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第17話 今度は俺がやる番

読んでいただきありがとうございます。応援いただけるとモチベーションにつながります。

 全員、生きている。


 その文字を、俺はまた確かめていた。


 王都の宿で迎えた朝。

 机の上には、昨夜のうちに書き終えた手紙がある。消費した鉄と麦について、マルセルに説明するためのものだ。


 勝手に倉庫から物が消えたのだから、先に知らせておかないといけない。


 今頃、彼が帳簿を握って誰かを問い詰めていたら困る。

 犯人は王都にいます。逃亡ではありません。出張です。


 その手紙の横で、薄い光が揺れていた。


【国境橋守備隊】

【生存:30】

【戦死:0】

【負傷:7】


 負傷者の容体までは、これだけでは分からない。

 助かったからといって、明日から普通に働けるわけでもない。


 それでも。


「……よかった」


 口に出すと、昨夜より少しだけ実感があった。


 扉が鳴った。


「おはようございます」


 入ってきたトマが、俺と机を見比べる。


「眠れましたか」

「少しは」

「では、朝食を」

「もう少しだけ確認してから――」

「昨日もそうおっしゃいました」


 穏やかな声だった。

 だが、椅子の横から動かない。


 なるほど。これは退かないやつだ。


「分かった。食べよう」

「はい。今日は温かいうちに」


 俺は表示を閉じた。


 クラウディアは橋を守った。

 デニスたちも、自分の持ち場で踏みとどまった。


 こちらも、遠くから心配しているだけではいられない。


     ◇


 数日後、領地から報告が届いた。


 封を切る手が、少しだけもたついた。

 数字で知っていても、紙を開く瞬間は別だった。


 戦死者なし。

 負傷者七名。


 深い傷を負った一人は川沿いの町へ運ばれ、引き続き手当てを受けている。ほかの者も、傷の程度に応じて休ませているという。


 ようやく、長く息を吐けた。


 報告書には敵の動き、橋の損傷、残った矢、修理の必要な盾まで書かれていた。

 途中から字が変わっている。デニスが書き、クラウディアが補足したらしい。


 そして、捕虜が四人。


「捕虜もいるのか」

「こちらには表示されなかったのですね」

「ああ。勝ったことと、無傷で済まなかったことしか分からなかった」


 紙をめくる。


 敵の女騎士一名。

 兵三名。

 負傷者には手当てを実施。


 取り調べはこれからだが、少なくとも、橋の向こうにどんな部隊がいたのかを確かめる手掛かりにはなるだろう。


 最後に、別の紙が挟まっていた。


『兵たちはよく務めてくれました。お戻りになりましたら、あなたからもお言葉をお願いいたします』


 妻の字だった。


 その下に、小さく一行。


『副官の件も、お忘れなく』


「忘れてないよ」


 思わず返事をした。


「奥様からですか」

「兵を褒めてくれと。それと、採用依頼の再確認」

「大切なことですので」


 トマが真顔でうなずいた。


 君たち、俺に何人連れて帰らせるつもりだ。


 もっとも、必要なのは確かだった。

 橋を守る人間が、夜には交代の割り振りを書き、負傷者の手配をし、矢の残りまで数えている。


 頑張っているから回っている。

 それを、回っているから問題ない、と受け取るのが一番まずい。


 前世でも、何度見たか分からない。


 俺は届いた報告を、持参した資料に重ねた。


 王城での面会は、明日の午前。

 相手は国境情勢の報告を受け付ける役人だ。


 王に直接会えるわけではない。

 それでも、現状を伝え、補給と負担の軽減を求める機会にはなる。


 訴えるだけでは足りない。

 何が起きたのか。

 何をこちらで負担したのか。

 何を助けてもらえれば、次を防げるのか。


 順番に並べ、相手が上へ話を持っていける形にする。


「トマ。明日持っていく書類を確認しよう」

「今からですか」

「今からだ」


 食事もした。

 眠りもした。

 領地の連中が、ちゃんと帰ってきたことも分かった。


 ならば。


「今度は、俺がやる番だ」


     ◇


 ダメだこりゃ。


 翌日。

 王城の面会室に通されて、まだ椅子も温まっていなかった。


「ええ、事情は伺っております。辺境の皆様には、日頃よりご苦労をおかけしていると、当方も承知しておりますので」


 机の向こうの男が、紙の端をそろえた。


 そろえただけだった。

 まだ一枚も読んでいない。


「まず、今回の侵攻についてですが」

「国境では、双方の認識の相違から小競り合いになることもございますから」


 双方。


 俺は、男の顔を見た。


 彼は俺を見ず、扉のそばに立つ従者へ視線を送った。

