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白銀のソロディウス  作者: みーこ


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10/31

10.“妹”からの伝言

 宿に戻ると店主が満面の笑みで出迎えてくれた。魔物を討伐した付近で農作業をしていた人から、魔物に邪魔されることなく仕事ができた、という報告を受けたそう。


「君たちのお陰で皆大助かりだよ。魔物に怯えずに済むってね。どうだい。君たちさえよければ、この村に住まないかい?」


 店主が期待に満ちた目を二人に向けたが、トゥタカルタさんがすかさず断った。


「すまないが店主殿。それはできない。我々にはやらねばならないことがあるのでな」

「それは……どうしても君たちがやらないといけないことなのかい?」


 しかし店主も引き下がらなかった。ここに勇者が訪れるのは珍しい。何としても引き留めたいのだ。


「ああ。直接会わなければならない奴がいるんだ。だがどこにいるかも分からないから、一ヶ所に留まっていては探すこともできない」

「そうかい……。それは大変だねぇ」


 何を言っても留まってはくれないと察したのか、店主は見るからに気落ちした様子。


「まぁそう落ち込むでない、店主殿。我々としても魔物被害に困っている村人たちを見過ごすのは心苦しい。だがそれも、ここに留まって魔物の討伐をするだけでは根本的な解決にはならんのだ。元凶を断つためにも、この村を出る必要がある」

「そうなのかい?」

「ああ。小型の魔物が増えたのは、恐らく大型の魔物が増えたことが原因だ。大型の魔物が増えれば、餌となる中型の魔物が減る。中型の魔物が減れば、餌となっていた小型の魔物が増える。そのせいで小型の魔物の餌となるものが減り、お腹を空かせた小型の魔物が餌を探し求めて人里までやってきた……と、私は推測した。だから大型の魔物を倒せば、この村までやってくる小型の魔物も減るに違いない」

(そんなこと考えてたんだ……)


 森で魔物を討伐していた時、トゥタカルタさんは指示を出すだけで何もしていないように見えた。しかし実際には冷静に状況を見て原因を探っていたようだ。兄さんも感心したように声を漏らした。


「だから村を出ることが、むしろこの村のためでもあるのだ。多少時間はかかるだろうが、必ず魔物被害を無くしてみせよう!」


 胸を張って宣言するトゥタカルタさん。こうも言い切ってしまえば店主も断れず、二人に激励の言葉をかけた。


「頼んだよ、二人とも」

「うむ!」

「ああ」


          ○


 夕食後は昨夜と同様に、私たちだけで二階の部屋に集まった。今日の反省と明日どうするかについて小一時間程話し合い——とは言えほとんどトゥタカルタさん一人で喋っていたようなものだけど——、それが終わると彼は自分の部屋へと戻っていった。

 それからしばらくすると、ベッドに横になっていた兄さんが剣を手にして立ち上がった。


〝どうかしたの、兄さん〟


 用を足しに行くのであれば剣は必要ない。ならば私に何か見せたいものでもあるのか、それとも剣の稽古か。


「店主の話を聞きに行く」


 兄さんはぶっきらぼうに答えると、剣を背負った。


〝えーっと、どうして?〟


 兄さんが積極的に誰かと話をしようとするとは珍しい。宿に戻ってきた時も喋っていたのはトゥタカルタさんばかりで、兄さんは口を挟もうとしなかった。今まで私たち二人で旅をしていた時も、大事な話は流石に兄さんが担当していたものの、それ以外では主に私が相手と会話をしていた。


「ちょっと、気になることがある」


 店主に関する気になること。トゥタカルタさんを交えられない話。私にも聞いていてほしい話。一体何だろう。

 音を立てすぎないよう慎重に扉を開け、兄さんは廊下に出た。床の軋む音を最小限に抑えながら進み、下の酒場へと降りていく。

 酒場は既に店じまいをし、店主は一人で後片付けをしていた。店主は静かに現れた兄さんに気がつくと驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。


