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第18話 まだ何も言ってないけど

読んでいただきありがとうございます。応援いただけるとモチベーションにつながります。

 宿へ戻ると、主人に一枚の紙を渡された。


「フェルデン様に、お目にかかりたいという方が」


 俺は、紙に書かれた名前を見た。


 キャスパー。


 知らない名前だった。

 その下には、以前、小領で物資の手配と納入の調整を務めていたことが、短く添えてある。


「キャスパー…」

「地味な上着に、書類を抱えた方です。王城でお見かけしたと」


 ああ。


「廊下ですれ違った人か」

「お知り合いですか」

「会釈しただけだ」


 王城へ来られる格好ではあったが、裕福そうには見えなかった。

 袖口に、丁寧な繕いがあったのを覚えている。


「どうして、この宿だと分かったのだろうか」

「城を訪ねる方が泊まる宿は、この辺りに何軒かありますので。こちらへは、ご本人が尋ねにいらっしゃいました」


 なるほど。

 熱意は感じる。ただ仕官先がどこでも構わない、というなら願い下げだが…


 紙の最後には、都合が悪ければ断って構わないことと、返事を受け取るため、明日の昼にもう一度訪ねる旨が書いてあった。


 どこでもいいわけではなさそうだ。それに押しつけがましくはない。

 仕事の内容は具体的だ。


 物資の手配。

 納入の調整。


 今、その二つを見て、俺が何も思わないわけがない。こちらの欲しいものを提示している。

 偶然か、計算しているのか


「何にせよ、会わんとわからんな。明日の昼なら会おう。主人、少し部屋を借りていいかな。」

「承知いたしました」


 主人が下がると、トマが俺を見た。


「お会いになるのですか」

「まず話を聞く。身元も経歴も、これから確かめる」

「えらく丁寧な文章です。すれ違っただけの領主様に何を見出だしたのか。」

「俺は君に出口を教えてもらってただろう」

「町の噂ですか」


 愚鈍のレオン・フェルデン。


 初対面の印象が、部下に道を直されている領主。

 採用する側としては、若干の不安が残った。


     ◇


 翌日、キャスパーは約束より少し早く来た。


 宿の小部屋を借り、トマにも同席してもらう。

 大事な話を一人で聞いて、あとから都合のいいところだけ覚えているのは避けたかった。


 キャスパーは入ると、椅子の横で足を止めた。


「お時間をいただき、ありがとうございます。キャスパーと申します」

「レオン・フェルデンだ。どうぞ、座って」

「閣下のお心配り、恐れ入ります」


 丁寧に頭を下げてから、座る。


 動作に無駄がない。

 机へ置いた書類も、こちらから読める向きだった。


 人に仕えていた、という話は不自然ではなさそうだ。


「王城で見かけたと聞いたが」

「はい。失礼ながら、お帰りの際のお話も少々」

「……どの辺まで?」

「橋の兵に、矢も持たずには帰れないと」


 よかった。

 出口の話より、そっちを覚えていてくれた。


「私も、仕官の口を求めて参りました。しかし、王都に推薦してくださる方がおらず、仕事の話すらできませんでした」


 キャスパーは苦笑した。


「それで、俺を?」

「閣下のお働きを拝見し、一度、お話を伺えればと」


 少しだけ、言葉が整いすぎている。


 俺は紙に目を落とした。


「我が領は新人領主のおさめる辺境。今も国境で戦がある。暮らしやすい場所を探しているなら、最初に伝えておかないといけない。」

「領地を守るために自ら王都へ赴かれる。まことに立派なお考えかと」

「そうかな」

「はい。私も、閣下のお考えはごもっともと存じます」


「まだ何も言ってないけど」


 キャスパーが止まった。


 後ろで、トマが小さく息を吸った。


 俺は書類から顔を上げた。


「辺境で戦がある、としか言ってない。これからどうするかは、まだ話していないが」


「……失礼いたしました」


 キャスパーは、深く頭を下げた。


 多分これはわざとだ。


 相手が望む言葉を選ぶ。

 それで会話を始めやすくする。

 営業で何度もやったことだ。


 計るつもりが、計られているな。


「失意の新人領主に慰めの言葉をかけに来たわけではないだろう?」

「はい」

「なら、ここからは対話だ。キャスパー、君のことを教えてくれ。我が領で何ができるのか、どう役に立てるのかも」


 キャスパーが顔を上げる。


