは来ないから別で買う。
「別の物を作れないかと、考えたことは」
「あります。ただ、何を作ればよいか分からんうちは、むやみに切れません」
男が道具を見た。
「切ったら、長くは戻せませんので」
ごもっともだ。
計画書なら、木材を増やすと一行で済む。
こちらでは、切る前に決めなければならない。
◇
「町の大工に、ここの物を見てもらえないか」
「お持ちになるのですか」
「全部ではない。どれをどう見せるのがよいか、相談したい」
「見せるために切るなら、その分が出ます」
「そうだな。無償で出してくれという話ではない」
男が俺を見た。
「……買っていただける、と」
「買うと決まったものは、代金を払う。ただ、全部売れるとは約束できん。見本にも費用がかかるなら、それを聞いてから決めたい」
取りまとめの男が口を挟んだ。
「領主様が、うちの売り先をお探しに?」
「まず、売れる物があるかを確かめに来た。館でも町でも、修理に木材は使う。こちらから買えるなら、双方に意味はある」
年配の男が、紙を見直した。
「お納めする物を、選びに来られたのかと」
「取り上げては、次を作る気になれんだろう」
男は、慌てて首を振った。
「そのようなつもりでは」
「構わん。今日来た俺が、何を言い出すか分からなかったんだろう」
後ろで、声がした。
「買う話らしいぞ」
「領主様が?」
「だから、買う話だと」
「ただし、何でも買うという話ではない。必要な物と、使える物を確かめる」
声が止まった。
残念そうな顔もあったが、先に伝えておく方がよい。
運ぶ話になると、若い男が前へ出た。
「道へ出すだけでも、手は要ります。荷車が来てから集めるのでは、待たせます」
「先に日が分かれば?」
「できます。ただ、畑へ出る者もいますので、いつでもとは」
キャスパーが書き留める。
積む場所。
手を出せる日。
荷車に載せられる長さと重さ。
年配の男が、少し考えて言った。
「町で見てもらうなら、次の注文を運ぶ日に、来てもらう手もあります」
「すでに運ぶ予定が?」
「はい。ただ、その品は、欲しいと言われても渡せません」
「分かった。見る話と、買う話を分けよう」
新しく荷車を頼むことばかり考えかけていた。
だが、すでに動く仕事がある。その機会を使えるなら、無理が少ない。
男が作業場の隅から、板の端を持ってきた。
「これなら、お持ちいただけます。ただ、長いものの曲がりまでは分かりません」
「まず、これを見せて質問を聞こう。使う分は現物を見てもらう必要があるな」
うなずく男から、板を受け取る。
「新しく切るのは、注文が決まってからでよい。俺が来たからといって、今の仕事を止めないでくれ」
「承知しました」
男は、初めて笑った。
「では、まだ商いの前ですな」
「ああ。そこまで進めたいと思っている」
◇
帰りの支度をしながら、トマが板を布で包んだ。
「領主様。今日は、木をお持ち帰りになるのですね」
「話をつなぐための物だ」
「マルセル殿が、まずお値段をお確かめになるかと」
「借りてきた」
「その次に、何をお建てになるのかと」
俺は返事を止めた。
聞かれる姿が、見事に浮かぶ。
「……先に説明しておこう」
「私からも」
キャスパーが笑った。
帰り道、村で聞いた話を確かめる。
「初めから人を増やす話をしていたら、何を任せるかも曖昧でしたね」
「ああ。作る者が足りないのか、運ぶ者が足りないのか。それとも、条件が届いていないだけか」
注文が増えれば、手が足りなくなるかもしれない。
そのときは、どの仕事に人が要るか、今日の男に聞ける。
人が来れば、何とかなる。
そういう計画にはしたくなかった。
◇
翌日の午後、館で人材確保の相談をした。
俺とキャスパー、マルセル、オットー。
木材の話と募集の話は、紙を分けてある。
「橋からの帰りに、キャスパーと人材を募る方法を話した。今日は、その案を二人にも聞いてほしい」
マルセルとオットーへ、紙を向けた。
「兵だけでなく、職人や運ぶ者も求めたい。領民に知人を紹介してもらい、来る者にも紹介する者にも利点を設ける。税を軽くする案が出ている」
二人は、その道中の話を知らない。
決まったこととして渡す前に、金と手順を見てもらいたかった。
キャスパーが、昨日の村の話を添える。
「ただ、雇うつもりのない方へ、人だけ送りつけるわけには参りません。町や村で、受け入れられる仕事も確かめます」
「ああ。そのうえで、紹介した者と移り住む者の税を、例えば一年間軽くする。まず、その条件から考えたい」
マルセルの筆が止まった。
「どの税を、どれだけでございますか」
「全部を免除する話ではない。領で定められる税のうち、対象と上限を決める」
「大きな商いをしている方ですと、一人の紹介でも、減る税が相当に」