「やあ、勇者様。眠れないのかい? もう片付けてしまったけど、お酒が欲しいなら何か出すよ。それとも……おや、剣を背負っているね。もしかして夜中に出るような魔物でもいるのかい?」


 店主は剣に気づくとまた驚いたように目を見開いた。兄さんは他者から見た時の違和感にようやく気がついたのか、少し口ごもりながら適当な言い訳をでっち上げた。


「あー。いや、これは気にしないでくれ。何かあった時のために、常に傍に置いておきたいだけだ。……ワインがあれば、一杯もらえるか」

「ああ、もちろん」


 兄さんがカウンターの席に座ると、店主はジョッキに入れたワインを兄さんに差し出し、自分も真向いに座った。

 兄さんは無言でワインを飲み、店主も何も言わずにそれを眺める。兄さんは自分に用があってここに来たのだ、と察したのだろう。兄さんが自分から話し始めるのを待っている。

 何口か飲んでから、兄さんが口を開いた。


「ここに俺に似た女が来なかったか」

「……!」


 店主が息を呑む。あまりに唐突、かつ直球な質問にその様な態度を見せたということは。


(私の身体を奪った人が、私達よりも前にここに訪れていた……?)

「俺たちがこの村に来て初めて声をかけた村人が俺を見て驚いた顔をした。そしてこの宿まで来て初めてお前に会った時も、お前は俺を見て驚いた顔をした。だから俺はあいつがここに来て、お前らに何か……後から自分に似たような男が来るとか何とか言ったんじゃねぇのかと思ったんだ」


 違うか? と兄さんは店主を見据える。店主は気圧されたように呆然とした顔で答えた。


「あ、ああ。確かに、君のような銀色の長い髪の女の子が来たよ。君たちが来た前の日にね。近くの村で大火事が起きて命からがら逃げだして、でも兄さんを置いてきてしまって酷く後悔していると言っていたよ」


 兄さんを置いてきて酷く後悔している、とは一体どの口で言っているんだ。あの地獄を生み出した張本人だと言うのに。しかし〝キーヴァ〟を演じる、という点においては兄さんの心配をしている辺りに及第点くらいは与えてやってもいい。だが本当の私であれば兄さんを置いていかない。


「お金の心配はしなくていいからしばらくうちに泊まりなさいと言ったんだ。でも村を焼いた人が自分を探しに来ることを恐れていたのか、断られてしまってね。少し食事をしただけですぐ出ていってしまったよ」

「そうか」


 私の身体を奪った人物は、その日のうちにこの村を訪れ食事だけして去っていった。ならば私たちがこの村に留まり魔物の討伐をしている間にも、もっと遠くへ行っている可能性が高い。探知魔法を使っても無意味なわけだ。

 店主が遠慮がちに言った。


「君たちには会わなきゃいけない人がいると言っていたが、それはもしかして彼女のことなのかい?」

「ああ」

「そうか。実は彼女から兄が来たら伝えてほしいと頼まれたことがあるんだが、もし兄以外の人物も一緒にいる場合は絶対に話すなとも言われてね。君は一人ではなくカルカルちゃんと一緒に来たから、話すべきかどうかずっと迷っていたんだよ。何で一対一の時でなきゃ駄目なのか疑問に感じていたけど、女の子同士で色々あるのかもしれないしね」


 店主が渇いた笑い声を出した。あの人が兄さんに伝言を……? しかも店主が兄さんと一対一の場合にのみとは、絶対何か裏がある。私は一言一句聞き逃すまいと集中した。

 兄さんは周囲の気配を探るように僅かに頭を巡らせ、声を落として言う。


「今は俺一人だ。聞かせてくれないか」

「ああ、そうだね。伝言はこうだ。〝鳥に気をつけて〟」

「……」

〝……〟


 私はもちろん兄さんも黙ってその続きを待ったが、店主はそれ以上言わなかった。流石に兄さんも困惑した声で訊く。


「それだけか?」

「ああ、これだけだ。もっとないのか聞いたけど、これで分かってくれるはずだと言っていたから、わしはてっきり何かの暗号だと思ったんだが……君の反応を見るに、そうではないようだね」