「そのように申し上げて、よろしいので?」

「せっかくお互いの貴重な時間を使うんだ」


 机の上の紙を、こちらへ引いた。


「では、楽しい仕事の話をしようか」


     ◇


 経歴には、前の領地で働いた期間と、担当した仕事が書いてあった。


 納入の調整。

 倉庫への受け入れ。

 道が悪くなる時期の運搬計画。


 その下に、いくつかの実績が並んでいる。


「この、冬の納入遅延が減ったというのは?」

「村ごとの納入日を、組み直しました」

「どうやって?」

「以前は、同じ日に複数の村が領主館へ運んでおりました。荷車が足りず、借りる順で揉め、届いても倉庫の前で待つことがありましたので」


 キャスパーが、一枚の紙を出した。


 村の名。

 納める物。

 使える荷車。

 道の状態。


 書き方は簡素だが、見比べられるようになっている。


「近い村を別の日にした?」

「最初は、そう考えました。ただ、遠い村に一台を回すと、その間、近い村の分まで止まります。そこで、戻る日も含めて順を組みました」

「運ぶだけじゃなく、帰ってくるまで」

「はい。荷車は、荷を下ろした瞬間に村へ戻るわけではありませんので」


「納める側には、どう説明した?」

「こちらの都合だけでは、従っていただけません。待つ時間が減ることと、村で荷車を使えない日が先に分かることを説明しました」

「全員、納得した?」

「いいえ」


 返事が早かった。


「刈り入れの遅れた村がありました。予定を守れと申し上げても、運ぶものがありません。そこは変更しました」


 キャスパーが、別の箇所を指す。


「ただ、変更を倉庫へ伝え忘れたことがあります。受け入れの者を、半日待たせました」


「誰が忘れた?」

「私です」


 言い切ったあとで、わずかに顎を引いた。


 俺は紙を見直す。

 成果を書いた欄の下に、小さく、その失敗と変更後の手順が添えてあった。


「それで、どうした?」

「変更を伝えた者と、受けた者を残すようにしました。返事がない場合は、伝わったものとして扱わないように」

「荷台が増やせなかった理由は?」


 顔を上げると、キャスパーがこちらを見ていた。


「…あ、いえ失礼しました。」


 キャスパーは真っ当に理由を説明したが先ほどから歯切れが悪い。


「どうした」

「…失敗については」

「再発防止を策定しているじゃないか。」


 うちにも、心当たりが山ほどある。


 渡した。

 言った。

 誰かが聞いたはず。


 その「はず」の隙間を、マルセルが走って埋めている。


 俺は次の紙をめくった。


「こっちの備蓄についても聞かせてくれ」

「はい」

「予定より少なく買って、冬を越せたとある。価格が上がる前に全部買おうとは思わなかったのか?」

「保管する場所が足りませんでした」


 少し、キャスパーの声が高くなった。


「買ったあとで濡らせば、安く買えたことに意味がありません。屋根の修理を先に行い、納入を分けました」

「その間に値段が上がったら?」

「上がる分を見込んでも、廃棄が出るよりは少ないと判断しました。ただ、見込み以上に上がる場合の相談先は、先に決めておきました」


 俺は、机の上に両手を置いた。


 堅実だ。


 派手な成功の話ではない。

 誰かが困り、どこかで詰まり、それをどう動かしたか。


 具体的な話が、次の質問を連れてくる。


「修理を頼んだのは?」

「出入りの大工です」

「その人が来られなかったら?」

「納入を減らすか、別の倉庫を借りる必要がありました。ですので、修理の日が決まる前に購入の約束はしておりません」


 トマが、そっと俺の横へ杯を寄せた。


「お茶を」

「ああ、ありがとう。キャスパー、当時の倉庫の責任者には、今も話を聞けるか?」

「連絡が届けば、可能かと。王都には、当時取引をしていた商人もおります」

「紹介してもらえるか」

「はい」


 キャスパーは答えてから、少しだけ眉を寄せた。


「……閣下は、人の考えを見抜くお力をお持ちなのでしょうか」


「え?」


 俺は、杯を持ったまま止まった。


「先ほどから、説明の足りない箇所を、そのままお尋ねになりますので」

「紙に書いてあることと、君の説明を比べてるだけだ」


 紙を指した。


「納入日を変えた、とだけあって、荷車が戻るまでの話は書かれてなかった。だから聞いた。備蓄も、少なく買って足りたとあったから、理由を聞いた」


 心が読めるなら、前世であんなに訪問していない。

