↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/56

第16話 くっ……殺せ!

読んでいただきありがとうございます。応援いただけるとモチベーションにつながります。

 橋の向こうに、槍が並んでいた。


 前の偵察とは違う。

 盾を持つ歩兵。その後ろの弓兵。そして、杖を握った者たち。


 クラウディアは兜の奥で、薄く笑った。


 ようやく、まともな数が来た。


 そう思った直後、背後で革の擦れる音がした。

 若い兵が、盾の握りを直している。


 クラウディアは味方の列を見た。


 三十人。

 自分とデニスを含めて、それだけだ。


「川の町からは?」


 問いに、戻ってきた伝令が答える。


「上流の渡河できそうな場所に、敵らしき一団が見えたとの報告です。警備の兵は、町への道も押さえると」

「……釘を刺してきやがったか」


 陽動かもしれない。

 実際に渡ってくるかもしれない。


 町の守りを空にしてまで、こちらへ呼ぶことはできなかった。


「領主館へも知らせを。町には、負傷者を受け入れる支度を頼め」

「はっ!」


 伝令が走る。


 クラウディアは橋を見据えた。


 自分が突っ込めば、何人かはすぐに倒せる。

 敵が正面から付き合うなら、もっと倒せる。


 だが、弓も魔法も、自分だけを狙うとは限らない。


 自分が敵を追っている間に、後ろが潰れる。


「デニス。決めた位置を動くな。敵が下がっても、勝手に追わせるな」

「承知しております」


 橋の西側、出口を絞るように置いた防備へ兵が入った。

 盾を持つ者の後ろから、槍が出る。

 負傷者を下げる通路は空けてある。


 繰り返し確かめてきた配置だ。


「いいか、勝手に死ぬんじゃねえぞ!」


 クラウディアが声を張った。


「帰ってから、お前らには訓練の続きがあるんだからな!」


 一人の兵が、隣へ顔を寄せる。


「生き残っても、あるのか……」

「聞こえてんぞ!」


 兵の首が、勢いよく正面へ戻った。


 槍先の震えが、わずかに収まる。


 敵が動いた。



     ◇



「鉄材を使う。防護を先に入れる」


 俺はトマへ告げた。


 盾を支える腕には限界がある。

 そう教えてもらったが、その前に盾を抜かれたら終わりだ。


 先ほど確認していた内容を、もう一度だけ見る。


《装備防護強化》

《対象:国境橋守備隊》

《効果時間:20分》

《消費対象:領主家保管の鉄材》


 内訳に並ぶのは、倉庫の地金だ。

 農具や、兵の装備ではない。


 消費すれば、予定していた修理に回せる分が減る。


 分かっている。

 それでも、今使う。


「実行」


《換算完了》

《装備防護強化:適用中》


 何の音もしなかった。


 王都の宿の部屋には、馬車が通る音と、下の階の話し声が届く。

 遠くの倉庫で何が消えたかも、橋で何が起きたかも見えない。


《予測戦死者:18名》


 変わった数字へ目を置いたまま、俺は次の項目を開いた。



     ◇



 最初の矢を、兵たちは盾で受けた。


 木に刺さる鈍い音。

 石の上で跳ねる音。


 その間を縫うように、敵の魔法が飛んだ。


 空気が歪み、硬い塊が砕けるような音が響く。

 盾を構えた兵が膝をついた。


「下がれ! 次、入れ!」


 デニスが声を上げる。


 交代に入った兵の盾へ、次の一撃がぶつかった。

 上半身が大きく揺れる。


 クラウディアは前へ出て、横から伸びた槍を叩き落とした。

 盾の端を蹴り、体勢を崩した敵を斬る。


 だが、その向こうには次の盾がある。


 一人を倒しても、攻撃が止まらない。

 味方の列の端で、肩を押さえた兵が下がった。


 クラウディアの笑みが消えた。


 このままでは、兵が持たない。


 ならば。


 ここで、使うしか――。


 そのとき、目の前の兵の盾が淡く光った。


 次の衝撃が叩きつけられる。


 兵は半歩押された。

 後ろの者が肩を支える。


 盾は、割れなかった。


「……え?」


 受けた兵自身が、盾を見た。


「前を見ろ!」


 クラウディアの声で、男が顔を上げる。


 彼女は隣の盾も見た。

 鎧の表面にも、かすかな光が走っている。


 自分は、まだ何もしていない。


 脳裏に、帳簿を広げる夫の姿が浮かんだ。


 レオン様?


