3.誰……?
私が魔法を使うと、周りの大人たちが皆怯えた。子供たちは始めこそ凄い凄いと言って見ていたが、大人から「あの子に近づいてはいけない」と教えられ、段々と私に近寄らなくなっていった。そして私のことを恨むような目で見たり、怖がったりするようになった。
そんな私にずっと寄り添ってくれていたのは、兄さんだった。
私が泣いているとき、兄さんは黙って傍にいてくれた。
私が誰かからいじめられたとき、兄さんはいじめた子を追い払ってくれた。
私が村から出られるように、兄さんは頑張って剣の訓練をして、お情けで貰った勇者証を持って共に村から出してくれた。
そんな兄さんが、私の目の前で、炎に飲み込まれ——
〝う、あ……あああああああああ!〟
「うおっ⁉」
叫び声は出せれども身体を動かせずにいる私に、誰かが声をかけてきた。
「おい、大丈夫かキーヴァ⁉ 何があった⁉」
〝に、兄さんが……兄さんが、焼か……焼かれ、て……炎が、兄さんを……? あ、れ……兄さん……? 兄さん! ああ、よかった、無事で……!〟
よく見れば、目の前にいるのは兄であるリーアムだった。いつもよりやけに距離が近いのが気にはなったが、悪夢を見た後ではむしろ安心感の方が強かった。
「変な夢でも見てたのか? てかその状態でも見られるのか……。ま、俺は大丈夫だ。心配すんな」
ぶっきらぼうな言い方だけど、それがいつもの兄さんらしくて私はほっと胸をなでおろ……そうとし、あることに気がついた。
〝ねぇ、兄さん……私、どうしよう。身体が、動かな……あ、そっか。私、身体が奪われちゃったんだよね〟
「っ……。ああ」
兄さんが悲痛な面持ちで頷く。奥歯がギリと鳴る。
「俺が、必ずお前を助けるからな」
〝うん……。ありがとう、兄さん〟
悪夢を見たせいで混乱していたが、私は少しずつ自分の身に何が起きたのか思い出してきた。迫り来る炎。破られた結界。奪われた身体。魔法石に閉じ込められた己の魂。そして有翼の——
「落ち着いたか、キーヴァ。あんなことがあった後だ。取り乱すのも無理はない」
〝……? えっと、誰……ですか?〟
トゥタカルタと名乗る、大きな翼の生えた鳥のような人のような高慢ちきな変な人(本人曰く神)と共に行動することになったのは覚えている。でも、旅をするには不釣り合いな格好をした綺麗な大人の女性とも行動することになった記憶は無い。しなやかな曲線を描く体躯。絶対に冒険向きじゃない上品なワンピース。腰まではある豊かな金髪。意志の強そうな緑色の瞳。すれ違う人誰もが目を奪われそうな、絶世の美女そのものである。
誰? この人。
「フッ」
リーアムが鼻で笑うと、美女は抗議し始めた。
「おい君、こら、鼻で笑うな。キーヴァよ。俺はトゥタカルタだ。君のお兄さんがむさ苦しい羽毛野郎と共に行動するのは嫌だから綺麗なお姉さんがいいと懇願するから俺はこうしてぐあああああ⁉」
〝わっ⁉〟
兄さんが突然私を(つまり剣を)落としたと思ったら叫び声が聴こえてくるものだから、私は二重に驚いた。何事かと思いきや、どうやら兄さんが彼女の首を絞めているらしい。
「テメェ! キーヴァの前で妙なこと言ったら首飛ばすぞ!」
「ぐ……ぅ……。わ、分かっ……た……」
返事を聞いた兄さんが手を離すと、美女はぜえはあと荒い呼吸を繰り返した。美人が台無しである。
〝えっと……つまり、このお姉さんはトゥタカルタさんで、その格好はトゥタカルタさんの趣味ってことだね?〟
「ああ。俺はこんな奴これっぽっちも趣味じゃねぇ」
〝よかったぁ〟
知らない女の人を連れ込んだ、もしくは誑かされたのではないとわかり一安心。私の兄さんを誘惑しようだなんて一万年早い。今までだって兄さんに妙な下心を持って近寄ってきた人を一網打尽にしたんだから。
私が!