 店主も困ったように眉をひそめた。


(でも、鳥ってもしかして……)


 あれを鳥に分類していいものなのか正確なところは不明だ。でももし私が想像した人物——神のことであれば、何故あの人は気をつけてなんて言うのだろうか。確かに普通の人ではないし怪しい部分もあるけど……。

 私が思考の海に沈んでいると、兄さんの声が聴こえて現実に引き戻された。


「いや、それだけで十分だ。確かに伝言を受け取った。礼を言う」


 ありがとう、と礼を述べ、兄さんは僅かに頭を下げた。


「本当にこれで大丈夫なのかい?」

「ああ。こういうのは伝えるべき人間に伝わればそれでいいんだ。お前が気にすることじゃねぇ」


 店主はまだ困惑気味だったが、兄さんが大丈夫だと言うので無理矢理自分を納得させるように頷いた。

 兄さんは残りのワインを飲み干し、ジョッキを机に置いて立ち上がった。


「んじゃ、俺はもう寝る。ワインありがとな」

「ああ、おやすみ」


 来た時と同じようになるべく音を立てずに階段を上り、部屋へと戻る。そのまま兄さんは剣を置くとベッドに倒れ込んだ。

 暫くの間、聴こえてくるのは兄さんの呼吸音だけだった。横になってすぐ寝てしまったのかと私は思い、呟くような低い声で私の名前が呟かれた時は、きっと寝言だろうと聞き流した。だが少し間を置いて、先程よりもややはっきりした声で名前を呼んできた。これは確かに私に話しかけている。


〝どうしたの、兄さん〟

「あいつ、何であんなこと言ったと思う?」

〝えーっと、それはあの伝言のこと?〟

「ああ。何で俺たちにあいつを警戒させるような伝言を残すのかが分かんねぇ」

〝……うん〟


 それについては私も考えた。トゥタカルタさんはあの人のことを多少なりとも知っている。裏を返せばあの人もトゥタカルタさんのことを知っているということだ。

 確かにトゥタカルタさんは色々な意味で〝普通〟ではない。

 初めて会った時は禍々しい魔力を漂わせながら、鳥人間とでも言うような姿をしていた。それが今は金髪碧眼の絶世の美女姿で、若干質の悪い魔力を纏わせている。姿によって感じる魔力も変化するのか、それとも魔力を雑に絞っているのか、はたまたあの地獄のような景色の中に現れたから禍々しく感じただけだったのか。理由はどうあれ、普通の魔法使いならしない芸当だ。


 勇者について詳しそうなところも気にかかる。

 以前兄さんも言っていたように、金勇者がしそうなことをしている。旅の中で訪れた村での人のあしらい方もそうだし、今日私たちに指導していた内容も、後輩育成に熱心な金勇者がしていることだ。勇者じゃなければそんなことをしない、と言うつもりはないが、勇者以外で剣術にも魔法にも長けている人、というのは滅多にいない。勇者の中でさえ剣か魔法、どちらか一方のみ習得しているという人が多く、弱点を補うためにパーティーを組んでいるというのに。

 そこで私はある可能性に気がついた。


〝あの人は……トゥタカルタさんの正体を知っているのかな〟

「正体?」

〝うん。ほら、昨日も言ったよね。トゥタカルタさんの魔力のこと〟

「ああ。確か、ちぐはぐとか言ってたな。身体に合ってない鎧……だったか?」

〝うん。もしかしたら、その原因を知っているのかも〟

「ふぅん。何なんだ、その原因って」

〝それが分かれば苦労しないよ。でも、怪しいところがあるのは確かだろうから、兄さんも気をつけてね〟

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