 次の客が来ているのか、昼食の時間が気になるのかは知らない。


「兵がまとまって橋へ押し寄せた件を、小競り合いとして扱われるのですか」

「現地を見ておりませんので、ここで断定はいたしかねます」

「では、確認のために報告を――」

「ですから、お話は承りますと申し上げております」


 承る気はある。

 読む気はない。


 便利な言葉だな、お話は承る。


 俺は持参した紙を、机の中央へ置いた。


「失礼ですが、国境防備の件は、あなたがご担当で?」

「本日は私がお伺いするよう申し付かっております」

「普段のご担当は」

「面会の受付と、文書の取り次ぎを」


 なるほど。


 担当者ですらなかった。


 報告内容を判断できる者が不在なので、受付の人間を座らせた。

 それでも、わざわざ足を運んだ領主には一応会った。

 そういう形だけ残すつもりか。


「本来のご担当の方は」

「急なご用が入りまして」

「次にお時間をいただけるのは」

「それは、こちらでは何とも」


 はい。終わり。

 遠いところ、ご苦労様でした。


 机の向こうから、そんな空気が流れてきた。


 俺の後ろで、トマの靴がわずかに鳴った。


 分かる。

 俺も今、椅子を持って帰ってやろうかと思った。

 何も持ち帰れないよりは、領地の備品が増える。


 もちろん、やらない。


 代わりに背筋を伸ばし、男の手元にある文書へ目を落とした。


 俺たちの領地名。

 その下には、亡くなった父の名前が残っている。


 俺の名前は、余白に小さく書き足されていた。


「フェルデン卿も、代替わりをなさったばかりですから」


 男がようやく俺を見た。


「何かとご不安でしょうが、まずは領内を落ち着かせることが肝要かと」


 若い領主に、分かりやすく言い聞かせる口調だった。


 ああ。

 そういう扱いね。


 判断のできなかった息子が、戦に驚いて王都まで泣きついてきた。

 この人の中では、もうその話になっているのだろう。


 だったら、こちらが怒れば話が完成してしまう。


 俺は一度、ゆっくりとうなずいた。


「おっしゃるとおりです。領内を落ち着かせるために参りました」


 相手の肩から、少し力が抜けた。


「ええ。そのようにご理解いただければ」

「ですので、兵の派遣が難しいことは承知しております。既存の支援で、適用できるものを確認させてください」


 机の上の紙を、一枚だけ前へ出す。


 宿で商人に紹介してもらった代書人に、申請に必要な項目を確かめておいたものだ。制度の名前を間違えて門前払い、という無駄は避けたかった。


「国境防備に伴う物資の補充。それから、戦禍を受けた領地の王庫への納付について、一部を軽減する扱いがあると伺いました」

「それは、必要性を認められた場合の話でして」

「ええ。ですから、必要性をご判断いただく資料を持参しました」


 矢。

 盾の修理に使う材料。

 当面の防備を続けるために不足する分。


 そして、先の戦闘から続く領地側の支出。


 確認できた数字と、見込みの数字は分けてある。


「こちらはすでに支払った分です。こちらは現地の報告で確認できた不足。追加の戦闘については、届いた報告書を添えました」

「しかし、私には決定する権限が」

「はい。どなたへお取り次ぎいただけますか」


 男の口が止まった。


 ここで彼に、国境の将来を論じても仕方がない。

 決められない人間に決断を迫っても、帰ってくるのは断り文句だ。


 だったら、決められるところまで運んでもらう。


「必要な書式が違うのであれば、今、直します。不足する証明も教えてください。滞在中に用意できるものは、そろえますので」


 笑って言った。


 男が、もう一度扉を見た。

 今度は従者が動いた。


     ◇


 その場で全部が決まったわけではない。


 俺たちは別室で待ち、書類を一か所直し、ようやく来た担当者に同じ説明をもう一度した。


 温かかった茶は、すっかり冷えた。


 それでも、帰る頃には、一定量の補給物資を受け取るための書面と、今期、領地から王庫へ納める税の一部免除を認める書付が手元にあった。


 人材の派遣は、なし。

 常駐兵の増援も、なし。


 希望どおりとは、とても言えない。


 だが、矢は言葉より役に立つ。

 免除された分の金も、帳簿の上だけの麦とは違う。


 受け取り先と手順を確かめ、書付の控えをもらってから立ち上がった。


「今後とも、国境の安寧のためにご尽力を」


 最初の男が、最後だけ戻ってきて言った。


「必要な報告は、引き続き差し上げます」


 俺は頭を下げた。


 感謝はする。

 物資も免除も、確かに助かる。


 ただ、それとは別に思った。


 ここまで来て、まず追い返されそうになる。

 読んでもらうまでに、こちらが道筋を作らなければならない。


 これで、どうやって王国に信が集まるのだろう。