 問いかけても、答えはなかった。


 クラウディアは剣を握り直した。


 誰の力であれ、今は使う。


「盾は保つ! 顔を出すな! 受けたら、隣と合わせて押し返せ!」


 兵たちが声を返す。


 膝をついていた男も、後列へ下がりながら自分の盾を見ていた。


 そこには深い傷があった。

 それでも、向こうまで抜けてはいなかった。



     ◇



《疲労軽減》

《対象:国境橋守備隊》

《効果時間:10分》

《消費対象:領主家保管の食料》


 俺は量と保管場所を確かめた。


 表示されているのは、館の倉庫にある麦だった。

 ベルタが運んでいる他人の荷でも、今夜兵士が食べるために橋へ置いた食料でもない。


 だが、領主家の物なら全部使ってよい、という話でもない。


 配給に回す分。

 給与の代わりに渡すと決めた分。

 次に買い入れるまで、残す必要のある分。


 出発前にマルセルと確かめた控えを、トマが開く。


「ここです」

「……この量なら、約束した分は残る」


 余裕がなくなる。


 次の買い付けを遅らせることはできない。

 それは、戦いが終わってから俺が何とかする。


 補助を組み合わせた予測を見る。


《予測戦死者:7名》


 まだ多い。


 それでも、今ある二つを先に届ける。

 全部の答えが揃うまで待つ時間はない。


「実行」


《換算完了》

《疲労軽減:適用中》


 数字を見ながら、息を吐いた。


「疲れが減れば、傷もよくなるのでしょうか」


 トマが聞いた。


 俺は説明を開く。


《負傷の治療効果:なし》


「いや。傷は治らない」

「では、動けるようになっても、怪我をした兵を戻さない方がよいかと」


 頷く。


 現地へ言葉は届かない。

 戻すかどうかを判断するのは、クラウディアとデニスだ。


 俺は二人の顔を思い浮かべた。


 任せた。

 任せるしかない。


 補助の残り時間が、少しずつ減っていた。



     ◇



 腕が上がった。


 盾を持つ兵が、驚いた顔をした。

 息を吸っても足りなかった胸へ、空気が入る。


 隣の男も、足を踏み直した。


「いける……!」


「浮かれるな! 交代はそのままだ!」


 デニスが怒鳴った。


 疲れが薄れても、傷は残っている。

 肩から血を流していた兵が戻ろうとするのを、襟首を掴んで止めた。


「お前は下がれ。布を当てて押さえてろ」


 クラウディアは、そのやり取りを横目で見た。


 列が戻っている。


 さっきまでなら、自分が少し動くだけで隙間ができた。

 今は、兵が自分の足で踏みとどまっている。


「デニス。右を頼む」

「どこまで出られますか」

「あの盾の列まで。笛で戻る」

「承知!」


 敵の押し込みが、わずかに緩んだ。


 前列が入れ替わる。

 その瞬間へ、クラウディアが踏み込んだ。


 敵の槍が突き出される。


 剣で外へ流し、盾の縁を掴む。

 引き倒された男へ後続がつまずいた。


 空いた場所へ、鎧の肩が入る。


 鈍い音。

 敵兵の体が横へ飛んだ。


「何だ、こいつ!」


 振り下ろされた刃を受け流す。

 返した剣が、露出した腕を捉えた。


 クラウディアは止まらない。


 一歩進み、敵を崩す。

 後ろの味方の槍が届く位置へ、押し戻す。


 退こうとした敵兵が、その槍先に気づいて足を止めた。

 次の瞬間、クラウディアの剣が兜を打った。


「化け物か!」


 悲鳴に近い声が上がった。


 彼女は笑った。


「そっちから来たんだろうが! 今さら気づいてんじゃねえ!」


 敵の二列目にいた女騎士は、その動きを見ていた。


 剣を振る力だけではない。

 足を置く場所。

 盾の使い方。

 倒した相手を、次の相手の邪魔にする動き。


 大きく踏み込んでいるようで、味方の槍から離れない。


 血のついた刃が、短く弧を描いた。


「……美しい」


 思わず漏れた声に、隣の兵が顔を向けた。


「見惚れてる場合か!」


 分かっている。


 女騎士は剣を構え直した。


 あれを止めなければ、前列が崩れる。



     ◇



《予測戦死者:4名》


 俺は目を細めた。


 新しい補助は、まだ入れていない。

 それでも数字が動いた。


 現地で、何かが変わっている。


 地図を見ても分からない。

 敵の隊形も、兵たちの位置も見えない。


 だから、分かったふりをして指を動かすな。


 俺は開きかけていた追加の防護を、いったん戻した。


