第25話 うーん、ブラック現場
「……そういうつもりでは、ございませんわ」
クラウディアは、俺の腕に添えた手を動かさずに言った。
アイナは、まだ姿勢を固くしている。
こちらを見れば妻に疑われ、見なければ見ないで何か言われると思っているらしい。
「分かっている。アイナ、支度の続きをしてくれ。出発する前に、同行する兵から説明がある」
「はい」
返事をして、彼女は袋を持ち直した。
逃げ出すほどではないが、動きは速かった。
妻が、その背中を見送る。
「素直な娘ですわね」
「ああ。今のところは」
「お役に立てれば、よろしいのですけれど」
俺は、クラウディアの顔を見た。
仕事を覚えるには、時間がかかる。
怪我もしている。今日採用した人間が、明日から不足を埋めてくれるわけではない。
それでも、一人増えた。
少なくとも、一人分の仕事を任せられる可能性ができた。
その可能性を、妙な理由で逃がさないでほしい。
「君も、よろしく頼む」
「もちろんですわ」
にこりと笑う。
先ほどの声も、この口から出ていたんだが。
◇
アイナたちの出発を見届けたあと、デニスに補給の様子を聞いた。
王都から持ち帰った物資のうち、こちらへ回す分は、別に運んでいる。
今日はその確認も兼ねていた。
矢。
修理に使う材料。
手当てに必要な布。
届いた物と、まだ途中にある物を、デニスが順に説明する。
キャスパーは、持ってきた控えと照らし合わせていた。
「使えない盾は、まだここに?」
「はい。修理できるものと、部材を取るものを分けております」
小屋の脇に、盾が立てかけてあった。
割れた板。曲がった金具。
その隣には、柄の折れた槍も束ねてある。
俺が視線を移すと、デニスが言った。
「次の荷車で、町へ運ぶ予定です」
「修理をする者には、話が届いているか」
「使いを出しております。ただ、どれだけ直せるかは、見ていただかねば」
もっともだ。
紙に『盾』と書かれていても、傷み方は一枚ずつ違う。
全部直せるつもりで予定を組めば、現物を見てから話が変わる。
キャスパーが、控えから顔を上げた。
「持っていく盾と、届く材料は、同じ荷車でしょうか」
「はい。帰りに積めればと」
「荷を下ろしたあとに、積み込むのですね」
「そのつもりです」
キャスパーが小屋の脇を見る。
「雨が降った場合も?」
「……屋根の下へ寄せます」
そこには、ほかの荷も置かれていた。
濡らしたくないものが、濡れない場所へ集まっている。
結果、入口が狭い。
「この奥にも、何かあるのか」
「予備の縄と、杭です」
「必要なとき、すぐ出せるか」
デニスは、荷の積み方を見た。
「手前の物を、動かせば」
俺も見た。
届いた荷を受け取る。
数を確かめる。
必要な場所へ分ける。
空いた荷車へ修理品を積む。
その途中で、奥の杭が必要になる。
誰かが手前の荷を動かす。
数を確かめていた者が、呼ばれる。
積み込もうとしていた者が、待つ。
館の倉庫で起きていたことが、ここにもある。
「受け取りには、何人出している?」
「荷の量によりますが、運ぶ者も必要ですので」
「持ち場とは別に、荷を受け取る者がいるわけではないんだな」
「はい」
デニスは、少し困った顔をした。
「見張りは外せません。ですので、交代した者に手伝わせることがあります」
交代した者。
つまり、これから休む者だ。
◇
俺たちは、小屋の前に机を借りた。
デニスが今の交代について説明し、クラウディアが足りないところを補う。
キャスパーは紙を出した。
俺も、戦の後に負傷者が出ていることは知っていた。
軽い傷の者が戻り始めていることも。
だが、戻ったからといって、すべて同じようにできるわけではない。
見張りには立てても、重い荷を持てない。
短い距離なら歩けても、町までの往復はつらい。
手当てのため、持ち場を離れる時間がある。
「無理はさせていないか」
「痛みが出れば、申し出るようにしております」
クラウディアが答えた。
「ただ、本人が戻りたがることもありますので」
「何もしていないのが、落ち着かんのか」
「ええ」
兵が少ない。
周りが忙しい。
休めと言われても、自分のせいで誰かが余計に働いていると見えれば、休みにくい。
前世でも、よくあった。
人手が足りない部署ほど、具合の悪い者が出勤してくる。
頑張っているのは分かる。だが、倒れてからでは、もっと長く穴が空く。
こちらでは、その穴が命に関わる。
「戻る仕事を、いくつかに分けられないか。全部できるまで休むか、全部やるか、その二つだけでは厳しい」
「手当てをする者とも、相談してみますわ」
妻は、うなずいた。
キャスパーがデニスへ尋ねた。
「荷車が来る時刻は、決まっておりますか」
「朝に出れば、この頃には、と。道の具合でも変わります」
「遅れた場合は」
「来るまで、受け取りの者を残します」
俺は、デニスを見た。
「見張りを終えて、荷車を待って、そのあとに荷を下ろす?」
「はい。そうなる日もございます」