「そこは、同じくらいの利点になるようにしたい」
キャスパーが、オットーへ向き直った。
「道中で、来た翌日に帰られては困るとも話しました。ですので、到着した人数だけでは認めない案です」
「住み始めて、仕事を始めたことを確かめたい。オットー、その確認を残すなら、何が必要だと思う?」
彼は、少し考えてから答えた。
「到着した日と、お住まい、働く先でしょうか。それと、同じ方を二人が紹介したとおっしゃったら?」
オットーが尋ねた。
「本人にも聞こう。名を書くだけでなく、どういう話で来たかも」
「承知しました」
俺は、マルセルへもう一つ伝えた。
「税を納めていない者への利点も、道中では結論が出なかった。少額の謝礼を用意するなら、いくらまで出せるか見てほしい。減免との重複は避けたい」
「金が出ていく方も、ございますね」
「将来、仕事をする人を増やすための支出だ。意味はあると思う」
「意味があることと、いくらまで出せるかは、別でございます」
「そうだ。そこを一緒に考えてほしい」
マルセルの筆が、また動いた。
◇
「自分で来た者も、対象にしたい」
俺が言うと、キャスパーがうなずいた。
「紹介者を探してから来なければ損をする、ということになりますので」
「ああ。来る側の条件は、紹介の有無で変えない」
「どちらから来た方を?」
オットーが尋ねた。
「出身では限定しない。働く意思があって、条件が合うなら話は聞く。ただ、身元と経歴を確かめることは変えない」
キャスパーが、二人へ補足した。
「他国領からの移住に限るとは書かない方針です。こちらの国にも、仕事を探している者はおりますので」
「ああ。広める方法は、キャスパーから商人の往来を使う案が出ている」
俺はマルセルを見た。
「条件を伝えてもらう手間賃も、費用に入れたい。連れてきた人数だけで払う形には、急いでしない方がよい」
「何人でも連れてこられては、困りますね」
「そうだ。仕事も家もあると誇張させない。そのためにも、伝える条件はそろえておこう」
オットーが、筆を止めた。
「では、問い合わせを受ける先も、書いておいた方がよろしいですね」
「ああ。来る前に相談できれば、こちらも支度ができる」
「家族連れなら、ご本人の寝床だけでは済みませんね」
オットーの言葉に、俺は座り直した。
「家も確かめよう。空いていると聞くだけでは駄目だ。持ち主に貸す意思があるか、修理が要るか、いくらかかるか」
「屋根を直すにも、材料と人が要ります」
マルセルが言った。
俺は、机の脇の板を見る。
「……木材もだな」
村の売り先の話が、こちらへつながる。
ただ、人を迎えるために、今の領民が待つ修理を後回しにすれば、不満も出るだろう。
「仕事を教える側の手間も見ておきたい。来た者だけ優遇して、迎える側には全部ただで頼むという話にはしたくない」
「受け入れる方の条件も伺います」
キャスパーが書き留めた。
紙の行が、増えていく。
「まず、仕事と住まいを用意できる人数で試そう。税の対象と上限は、マルセルと確認する。記録と確認の手順は、オットーにも意見を聞きたい」
「はい」
「募集する仕事は、雇う側に確認してからだ。キャスパー、町で聞いている話も一緒に見せてくれ」
「承知しました」
決まったこと。
まだ調べること。
後者が多い。
それでも、人が欲しいと嘆くだけのときより、することは見えている。
「これが回れば、毎回、俺が王都へ行かなくてもよくなる」
「領民が、必要な人へ声をかけられるようになりますね」
キャスパーの返事にうなずいていると、マルセルが息を吐いた。
「人を増やす話でしたよね」
「そうだ」
「先に、仕事が増えております」
俺は机を見た。
働き口。
住まい。
修繕。
税。
紹介の記録。
増えている。
「……今、支度をしておけば、あとで困ることを減らせる」
「承知しております」
分かっていても、手が勝手に増えるわけではない。
俺は、紙を一枚引き寄せた。
「家の確認には、俺も行こう。役割を分ける。全部、君の机へ置いて帰るつもりはない」
「助かります」
今日一番、早い返事だった。
◇
三人が戻ったあと、募集の案を見直した。
一人連れてくれば。
一年間、税を軽くする。
言葉なら短い。
迎えるには、働く場所も、寝る場所も、確かめる者も要る。
領民に、知人へ声をかけてほしい。
そのためには、紹介しても困らせない領地にしていかなければならない。
机の脇に、木の切れ端がある。
木も、人も、あるというだけでは仕事は回らない。
その先を、少しずつつなげる。
俺は紙の上へ、募集の案、と書いた。
決定、と書かないことだけは、忘れなかった。
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