第26話 風と花
「マズいな……」
ヴィオが次々に湧いてくるアネモイ・テュエライを薙ぎ払いながら、アルプの劣勢に気が付く。しかし、無数のアネモイ・テュエライ達に遮られて、なかなかアルプに近づくことが出来ないでいた。
「やだ……あいつアルプの魔法が全然効いてないみたいだよ! どうしよう!!」
花音が無意識にまた腕に力を籠める。
「ママ……ボク死んじゃう~」
「あ! ゴ、ゴメン!!」
花音がまた慌てて腕を緩めた。
「ふー……ママ! お花! お花! お花出して!!」
ウーロは息を整えると、花音にしがみ付いて言った。
「え? お花? なに? どーゆーこと?」
「お花!! 風さん!! お花怖いの!!」
「え? え? 風さんってアイツのことだよね?? お花が怖いってどういうこと?」
「お花! 風さん、メってするの!!」
ウーロの言ってることは全然分からないけど、ヴィオも足止めされてるし、アルプのピンチだし、なんでもいいからやってみようとカノンは決意する。
「ウーロ、お花をイメージできる曲を弾けばいいかな!?」
「うん! うん!」
ウーロが元気に頷く。
「……分かった」
急いでバイオリンを呼び出し、花音は姿勢を正して演奏前の深呼吸をする。
……花と言えば、この曲でしょ。
弦の上に弓をなめらかに滑らせる。 ――Tempo di Valse (ワルツのテンポで)
「……花のワルツ? ……そうか! 良い選曲だ、カノン!」
ヴィオは花音の演奏曲を聞いて意図を理解した。
花音の曲が始まると共に、周囲に暖かな空気が広がった。
「……カノン!?」
「……なんだ、この魔力は?」
アルプとゼピュロスが花音の魔力の高まりに同時に気付いた。
その直後、バイオリンのメロディに併せて地面から若葉が芽吹き、ワルツを踊るかのように軽やかに揺れて成長し始めた。
「おいおいおい……まさか……」
ゼピュロスが蒼白な顔をしながら、震える声で呟く。
曲の進行とともにムクムクとつぼみが膨らみ、次々と花開き始めた。
「ちっ!! あの女か!!」
ゼピュロスがバイオリンを奏でる花音を睨んで、地面を蹴った。
「行かせるかよ!!」
アルプが渾身の魔力でゼピュロスを闇で包み、視界を奪う。
「アルプ!! 邪魔だ!!!!!」
ゼピュロスが風の刃で闇を切り裂き、カノンに向けて魔法を撃とうとしたその時……
まだ開いていないつぼみが一斉に咲き乱れ、柔らかくも凛とした女性の声が響いた。
『また浮気ですか? ……あなた?』
ゼピュロスと花音の間にいつの間にか、白い薄絹を纏い、黄金色の豊かな髪に花の冠を戴いた美しい女性が召喚されていた。
「ママぁ……ウワキってなぁに……ムグ……」
ウーロが無邪気な質問をしてきたが、咄嗟に花音はバイオリンを離しウーロの口を塞ぐ。
「いや、フローラ……これは……その」
ゼピュロスが突如しどろもどろ君になり、冷たい笑みを浮かべる女性に弁明をし始める。
『あら、焦ってるということは図星なのですね?』
女性がにっこりと笑うと、ヴィオを取り囲んでいたアネモイ・テュエライ達が一斉にどこかへ飛び去って行く。
「あ! テメーらズルいぞ!!」
ゼピュロスが手下たちの裏切りに怒鳴り声をあげる。
『あなたは逃がしませんよ?』
「いや! フローラ! 落ち着いて! な? ……うわあああああああ!!!!!!」
ゼピュロスの絶叫が美しい花畑に響き渡った――。
~曲~
花のワルツ バレエ組曲 『くるみ割り人形』より
作曲者:ピョートル・チャイコフスキー