キャスパーの筆が止まった。
俺は、机の端に手を置いた。
兵が足りない。
そう聞けば、まず増やすことを考える。
だが、増えた兵にも同じ働かせ方をすれば、休む時間が足りない者が増えるだけではないか。
「……増やす前に、今の仕事の流れを確かめよう」
デニスが、姿勢を正した。
「申し訳ございません」
「叱るために聞いているわけではない。今まで、この人数で守ってくれていたんだ。そのうえで、減らせる負担がないか見たい」
彼は、少しだけ息を吐いた。
俺は続けた。
「荷車を待つ者が、ずっと荷を持てる人数でそろっている必要はあるか」
「到着を知らせる者だけなら、一人で済みます。ただ、そこから人を集める間、御者を待たせることになります」
「それは、御者の都合も聞かなければならんな」
すぐに答えは出ない。
こちらが楽になる分を、運ぶ者に押しつけても続かない。
キャスパーが口を開いた。
「往路で荷を下ろし、復路で修理品を積むところまで、一度、運ぶ方と相談してはいかがでしょう。毎回その場で頼むより、支度はしやすくなるかと」
「積む物も、先に分けておけばよいな」
デニスが、小屋の脇を見た。
「持っていく物と、ここで使う物を、別に」
「それなら、できそうか」
「置く場所を決めれば。兵にも、困っているところを聞いてみます」
俺は、うなずいた。
使う者が分かるように置く。
運ぶ者が、持っていってよい物を迷わないようにする。
地味だ。
目を引く武器が増えるわけでも、城壁が高くなるわけでもない。
それでも、休むはずの兵が休めるなら、ここを守る力になる。
◇
休息の場所も見せてもらった。
風は避けられる。
雨もしのげる。
ただ、荷が増えると、そちらへ場所を取られるという。
「荷物は寝ないが、人は寝るんだぞ」
「承知しております」
デニスが、苦い顔をした。
「荷を外へ出して傷ませれば、また不足しますので」
分かる。
両方を大事にした結果、どちらも窮屈になっている。
そのとき、クラウディアが言った。
「小屋を増やせば、よいのではありませんか」
俺は、妻を見た。
「普通に建てる方で、ですわ」
補足が早い。
デニスも、トマも、こちらを見た。
「分かっている」
あの見張り小屋は、突然消えた。
今度は、兵が休んでいるところで同じことが起きては困る。
頼まれても、あの方法では建てない。
俺は、地面の方へ視線を移した。
「建てるとして、どこがよいか。見張りの邪魔にならず、雨のあとも水がたまらない場所は」
「実際に休んでいる者に、聞いた方がよろしいかと」
デニスが答えた。
俺は、机の上の紙に書きかけていた線を止めた。
うっかり、こちらで場所も広さも決めるところだった。
「そうだな。大工にも見てもらおう。荷の置き場を分けるだけで足りるのか、屋根を足す必要があるのか、その見積もりからだ」
「ハンスへ?」
「まず、今の仕事の予定を聞いてくれ。彼でなければできないとは限らん。町の大工にも手が空く時期があるかもしれない」
俺がそう言うと、トマがうなずいた。
「戻る途中で、話を聞けます」
休む場所を作るために、誰かの修理を止める。
それも、気軽にはできない。
材料。
運ぶ手間。
工事をする者。
その者が、今引き受けている仕事。
小さな屋根にも、いくつも話がつながっている。
「まず、必要な形と費用を出してくれ。館でマルセルとも確認する。今、ここで建てる約束はできんが、見積もりを取る話は進めよう」
「承知しました」
クラウディアが、うれしそうに言った。
「兵がきちんと休めるようになれば、わたくしも動きやすくなりますわね」
デニスの顔が変わった。
「奥様」
「何ですの」
「動く、というのは」
「見回りや訓練ですわ。何だと思いましたの?」
デニスは、すぐには答えなかった。
妻が、にこりと笑う。
俺は、紙へ目を落とした。
ここを預かる者にも、別の苦労があるらしい。
◇
夕方、川沿いの町へ戻る準備をした。
アイナは、先に同行する兵と出ている。
傷の具合を見ながら、途中で休みを取ると聞いていた。
俺たちも、急いで追い抜く必要はない。
出発前に、クラウディアと少しだけ二人になった。
「兵を増やす話も、必要ですわね」
先ほどまでの、柔らかな声とは違っていた。
「そうだな。今日見たことを直しても、人数の不足そのものは残る」
「向こうが、また同じだけ寄せてくるとは限りません」
俺は、川向こうへ目を向けた。
前の戦い。
今回の戦い。
どちらも、こちらの余裕がないときだった。
誰かが知らせているのか。
こちらの動きが、外から見れば分かるのか。
それとも、俺たちの知らない手段があるのか。
まだ、決められない。
だからこそ、都合のよい答えを一つ選んで、それにだけ備えるわけにはいかなかった。
「補助が使えれば何とかなる、とは考えたくない」
「ええ」
妻は、静かにうなずいた。
「次も使える物が残っているとは限らん。使えても、間に合うとは限らない。普段から持ちこたえられるようにしたい」