 応接室、雑談でアイスブレイク、探り探られ、それから本題、結論はまた次回。懐かしいが。


「似た仕事の話を、これまで色々聞いてきたからね」


 言ってから、少し間を置いた。


 今の身体では、まだ二十一だ。

 色々の中身を説明し始めると、年数が合わなくなる。


「ただ、聞いたことだけで全部は分からない。だから、ほかの人にも確かめたい。わかっていると思うが君のことを信用していないわけではない。」


 キャスパーは、俺の顔を見つめた。


 その表情に、最初の整えられた笑みはなかった。


「……承知いたしました」


     ◇


「こちらからも、伺ってよろしいでしょうか」


 少し話が落ち着いたところで、キャスパーが言った。


「もちろん。緊張はほぐれたかな。」

「はい。先ほど、私に何ができるか、と」

「言ったね」

「実際に、意見が違った場合は、どのように決めておられますか」


 俺は杯を置いた。


 こちらも見られている。

 それでいい。


「任せた範囲なら、その人に決めてもらう。予算やほかの仕事に影響するなら、関係する人を入れて相談する。最後に俺が決める必要があるならばそうする」

「決めたあと、うまくいかなければ」

「何が違ったか確かめる。隠さず報告してもらわないと、その先を決められないから」


 キャスパーは、すぐにはうなずかなかった。


「失敗の程度にもよりますね」

「そうだ。勝手に約束した、金を抜いた、報告をごまかした。それまで同じ扱いにはできない」


 俺は、少しだけ肩をすくめた。


「今も、帳簿と現物が違った件を片付けているところだよ」

「……なるほど」


 キャスパーの視線が、俺からトマへ動いた。


「差し支えなければ。実際には、いかがでしょうか」


 トマは、俺を見た。


「私に?」

「はい。お仕えになっている方にも、伺えればと」


 俺はうなずいた。


 トマが少し考える。


「分からないことは、お聞きになります。行き先も」

「最後のは必要かな」

「実際の話ですので」


 キャスパーの口元が、わずかに動いた。


「それから、村で修理を頼む際には、仕事の代金を先にお確かめになっていました。こちらから急いでほしいと頼んだ分も、別にすると」

「急がせたのは、こっちだからな」

「はい」


 短い返事だったが、キャスパーはそれを聞いて、小さくうなずいた。


 今度は、適当に合わせたようには見えなかった。


「領内の実態を、伺えますか」


 調べてきてるだろうがあえて聞くか。

 俺は、机の上の紙をそろえた。


「気が合いそうだな」


 財政を担うマルセル。

 記録と連絡を手伝い始めたオットー。

 町と村の仕事。

 始めたばかりの運搬の試行。

 国境の防備。


 名前と役割を、一つずつ説明する。


「二人ともよくやってくれている。だが、確認と相談が一か所へ集まりすぎている。新しい仕事を始めても、誰が次に動くのかを追うところまで、俺かマルセルが見ている」


「記録はございますか」

「増やしているところだな。そろっていないものもある」

「村へは」

「俺も回っている」

「その間の判断を任せたい、ということですね」

「できるか」

「やれ、と仰ってください」


 キャスパーが、紙の余白へ何か書いた。


「まず、マルセル殿とオットー殿に、今の手順を伺いたいと思います」

「それがいい」

「理由のあって残っている手順もあるはずです。知らずに省けば、どなたかの仕事を増やしますので」


「もし、記録が足りなかったら?」

「全部を一度にそろえることは、難しいかと。期限が近いもの、支払いが生じるもの、返事を待たせているものから確かめます」

「優先順位は」

「人命と防備に関わるものを先に。その次は、遅れるほど損失が増えるものを。ただ、現地の事情を伺ってからです」


 前のめりになりかけた俺は、そこで座り直した。


 危ない。

 もう、館にいるつもりで話していた。


 まだ会ったばかりだ。

 経歴を確かめる仕事も残っている。


「ただ、まだ仕官のお伺いの段階ですので」


 後ろから、トマの声がした。


「領主様」


「分かってる」


 分かっている。

 分かっているけど、仕事の話ができる人がいたんだよ。


     ◇


 その日は、採用を決めなかった。


 前の領地を離れた理由も、詳しく聞いた。


 主が亡くなり、新しい主が自分の側近を連れてきた。

 役割が重なった者から、職を解かれたという。


 それだけなら、珍しい話ではない。

 だが、本人の説明だけで決めることはできなかった。