 今の防護は、まだ続いている。

 同じものを重ねた場合の伸びは小さく、消費だけが増える。


 別の候補を見る。


《指揮伝達補助》


 内訳を開いたところで、使用できない条件があると分かった。

 今の領地では、必要な価値を十分に用意できない。


 何でも選べるわけではない。


 俺は唇を噛み、今使っている補助の持続時間を確かめた。


 防護は続いている。

 疲労軽減は、その半分の時間しかない。


 途中で切れたとき、現地はそれを知らない。


「トマ。急に疲れが戻れば?」

「同じ動きを続けようとすれば、危ないかと。交代できればよいのですが」


 交代。


 訓練。

 人数。


 最後に必要になるのは、そこなのか。


 俺は残りの食料と、延長に必要な量を見比べた。

 続けられる時間を確保する。ただし、際限なくはできない。


 予測の数字だけを追えば、倉庫が空になるまで押し続けてしまいそうだった。


 それでも足りなかったら。

 そんな考えが浮かぶ。


 閉じた《人》の項目へは、触れなかった。


 残すべき食料を除き、延長できる範囲を絞る。


《疲労軽減:5分延長》


 消費後の量を確かめ、実行した。

 これ以上は、次の買い入れが遅れたときの分まで削ることになる。

 あと五分。その間に、交代できる状況を作ってくれ。


 画面の数字が変わった。


《予測戦死者:2名》


 俺は机の縁を握った。



     ◇



 笛が鳴った。


 クラウディアが、前の敵を蹴り退ける。

 そのまま一歩下がった。


 味方の列の左端で、兵が倒れていた。


 脛を押さえている。

 盾が傾き、敵の槍がその上へ伸びる。


「左、詰めろ!」


 デニスの声に、後列の兵が動いた。


 盾を差し入れる。

 槍がぶつかり、腕が弾かれる。


 痛い。


 だが、手放さなかった。


 訓練のとき、クラウディアに何度も言われた。

 一人で受けるな。

 隣を見ろ。

 下がる者の場所を空けろ。


「こっちだ!」


 隣の兵が盾を合わせた。


 その後ろで、二人が倒れた男の肩と帯を掴む。

 空けておいた通路へ引きずり込む。


 クラウディアが戻り、槍の柄を斬りつけた。

 刃を失った先端が跳ねる。


「よくやった! 次、来るぞ!」


 褒められた兵は返事をしようとして、息を詰まらせた。


 敵が、また来る。


 けれど、今度は隣の盾があった。


 彼は歯を食いしばり、足を踏ん張った。



 敵の前列では、怒鳴り声が飛び交っていた。


 押しても抜けない。

 崩したと思った場所へ、すぐ次が入る。


 そして、あの女が戻ってくる。


 女騎士は、横にいた兵を引いた。


「下がれ。腕をやられている」

「まだ――」

「剣が握れていない!」


 男の指から、剣が落ちた。


 背後から、退却の合図が聞こえた。


 橋の上で足がもつれる。

 前へ出ようとする者と、戻ろうとする者がぶつかった。


 女騎士は負傷兵の腕を肩へ回した。

 もう一人が反対側を支える。


 その間に、味方の盾列が遠ざかった。


「置いていけ!」


 負傷兵が叫ぶ。


「黙って足を動かせ!」


 引きずるように進もうとしたところへ、剣が向けられた。


 クラウディアだった。


 女騎士は負傷兵を後ろへ押し、自分の剣を上げた。


 一度、刃が触れた。


 重い。


 そう思った瞬間、手首を打たれた。

 剣が石の上を滑っていく。


 膝の裏へ衝撃が入り、片膝をついた。


「もういいだろ。武器を捨てろ」


 女騎士の喉元へ、切っ先が止まった。


 彼女は肩で息をしながら、兜の奥を睨んだ。


「くっ……殺せ!」


 クラウディアは、わずかに首を傾けた。


「嫌だ。聞くことがある」

「私は何も喋らん!」

「今、二つ喋ったな」


 背後で、味方の兵が変な息を漏らした。


 クラウディアは視線を動かさず、続けた。


「後ろの奴、血が出てるぞ。まだ格好つけてるか?」


 女騎士の目が揺れた。


 振り返らなくても分かる。

 支えていたとき、鎧の下から流れた血が、手袋を濡らしていた。


「……部下の手当てを」

「武器を捨てりゃ、手当てはする」


 女騎士は、腰の短剣をゆっくり抜いた。

 刃先を下へ向け、地面へ置く。


 その後ろでも、二人が武器を捨てた。

 少し離れたところで動けなくなっていた敵兵も、槍を手放す。


「デニス。四人だ。武器を確かめろ。負傷者は、傷を見て順に運べ」

「はっ!」