クラウディアは、こちらを見た。
「では、わたくしは、その普段を見ております」
「頼む。無理を抱え込まず、必要なものは伝えてくれ」
「あなたもですわ」
言い返された。
俺は、苦笑した。
「そうする」
妻は、少し近づいた。
「次にお越しになるときは、お仕事ばかりではなくてもよろしいのですよ」
「分かった。時間を作ろう」
「約束ですわ」
そこで、声が小さくなった。
戦いの話をしていたときよりも、返事を待つ顔になっている。
「約束する」
妻は満足したらしく、俺の上着の襟を整えた。
遠くで、兵が一人、急に別の方を向いた。
見張りとして正しい動きかどうかは、聞かないでおいた。
◇
橋を離れて、しばらく進んだところで、キャスパーが馬を寄せてきた。
「さて、人材の確保ですが」
「もう考えているのか」
「先ほどのお話を聞いて、なおさら必要だと思いまして」
俺は、道の先を見た。
「兵ばかり集めても、領地は回らん。修理する者も、物を作る者も、運ぶ者も要る」
「はい。兵を増やせば、食料も装備も、それを扱う仕事も増えます」
「人が一人増えれば、一人分がそのまま楽になるわけではないからな」
前世の新人もそうだった。
迎えた最初は、教える側の仕事が増える。
それが嫌だから採らない、では、いつまでも同じ者が走り続けることになる。
「仕事を探している者に、こちらの働き口を知ってもらう方法は要る。ただ、来てもらう前に、受け入れられる仕事と住まいを確かめたい」
「紹介する者にも利があれば、声をかけやすくなるかと」
俺は、キャスパーを見た。
「紹介への褒賞か」
「それも一つです。移り住む者への優遇と、合わせて考えられるでしょう」
「税を一定期間、軽くする、とか」
キャスパーは、すぐにはうなずかなかった。
「税を納めていない者が紹介した場合は」
「……別の形が必要だな」
「それと、連れてきた翌日に帰られますと」
「連れてくるだけで認めては駄目か」
俺は、息を吐いた。
紹介件数。
新規獲得。
数字だけなら、増やす方法はいくらでもある。
増えたあとのことまで確かめなければ、後始末が増える。
「まだ案だ。館へ戻って、費用も手順も一緒に考えよう」
「承知しました」
その返事を聞いてから、俺は続けた。
「ただ、他国領から来た者に限る、とは書くな」
「こちらから、向こうの領へ働きかけていると受け取られますか」
「そう受け取られる可能性はある。それに、実際、どこから来ても働く意思があれば話を聞きたい。わざわざ対象を狭くする必要もない」
書かなければ、相手が怒らないわけではない。
だが、こちらが何をするのかは、そろえておく必要がある。
無理に連れ出すのではない。
本人が条件を聞いて、選ぶ。
そのためには、選んだあとで困らない条件を、こちらが示さなければならない。
「商人に、条件を広めてもらうことはできるかもしれません」
「手間賃を渡して?」
「はい。往来する先で、仕事を探している者に伝えていただく」
俺は、うなずいた。
「それも、考えよう。仕事も家も、いくらでもあるなどとは言わせないでくれ」
「伝える条件を、そろえる必要がありますね」
「人が来たあとで説明を変えたくはない」
キャスパーが、こちらを見た。
「では、領主様は、どの仕事に、どれだけ人が必要だとお考えですか」
俺は、返事をしかけて、止まった。
内政。
軍事。
大工。
運搬。
足りない仕事なら、いくつも言える。
ただ、何人必要かを、今すぐ言い切れるものは少なかった。
それに、今ある仕事だけではない。
森林。
石材。
水車。
川の利用。
使われなくなったという鉱山。
地図を見て、帳簿を見て、聞いたことを拾いながら、館で書きためていた紙がある。
できるかもしれないこと。
誰かに聞かなければ分からないこと。
こちらの知識だけでは、作れそうにないもの。
あれを、資源を増やす計画と呼ぶには、まだ穴だらけだ。
だが、今日の話を聞いて、そこに足すべきことが増えた。
何を作るかだけでは足りない。
誰が扱い、誰が運び、誰が直すのか。
「……森の木を」
「領主様」
キャスパーに呼ばれ、俺は口を閉じた。
「考え中だ」
「承知しました」
少し後ろで、トマが笑った。
もう、確認する方も慣れてきたらしい。
俺は、キャスパーへ向き直った。
「館へ戻ったら、見てもらいたいものがある。まだ調べることの方が多いが、資源と仕事について、考えを書いている」
「ぜひ、拝見したく存じます」
返事は早かった。
俺は、うなずいた。
人手が足りない。
物が足りない。
金が足りない。
だからこそ、全部を一度に始めるわけにはいかない。
どこから手をつければ、次の仕事が回るようになるのか。
それを、もう一人と話せる。
少しだけ、館へ戻るのが楽しみになった。
ただし、あの紙を見せる前に、説明を足しておこう。
以前描いた荷車を、俺自身、何の絵か一瞬迷ったことがある。
人材確保の相談に来た男へ、解読の仕事まで増やすのは気が引けた。