 翌日には、紹介された商人に話を聞いた。


 キャスパーの名前を出すと、商人はまず、納入の約束に細かい男だと言った。


 受け取りの日。

 荷の傷み。

 支払いの期日。


 曖昧なまま進めようとすると、必ず戻される。


「面倒でしたよ。ただ、あの人が返事をしたものは、あとで誰に言ったか分からなくなることがなかった」


 それは、褒め言葉だと受け取った。


 書類にあった取引とも照らし合わせる。

 前の仕え先への照会も送った。返事が来るまで、日数はかかる。


 俺たちには、王都で受け取る補給の手配が残っていた。

 その間に、もう一度キャスパーと会った。


 今度は、こちらの条件を紙にして持っていく。


 まず一か月、館で内政官としての仕事を見せてもらう。

 給与と住まい。

 旅の費用。

 相談なしで決めてよい範囲は、現地の仕事を確認してから、マルセルたちを交えて定める。


 照会の返事も含めて確かめ、双方が続けられると判断したら、正式に任せる役割を決める。


「初めから、内政のすべてをとは言わない」


 俺が言うと、キャスパーは紙を読みながらうなずいた。


「その方が、助かります」

「助かる?」

「着いた日に、知らない領地のすべてを任されても、務まりませんので」


 そうだよな。


 俺は着いた日に戦場だったけど。


 それは、採用条件に入れてはいけない。

 入れなくても、辺境というだけで十分に重い。


「危険があることは、昨日話したとおりだ。それと、余裕のある領地ではない。仕事を楽にしてくれる人を探しているのに、最初はかなり忙しいと思う」


 キャスパーは、最後まで紙を読んだ。


「お尋ねします。仕事を片付ければ、次の仕事が増えますか」

「喜んでくれ。やりたいことは腐るほどある」

「人を増やすお考えは」

「必要なら。ただ、金と役割を確かめてからになる」

「承知しました」


 即答で何でも約束する領主を、探しているわけではなさそうだ。


 キャスパーは紙を置き、こちらを見た。


「まず、一か月。務めさせていただければと思います」


 俺は、ゆっくりうなずいた。


「よろしく頼む」


 王国は、人を送れないと言った。


 なら、自分で会いに行くしかない。

 そう思って来た王都で、向こうから話をしに来てくれる人がいた。


 偶然だけでは、連れて帰れない。

 何をしてきたか。

 何を任せるか。

 どう働くか。


 そこまで話せたことが、うれしかった。


     ◇


 キャスパーが帰ったあと、俺は条件を書いた紙の控えを見ていた。


「トマ」

「はい」

「どうだった?」

「私には、仕事の細かいことまでは分かりませんが」


 彼は少し考えた。


「領主様は、とても楽しそうでした」


 そうだろう。

 分かる人には、分かる。


 人の話を聞く。

 次に何ができるか、一緒に考える。

 そういう仕事を、俺はずっとやってきた。


「話が進むと、楽しくなるんだよ」

「はい。ただ――」

「ただ?」


 トマは、扉の方を見た。


「昨日、お帰りになる際に聞かれました」

「キャスパーから?」

「はい。領主様は、いつもあのようにお尋ねになるのかと」


 俺は、少しだけ胸を張った。


 見るべきところを見て、聞くべきことを聞く。

 経験を分かってもらえたらしい。


「それで?」

「ええ、とお答えしました」

「うん」

「すると、笑っておられる分、気が抜けませんね、と」


 俺は控えの紙を見た。


 あれ。


「怖かった、ということ?」

「そこまでは、おっしゃっていません」


 そこまでは。


 俺が返事に困っていると、トマが机の上を見た。


「旅の費用も、増えますね」

「必要な人のための、意味ある出費だよ」


 言いながら、帰ったあとのマルセルの顔が浮かんだ。


 金が出ていく。

 人が増える。


 今度は後者も、ちゃんと報告できる。


 俺は新しい紙を取り、最初に一行書いた。


『一人、連れて帰ります』


 その下に、慌てて書き足す。


『何も話さず決めたわけではありません。条件の控えを同封します』


 マルセルにも、温かいお茶を飲む時間ができるといい。


 そのために、まずは彼を驚かせない手紙を書くところからだった。


カクヨムでも連載中です。

領内地図・人物紹介などの補足も掲載しています。

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