# 第4話 荷物持ちのいない紅蓮の牙
「おい、遅えぞ!」
洞窟の入口で、ガルドが振り返って怒鳴った。
後ろでは、盾役の大男が膝に手をついて肩で息をしている。
「す、すみません。荷物が、重くて……」
「荷物が重いだと? 昨日まで平気だっただろうが」
「昨日まで、持ってたのは別の人ですから……」
「ユウトは、これを一人で背負ってたのか……」
斥候の男が、ぽつりと呟いた。
「あいつは、荷物を運ぶしか能がなかっただけだ」
ガルドは吐き捨てた。
「いちいち感心すんな」
大男の背には、巨大な背負子がくくりつけられていた。
食料、水、テント、予備の武器。
パーティ四人分の荷物が、すべて詰め込まれている。
「ガルド、少し休憩しない?」
魔法使いの女が、額の汗を拭った。
「私も、荷物を分けて持ってるから、腕がもう上がらないの」
「ちっ。使えねえな」
ガルドは舌打ちして、洞窟の奥へ歩き出した。
斥候の男が、慌ててその後を追う。
今日の依頼は、Bランクの討伐だ。
洞窟に巣食う魔物の群れを、一掃するというもの。
「楽勝だ。紅蓮の牙がやれば、半日で終わる」
ガルドは自信満々に言い切った。
だが、その背中を見る仲間たちの目は、どこか不安げだった。
洞窟に入って、一時間が過ぎた。
「待て、そこ、床が……!」
斥候の男が叫んだ瞬間、足元の石板が沈んだ。
矢の雨が、通路に降り注ぐ。
「うわっ!」
大男の盾が、かろうじて矢を弾いた。
「罠の見落としか!」
「す、すまん。いつもは、ユウトが先に荷物を置いて、足元を確認してくれてたから……」
「また、あいつか」
ガルドの声が、低くなった。
「ガルド、ポーションがもうないわ」
魔法使いの女が、空の瓶を振った。
「は? 昨日、ちゃんと買い込んだはずだろ」
「買ったけど、最初の戦闘で半分使ったの。荷物が多すぎて、取り出す余裕もなくて、割れた瓶も多かった」
「割れた?」
「大男さんが転んだときに」
「す、すみません……」
ガルドの眉が、ぴくりと動いた。
「あのな、ポーションなんざ割れるのが悪いんだ。丁寧に扱え」
「これまで割れたことなんて、なかったじゃない」
「あ?」
「ユウトくんがいたときは、一度もなかった」
魔法使いの女が、ぽつりと言った。
「彼、いつも瓶を布で包んで、一番安全な場所に入れてたから」
洞窟が、一瞬しんと静まり返った。
「……何が言いたい」
「別に」
魔法使いの女は、目を逸らした。
そのとき、斥候の男が叫んだ。
「ガルド! 前方に反応が!」
「やっとか!」
闇の奥から、魔物の群れが現れた。
十匹以上の大きな蝙蝠と、四足の獣が混ざっている。
「いくぞ!」
ガルドが炎剣を抜いた。
刃に、赤い炎が宿る。
「どけ、雑魚ども!」
だが、その剣は空を切った。
洞窟の天井が低く、振り抜く角度が合わなかったのだ。
「あっ」
炎が、後ろにいた斥候の男の髪をかすめた。
「あちっ! ガルド、どこ狙ってんだ!」
「うるせえ! 敵に集中しろ!」
魔法使いの女が、杖を構える。
だが、詠唱の途中で顔色が変わった。
「魔力が……もう、ない」
「は?」
「回復薬がなくて、休めてないの。もう、撃てない」
「ふざけんな!」
盾役の大男が、前に出た。
だが、背中の荷物が邪魔で、うまく盾を構えられない。
獣の爪が、荷物を引き裂いた。
食料が、ばらばらと地面に散らばる。
「ああ、水が……!」
水袋が破れて、地面に染み込んでいく。
「くそ、撤退だ! 撤退!」
ガルドが叫んだ。
紅蓮の牙は、這う這うの体で洞窟から逃げ出した。
洞窟の外で、四人は地面に座り込んだ。
全員、傷だらけで、荷物もほとんど失っている。
「依頼、失敗だな」
斥候の男が、ぼそりと言った。
「うるせえ」
ガルドは、拳で地面を殴った。
「誰のせいだと思ってやがる」
「ガルドの剣が当たらなかったからじゃない?」
「あ?」
「だって、そうでしょ。私は魔力が切れて、大男さんは荷物で動けなくて」
魔法使いの女が、静かに言った。
「あなたは、仲間を焼きかけた」
「全部、あの荷物持ちのせいだ!」
ガルドが、吠えた。
「あいつがいなくなってから、全部おかしくなった! あいつが、俺たちの運を持っていきやがったんだ!」
「ガルド、それは違うでしょ」
「違わねえ!」
「……ユウトくんがいた頃は、楽だった」
大男が、ぼそりと言った。
「荷物が軽くて、ポーションも切れなくて、飯もうまかった」
「おい!」
「今になって、分かるんだ」
大男は、うつむいた。
「俺たち、荷物持ちがいたから、戦えてたんだ」
「黙れ!」
ガルドが、大男の胸ぐらを掴んだ。
「お前ら、あいつを買いかぶりすぎだ! あんなやつ、ただの荷物持ちだ!」
「だったら、なんで今日、失敗したのよ」
魔法使いの女の問いに、ガルドは答えられなかった。
沈黙が落ちる。
「……次の依頼、俺は抜けるかもしれない」
斥候の男が、ゆっくりと言った。
「なに?」
「私も、少し考えさせて」
魔法使いの女も、立ち上がった。
「お、おい! 紅蓮の牙は、俺のパーティだぞ!」
「そうね。だから、考えるの」
魔法使いの女は、振り返らなかった。
王都に戻ったのは、夕方だった。
ギルドの受付で、ガルドは失敗を報告した。
リーナが、淡々と書類をめくる。
「依頼失敗ですね。違約金は、金貨五枚になります」
「五枚!? 高すぎるだろ」
「規則ですので」
リーナの声は、事務的だった。
「ちなみに、昨日までは一度も失敗がなかったパーティが、突然の連続失敗。何か、原因に心当たりは?」
「……荷物持ちがいなくなったからだ」
「そうですか」
リーナは、ペンを置いた。
「それは、ご自身で追い出した方ですよね」
ガルドの顔が、真っ赤になった。
そのとき、食堂の方から、楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「ユウトさん、この干し肉、ほんとにうまいですね!」
「また食べたいなら、いつでも出すよ」
「ギルド長にも、ですか?」
「……それは、まあ」
ガルドは、声のする方を睨んだ。
周りの冒険者たちが、ひそひそと囁く。
「おい、あれ、紅蓮の牙じゃないか」
「依頼失敗したらしいぞ」
「荷物持ちを追い出した連中だろ。自業自得だな」
食堂では、ユウトが少年と笑い合っていた。
その周りには、いつの間にか冒険者たちが集まっている。
「神級ポーションの人だろ。話を聞かせてくれよ」
「聖剣の噂、本当か?」
ユウトは、少し困ったように笑っていた。
仲間たちが、小声で囁き合う。
「やっぱり、本物だったのね」
「俺たち、とんでもない人を手放したんじゃ……」
ガルドの拳が、ぎりぎりと音を立てた。
「……いいだろう」
「ガルド?」
「あいつを、取り戻す」
ガルドの口元が、ゆっくりと歪んだ。
「俺の荷物持ちだ。使えるものは、使ってやる」
歪んだ笑みを浮かべたまま、ガルドは食堂の方へ歩き出した。