「俺が生死の間際を彷徨っているというのに、君達はよくもまぁ呑気に会話ができるものだな……」
まだ少々混乱気味の私に、兄さんが昨夜から今朝までのことを簡単に説明してくれた。
トゥタカルタさんに抱えられて空を飛びながら、大規模な火災が起きたあの村を出た私たち。森の中で一夜を明かし、私が起きる前に兄さんとトゥタカルタさんは適当に食べ物を探して朝食を済ませた。その際に「村に行くなら翼が邪魔だ」と兄さんに言われ、トゥタカルタさんは何故か女性の姿に変身したのだそう。
ごほん、と咳払い一つ。トゥタカルタさんが「これからの話をしよう」と切り出した。落ち着いて会話をするために人間二人は腰を下ろし、私はと言うと兄さんが気を利かせて剣を抱えていた。
「方々の村を訪ねて奴を探すのはいいが、そもそもキーヴァはどのような容姿をしているのだ? それと君たち。金は持っているのか? どう見ても十分な金を持っているようには見えないが、宿に泊まるにも飯を食うにも、金が必要になるぞ」
「う……。そ、そういうお前だって手ぶらじゃねぇか」
トゥタカルタさんの言葉に、兄さんは弱々しく対抗した。炎が襲ってきたあの時、私たちは食糧の調達を終えて宿に戻る途中だった。そのため現在の所持金は若干心許ない。買った食べ物は全て灰になった。あの時の他の持ち物はと言えば、いつも持ち歩いている剣や魔法の杖、お金以外は大したものを持っていなかった。おまけに私の身体と杖は奪われてしまった訳だから……。
(うん。これ以上は考えたくない)
「俺は神の力をもってすれば大抵のことはどうにかなる。それよりも今は君たちのことだ。金はあるのか?」
お金は無いと言ったほうが正しい。当人である兄さんが一番よく理解しているため、先程から苦い顔をしている。でも、私たちにはありがたいことに神の力が無くてもどうにかできる方法が存在した。
「金は無ぇけど……これならある」
兄さんは懐から手のひら大のメダルを取り出した。銅でできたそれは、交差する二本の剣と盾の意匠が施されている。それを見たトゥタカルタさんは驚いたように目を見開いた。
「それは……」
「これは俺が勇者だと証明してくれる勇者証だ。この大陸内であれば、これを見せるだけでどこの国にも入れるし、依頼をこなせば宿代や飯代がタダになる」
勇者。
それは今から四十年程前、この大陸を支配せんとする魔王軍に対抗するために、剣と魔法に秀でた者に与えられた称号である。初めは一人の青年にのみその称号が与えられた。だがその青年は魔王を倒す前に敢え無く死んでしまった。人類の希望の象徴として祀り上げていた勇者の死に、誰もが嘆き悲しんだ。だが希望を絶やしてはならないと、とある教会の巫女が言った。勇者の数を増やせば希望は大きくなり、いずれ魔王に打ち勝てる、と。その結果魔王軍が倒されるまでという期限つきで、各地の教会が剣なり魔法なりに秀でた者に勇者証を発行するようになった。勇者証を持つ者には入出国の自由が許可され、また民間人の困り事に対応した場合はそれ相応の優遇措置を取るようお触れが出た。
するとどうなるか。初めこそは真面目に魔王軍討伐を志す勇者もいた。しかし制度が長く続けば続くほど、形骸化するのが人の世の常。そうではない勇者も現れるようになった。人類の希望だった勇者は今や、各地を巡り魔物被害や人間同士のいざこざといった問題を解決する存在になっていた。
いつまで経っても魔王軍は攻めてこない。ならば初めから魔王軍など存在せず、教会が金を巻き上げるために作ったほら話ではないか。そんな噂もまことしやかに流れるようになった。
目前に危機が迫らない限り、いるかいないかもわからない魔王軍のことなど誰も考えはしないのだ。
「つまりリーアム。君はそれをタダ飯が食える便利な道具だと思っているわけだ」
「あ? 違ぇよ。金払う代わりに魔物倒してんだよ」
