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第27話 花の女神

『改めまして、私は花の女神フローラ。風神ゼピュロスの妻ですわ。……この度は本当にご迷惑をお掛けいたしましたわ』


フローラがアルプに謝る。


「あ、いえ……」


アルプが答える。


『もう、この人ったら気に入った子がいるとすぐに手を出すんだから……。アルプちゃんのことは300年前に諦めたと思ってたのに……』


フローラが正座させられているゼピュロスを睨みながら、ため息混じりに話す。


「は? 300年前?」


花音が思わず口に出す。


「な! 花音!! 別に、なんでも……」


アルプが慌てたように花音を制止しようとしたが、フローラがペラペラしゃべりだした。


『そうなのよ。300年前に夢魔の国でアルプちゃんを気に入っちゃって、その時も大変だったんだから。この人ったら、ほら、男の人でも女の人でも行けちゃう口でしょ?』


……いや、そんなこと知らんがな――。花音は突っ込みたい気持ちをグッと抑えて頷く。


『アルプちゃんの男性の姿も女性の姿もドストライクだったらしくて、それはもうストーキングが激しかったのよ』


……最低だわ――。花音はジトっとゼピュロスを睨む。


『そのせいでアルプちゃんは夢魔の国に居られなくなって、故郷を飛び出しちゃったのよね……本当に二重でゴメンなさいね』


「痛ぇ! フローラ、痛ぇって!!」


フローラが足元に正座するストーカーをつま先でグリグリと削りながら、再度謝った。


「アルプ、そうなのか?」


ヴィオがアルプに訊ねると、アルプはこめかみを抑えつつ、


「はい……概ね事実です」


と答えた。


「大変だったね……アルプ!!」


花音はアルプの両手をしっかと握って、アルプを慰めた。


「ま、それはそれとしてだ……。今回、こいつが俺達に攻撃してきたのはアルプが原因じゃないだろ? 目的は何だったんだ?」


ヴィオが突然、話を変えてゼピュロスに詰問する。


「なんでテメーらにそんな話を教えなきゃならねーんだよ」


ゼピュロスがプイッとそっぽを向く。


『あーなーたー?』


フローラの極寒の声が地の底から響いた。


「ひ……! い、言うよ。言う!! ……自分は『魔王』だって名乗るやつが現れてな。ストリング王国の国境の村から城に向かう一行に戦いを挑むと面白いことがある……って言われたんだよ」


『まぁ……』


フローラが呆れたように嘆息する。


「けどまさか、一行の中にアルプがいるとは思わなかったな!!」


ゼピュロスが楽しそうにそう言うのを聞いて、アルプは『コイツ、マジでぶっ殺そーかな』という目つきで睨んだ。


「で? その『魔王』という奴はどんな奴だった?」


アルプは怒りを抑えながらゼピュロスに訊ねる。


しかし、ゼピュロスは「さあ?」と軽―く答えた。


「黒ずくめのカッコに仮面を付けてたからな。どんな奴かは分からなかった」


「はぁ?」


アルプは侮蔑した声を上げる。


「あんたはどんな奴かも分からない奴の口車に乗って、アタシ達に襲い掛かってきたのか!?」


「いやー、だって暇だったんだもん」


あっけらかんと答えるゼピュロスを前に、全員の心に軽い殺意が芽生える。


((((どーする? 殺っちゃう?))))


ウーロを除いた四人は思わず、お互いの目で通じ合う。


「あ、でも人間の女は生かして連れてきて欲しいって言ってたから、お前の知り合いなんじゃないのか?」


ゼピュロスは花音を見据えて言った。


「え? 私?」


急に話を振られて花音は慌てる。


「知らないってば。私、この世界にそんな怪しい知り合いなんかいないもの」


……いや、もちろんこの世界じゃなくてもそんな変な知り合いは居ないよ?


『まあ、どちらにしてもこの人のことは許してもらえないかしら。私が責任を持って再教育し直しますから……』


「どうする? アルプ」


ヴィオが念のためアルプの意思を聞く。


「……マスターのご判断にお任せいたします」


アルプは興味なさげに答えた。


「分かりました、フローラ。ゼピュロスはどうぞ連れて帰ってください。再教育よろしくお願いしますね」


ヴィオが丁寧に申し伝える。


「ありがとう。……アルプちゃんには特に迷惑を掛けちゃったから、お詫びをしていくわね」


フローラはそう言うと、キョトンとするアルプの額にちゅっと口づけをして、小さく呟いた。


「汝に我が加護を与える……」


フワッとアルプの額に光りが点り、すぅっと消えた。


「マジかよ……」


ゼピュロスが呟く。


『さあ、これで悪い風の神もあなたには近づけないわ』


「あ、ありがとうございます……」


にっこりと微笑んだ花の女神に、アルプはお礼を言った。


『では皆様、ごきげんよう』


そう言ってフローラが右手を優雅に振ると、花吹雪が舞い上がりあっという間にフローラとゼピュロスの姿は消えてなくなった。


「ふふっ……変な夫婦!」


「へん! へん!」


花音が思わず噴き出したのを見てウーロがハシャギ、ヴィオとアルプも困ったように笑った。



「しかし、ゼピュロスの言っていた魔王とは一体……カノンを狙っているのでしょうか?」


ふと、思い出したようにアルプがヴィオに向かって小声で呟く。


「……」


ヴィオが何も答えず険しい顔をして考え込んでしまったので、アルプはそれ以上話すのをやめた。


『モンスターの大発生』と『魔王と名乗る者』


この二つは恐らく繋がっているような気がする。


ヴィオもそのことを考えているのだろう……。


アルプは心の中に得体のしれない大きな不安が広がっていくのを感じていた――。
















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