 橋の向こうへ、敵が退いていく。


 クラウディアはその背を見た。


 追いたい。

 追えば、まだ届く。


 しかし、背後には荒い息と、痛みを堪える声があった。


「追うな! 持ち場を確かめろ!」


 彼女は剣を下げた。


「人数を数えろ。一人ずつ、返事させろ」



     ◇



《交戦終了》


 文字が出た。


 俺は動かなかった。


 その下が表示されるまで、息も止めていた。


《国境橋防衛:成功》

《登録部隊生存者:30名》

《戦死者:0名》

《負傷者:7名》

《救護継続中》


 三十。


 上から、もう一度読む。


 三十人いる。


「……生きている」

「領主様?」

「全員、生きている。負傷者はいるが、三十人残っている」


 トマが卓上へ両手をついた。


 頭を下げたまま、長く息を吐く。


 俺は椅子へ座り直そうとして、うまく腰が下りなかった。

 膝に力が入っていたらしい。


 ゆっくり座る。


 画面を閉じることは、まだできなかった。


 救護継続中。

 終わっていない。


 薬と布はあるだろうか。

 出血の多い者はいないか。

 朝までに、何かが変わらないか。


 表示にないことが、いくつもある。


「手紙を書く」


 俺は紙を引き寄せた。


 消費した鉄材と麦。

 消えた保管場所。

 補充が必要な物。


 マルセルが倉庫を調べて、誰かの不正だと疑う前に知らせなければならない。

 使った責任は、俺にある。


「領地へ出す使いを頼みたい。ただし、疲れた馬で無理に走らせないでくれ。宿の主人に、道に慣れた者と手配の方法を聞いてほしい」

「承知しました」


 王都で買える物も探す。

 だが、それが届くまでの救護は現地へ任せるしかない。


 俺は戦闘の記録へ目を戻した。


 補助を入れたところ。

 延長したところ。

 何もしていないのに、予測が変わったところ。


 最後の数字を動かしたのは、俺だけではない。


「……ありがとう」


 誰へともなく、声が漏れた。


 返事はない。


 遠い橋で誰が何をしたのか。

 それを聞ける日まで、俺には三十という数字があるだけだった。



     ◇



 クラウディアは、全員の返事を聞いた。


 自分で立っている者。

 座り込んでいる者。

 仲間の肩を借りている者。


 一人は脚の傷が深く、先に町へ運ばせた。

 残る者も、傷を隠していないか確かめる。


 彼女が兜を脱ぐと、額から汗が流れた。


「奥様」


 兵の一人が、恐る恐る呼んだ。


「何だ」

「その……訓練の続きは」


 クラウディアは男を見た。


 泥と汗で、顔がひどいことになっている。

 盾を握る指も震えていた。


「交代の見張り以外は、今日は飯食って寝ろ、馬鹿ども」


 兵たちの間から、掠れた歓声が上がった。


「その前に手当てだ!」

「はい!」


 デニスが兵を振り分ける。

 川の町から戻った使いが、運ぶ者と救護の準備ができたと報告した。


 捕虜の四人は、武器を取り上げられ、見張りの下に置かれていた。


 女騎士は、自分の手首に巻かれた布を見た。

 隣では、連れていた兵が手当てを受けている。


 死んでいない。


 敵に捕まって、二人ともまだ生きている。


 離れたところでクラウディアが、負傷兵へ膝をついていた。

 その肩へ手を置き、何か短く言う。

 男が、泣きそうな顔で頷いた。


 女騎士は、その姿から目を離せなかった。


「あの方は……いつも、ああなのか」


 近くの見張りが、顔を向けた。


「どのあたりだ」

「言葉も、戦い方も」

「領主様がいらっしゃると、言葉遣いは変わる」


 女騎士は眉を寄せた。


「強さではなく?」

「そっちは変わってもらうと困る」


 男は、そこで口を閉じた。

 捕虜に余計なことを話したと思ったのか、正面へ向き直る。


 女騎士も、それ以上は聞かなかった。


 クラウディアは剣を拭き、最後に橋の向こうを見た。

 敵の姿は、もう遠い。


 それから、今度は王都のある方角へ顔を向けた。


 あの光が何だったのか、まだ分からない。

 あの瞬間に体が軽くなった理由も。


 けれど、もし。


「……お帰りになったら、聞かせてくださいませ」


 小さな声は、川の音に紛れた。


 彼女は兵たちの方へ戻っていった。


カクヨムでも連載中です。

領内地図・人物紹介などの補足も掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。