勇者証を持っていると優遇されるのは確かだ。しかし何でもかんでもタダになるわけではない。魔物の討伐、建物の修繕作業、揉め事解決、食堂の皿洗い、といった依頼をこなすことで得た報酬を、宿代や飯代にそのまま回しているのである。依頼人に肩代わりしてもらっていると言ってもいい。もちろん宿代よりも報酬の方が高ければ残りは手元に残るし、逆に報酬の方が少なければ足りない分は自分で払う必要がある。依頼を失敗した場合は全額自腹だ。
「……キーヴァよ。君のお兄さんの言っていることは本当か? 何だかこいつ、無理矢理タダにしていそうな気がするのだが」
勇者にまつわる制度を知らないからか、それとも人を寄せ付けない雰囲気のある兄さんの言うことが信じられないのか。トゥタカルタさんは疑惑に満ちた目を私に向けた。
〝本当ですよ。今までも魔物の討伐依頼をこなすことで報酬を得ていましたから。これでも兄さんはきっちりと依頼をこなす人なんです〟
「これでもって何だよ……」
兄さんが剣を小突き、私の視界が少し揺れた。
「まぁいい。君たちに金を得る手段があるならそれでいい。で、だ。キーヴァの姿を教えてくれ。俺も奴の姿を見たとは言え、上空から後ろ姿を見ただけだ。しかも炎と煙で視界が悪かった」
「それは見たって言えるのかよ」
「だからどんな容姿なのかを知りたいんだ。髪の色とかどんな服装をしていたとか、分かりやすい特徴を教えてく」
「テメェさてはキーヴァの姿を真似て妙なことする気だな⁉」
またもトゥタカルタさんに掴みかかろうとする兄さん。しかし今度ばかりはトゥタカルタさんも素早く動き、兄さんの猛攻を回避した。
「何故そうなる⁉ キーヴァの身体を乗っ取った奴を探すための参考に聞いているのに!」
「なんだよ。そんなことなら始めっからそう言えよ」
「いや普通は分かるだろう……」
理由が判明すると兄さんは大人しく座り直し、トゥタカルタさんも冷や汗をかきつつ元の位置に戻った。
〝もう、兄さんてば。トゥタカルタさんは私たちに協力するために色々聞いているんだから、あんまり早とちりしすぎちゃ駄目だよ〟
「ああ、すまねぇなキーヴァ」
「謝罪は俺にしろよ……」
トゥタカルタさんがやや呆れ気味に呟いた。
〝えっと、それで、私の特徴? を教えればいいんですよね〟
流石に兄さんにばかりに任せておくとまたいつ掴みかかるか分からない。それに自分のことなら自分が一番よく知っている。と、この問いには私自身が答えることにした。
〝分かりやすいところで言うと、髪は兄さんと同じ銀髪で、腰くらいまでの長さがあります。で、目も同じ青色です。いつも紺色のマントを羽織っていますが……こればかりは脱ぎ捨てられていないことを祈るばかりですね〟
「うむ。着替えている可能性はあるからな」
「テメェみてぇにな」
何故かすぐ険悪な雰囲気になるこの二人を宥め、私は話を続けた。
〝これも捨てられていなければですが、いつも持ち歩いている魔法の杖は、私の身長よりも少し低いくらいで……あ。私の身長は兄さんの顎くらいです。それで、杖の先端には魔法石がはめ込まれています〟
「ふむ。どんな魔法石なんだ?」
〝青くて透明で、大きさは私の手のひらくらいで……この剣の、今私が入っている魔法石の片割れです〟
「ほう?」
興味を引かれたようにトゥタカルタさんが身を乗り出した。
〝えっと、兄さん、これ話してもいいかな?〟
「ああ。お前の好きにしろ」
〝うん。私たちが旅に出たばかりの頃のことなんですが、とある依頼を受けた際に、報酬として大きな魔法石を頂いたんです。自分が持っているよりも魔法使いが持っていた方が役立てることができるだろう、と言われて受け取ったんですが……正直なところ、ただそのまま持っているだけでは持て余してしまいそうで。そこで兄さんも交えて依頼主の方とも相談して、その魔法石を使って兄さんの剣と私の杖を作ることになりました〟
「なるほど。その時に作られたのが、君が今入っているその剣であり、君の杖であるわけだ」
〝はい。同じ魔法石を使っているので、兄さんの攻撃に私の魔法を上乗せすることもできたりして便利……あ!〟
喋りながら、私はある可能性に気がついた。
「どうかしたか、キーヴァ」
〝兄さん、あのね。もしかしたら私の杖……ううん、それだけじゃない。私の身体を奪った人も、探せるかも!〟