 書類を受け取ったことと、話を聞いたことは違う。

 現場はたぶん、こういう小さなことを覚えている。


 俺も、覚えてしまった。


     ◇


 面会室を出ると、廊下の窓から白い光が差していた。


 足元には、磨かれた石。

 壁には、立派な織物。

 俺たちが待たされた部屋より、廊下の方が広い。


 この一角をマルセルの仕事場に貸してくれないだろうか。

 机を増やす余地だけは、あり余っている。


 向かいから、一人の男が歩いてきた。


 俺より年上だろう。

 派手さのない上着は、肘のあたりが少し色あせている。けれど襟は整えられ、袖口のほつれも丁寧に繕ってあった。


 小脇には、紐でまとめた書類。


 先を歩く城の者が足を止めると、男も立ち止まった。

 壁際へ寄り、こちらへ軽く頭を下げる。


 俺も会釈を返した。


 すれ違ったところで、後ろから声がした。


「今度は俺がやる番……でしたっけ?」


「うるさいよ」


 すぐに返すと、トマが口元を押さえた。


 笑うなら笑え。

 昨夜の俺は、かなり格好をつけた。

 今朝も、少しつけていた。


「いえ。ちゃんと持ち帰れるものがあって、よかったと思っております」

「笑いながら言わなければ、もっと信じられたんだけどね」

「申し訳ありません」


 全然申し訳なさそうではなかった。


 俺は小脇の書類を持ち直した。


「もう少し、まともに話ができると思ってたんだよ」

「私は、途中でお帰りになるかと思いました」

「それじゃ、マルセルに旅費の説明ができない」

「なるほど」

「なるほどじゃない。橋の連中に、矢も持たずに帰れるか」


 トマが、そこで笑うのをやめた。


 少しだけ、顔つきが変わる。


「……はい」


 廊下の先で、人の流れが分かれていた。

 俺が左へ向かおうとすると、トマが袖を引いた。


「出口は右です」

「知ってた」

「では、こちらへ」


 あいつ、絶対信じていない。


 右へ曲がりながら、声を落とした。


「さっき、追加の報告書を出してくれて助かった。あそこで探していたら、話を切られてた」

「順番を決めておいてくださいましたので」

「それでもだよ。ありがとう」


 トマは一瞬、俺を見てからうなずいた。


 廊下に響く靴音が、少し軽くなった気がした。


 俺たちはそのまま、城の出口へ向かった。


     ◇


 男は、廊下の角を曲がっていく二人を見送っていた。


 若い領主。

 その後ろに付き従う、若い兵。


 兵の方が主へ軽口を叩き、主は叱るでもなく言い返していた。

 王城の廊下であることを考えれば、少々くだけすぎている。


 だが、先ほど面会室から出てきたとき、領主の顔にあった疲れが、その短いやり取りで少し薄れていた。


「どうかなさいましたか」


 案内役の声に、男は向き直った。


「いえ。今の方は」

「フェルデン卿です。国境の領主様ですよ」


 フェルデン。


 男は、その名を覚えた。


「こちらへ」


 促され、小脇の書類を抱え直す。


 中には、これまで任されてきた仕事をまとめてあった。

 村々からの納入をどう調整したか。

 足りない荷車をどう回したか。

 冬を越す備蓄を、どの時点で確保したか。


 数字は残してきた控えから書き起こした。

 自分だけの功績に見えないよう、ほかの者が担った部分も添えた。


 前の仕え先を離れてから、何度か書き直している。

 今回こそ、仕事の話ができればよかった。


 通された部屋には、役人が一人いた。


 男は名乗り、一礼し、書類を差し出した。


「以前は、小領の納入と物資の手配を任されておりました。こちらが――」

「ご推薦は、どちらから?」


 説明は、そこで止まった。


「王都にお取り次ぎくださる方は、おりません。ただ、以前の勤めについては、照会いただければ」

「では、そちらのお勤め先から、改めてご推挙をいただいてください」

「代替わりに伴って職を離れましたので、それは難しく」


 役人は、困ったように眉を寄せた。


「そうした事情がおありですと、なおさらですな」


 男の手元には、まだ書類があった。


 受け取られていない。


「小さな仕事からでも構いません。まず、こちらをお読みいただければ」


 役人は机の上を片付け始めた。


 男は、廊下で見た若い領主を思い出した。


 持ち帰った書類。

 従者に向けた、疲れた顔。

 それでも、手ぶらで帰らなかった理由。


 ――橋の連中に、矢も持たずに帰れるか。


 男は一度、自分の書類に目を落とした。


 仕事を探しに来た。


 けれど、探す場所は、ここだけではないのかもしれなかった。


カクヨムでも連載中です。

領内地図・人物紹介などの補足も掲載しています。

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