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「収納は一品だけ」と笑われた俺の、取り出し品が SSS級。誰にも笑わない剣聖が俺にだけ微笑む  作者: ふゆつき海月


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# 第2話 氷の剣聖が、俺にだけ笑う

俺の手が、あたたかいものに包まれていた。

ギルド長の、両手だ。


「あの、手を……」


「ああ、すまない」

彼女は慌てて手を離した。

ほんの少しだけ、耳が赤い。


「私はセラフィナ・アーデルハイト。このギルドの長をしている」


「ユウトです。ご存じのようですが」


「リーナから報告を受けた。神級ポーションを出したと」


「出したというか、出てきただけで……」


「それでいい」

セラフィナさんは、俺の向かいの椅子に腰を下ろした。

背筋が、定規のようにまっすぐだ。


隣で、リーナさんが俺の袖を引く。

「ユウトさん。あの方、氷の剣聖です」


「氷の……剣聖?」


「SSランクの冒険者です。誰にも笑わないことで有名なんです」


「さっき、笑ってましたよね」


「だから、みんな驚いてるんです」


食堂のあちこちから、ひそひそ声が聞こえてくる。

「おい、見たか。ギルド長が笑ったぞ」

「見間違いだろ。あの人が笑うわけがない」

「いや、手を握ってたって」


セラフィナさんが、ちらりと周囲を見た。

「静かに」


たった一言で、食堂が静まり返った。

冷たい風が、吹き抜けたようだった。


「ユウト」

こちらを向いた彼女の声は、さっきよりずっと柔らかい。

「単刀直入に言う。君の力が欲しい」


「俺の、ですか」


「ギルド専属の補給役になってほしい。宿舎は無料、報酬は相場の三倍を出す」


「さ、三倍!?」

思わず、声が裏返った。


「俺、Fランクですよ。荷物持ちですし」


「ランクは飾りだ」

セラフィナさんは、きっぱりと言った。

「私が見たのは、君の手だ」


「手、ですか」


「人を救うために、迷わず動いた手だ」

「報告で聞いた。倒れた男に、自分の水を差し出したと」


顔が、熱くなった。

そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。


「でも、俺の収納は一品しか入れられません。戦いの役には立てませんよ」


「それでいい。戦いは、私が引き受ける」


「え?」


「君は、君にしかできないことをしろ」

彼女は、迷いなく言った。

「その代わり、頼みがある」


「何でしょう」


「いつか、君の作る食事を食べてみたい」

「水筒の水がああなるなら、食材はどうなるのか。気になって仕方がない」


「試したことがなくて……」


「試してくれ。私は、楽しみにしている」

ほんの少し、子どものような目をしていた。


「……あの、ありがとうございます」


「礼はいらない。それより、スープが冷める」

彼女は、俺の手元の皿を指さした。

「温かいうちに食べろ」


「は、はい」


そこへ、店員の若い男が駆け寄ってきた。

「ギ、ギルド長! ご注文は……」


「水を。それだけだ」

視線も向けない、凍えるような声だった。


店員の顔が、引きつった。

「か、かしこまりました!」


逃げるように去っていく背中を見て、俺は思う。

同じ人の声とは、とても思えない。


「……ユウトも、何か食べるか」

こちらを向いた瞬間、声が元に戻った。


「あ、俺はスープを頂いてます」


「そうか。ならば、私もそれを」

「え?」

「同じものがいい」


リーナさんが、口を押さえて肩を震わせていた。

笑いをこらえているらしい。


運ばれてきたスープを、セラフィナさんは静かに口に運んだ。

「……うまいな」


「ここの定食、安いのに味がいいんですよ」


「君と食べるからだ」


「え?」


「……いや、なんでもない」

彼女は、そっと目を逸らした。


そのときだった。

食堂の扉が、乱暴に開いた。


「おいおい、こりゃ傑作だ」


聞き覚えのある声に、背中が冷たくなる。

赤い髪の男が、仲間を引き連れて立っていた。


「ガルドさん……」


「追い出された荷物持ちが、ギルド長と仲良く飯かよ」

ガルドは、ずかずかと近づいてくる。

「ギルド長、そいつに騙されちゃいけませんぜ」


セラフィナさんの目が、すっと細くなった。

「何の話だ」


「さっき、街で聞いたんですよ。神級ポーションがどうとか」

ガルドは、にやりと笑った。

「あれは、うちのパーティの備蓄品だ。そいつは運んでただけ」


「備蓄品?」


「そうです。紅蓮の牙が、三年かけて集めた品でね」

「それをこの役立たずが、勝手に持ち出した。まあ、盗みみたいなもんだ」


「そんな……!」


「おい、荷物持ち」

ガルドが、俺を見下ろした。

「Fランクのくせに、何を作れるってんだ。どうせ俺たちの荷物から拾っただけだろ」


「違います。あれは、俺のスキルで……」


「黙れ。お前の言葉に価値はねえ」


周りの冒険者たちが、ざわついた。

「ギルド長の前で、よくあんなことが言えるな」

「神級ポーションが備蓄品? 嘘に決まってる」


「私の鑑定眼を、疑うんですか」

リーナさんが、カウンターから睨みつけた。

「あの品は、間違いなくユウトさんの収納から出ました」


その瞬間、食堂の温度が下がった。


テーブルの上の水が、ぱきぱきと音を立てて凍っていく。

壁に、霜が走った。


「ガルド」


セラフィナさんの声は、静かだった。

静かなのに、背筋が凍るほど冷たい。


「君は三年間、彼の何を見ていた」


「は? 荷物持ちですよ」


「そうか」

彼女は、ゆっくりと立ち上がった。

「その目では、何も見ていなかったのだな」


ガルドの喉が、ごくりと鳴った。

仲間たちが、一歩下がる。


「彼が救った男は、私の部下が確認した。ポーションも、鑑定済みだ」

「彼自身のスキルで出したと、リーナの鑑定眼が証言している」


「そ、それは……」


「これ以上、彼を侮辱するなら」

「私が相手になる」


食堂が、完全に静まり返った。

誰かが、唾を飲み込む音さえ聞こえた。


ガルドの額に、汗が浮かぶ。

「……ちっ」


彼は、くるりと背を向けた。

「覚えとけよ、荷物持ち」


「ガルド」


「そいつの化けの皮は、すぐに剥がれる」

振り返らずに、吐き捨てる。

「ギルド長も、せいぜい今のうちに夢を見てるんですな」


扉が、乱暴に閉まった。


「あいつ、完全に自爆したな」

「ていうか、あのユウトって、本物なんじゃ……」

食堂に、さっきとは違う種類のざわめきが広がる。


張りつめていた空気が、ふっと緩む。

俺は、深く息を吐いた。


「ユウト」

セラフィナさんが、心配そうにこちらを覗き込んだ。

「すまない。不快な思いをさせた」


「いえ、慣れてますから」


「慣れるな」

彼女は、短く言った。

「君は、もう慣れなくていい」


胸の奥が、じんと熱くなった。


「明日、最初の依頼を用意しておく。今夜はここで休め」


「ありがとうございます」


「宿舎の鍵だ。三階の奥、一番日当たりのいい部屋を使え」


「そんないい部屋、いいんですか」


「君には、それが相応しい」


「それと」

セラフィナさんは、少しだけ口元を緩めた。

「スープ、冷めたぞ。温め直してもらおう」


そう言って、彼女は席を立つ。

その背中を見送りながら、俺は気づいた。


ガルドの目は、笑っていなかった。

あの男は、このまま引き下がる気じゃない。


窓の外で、赤い髪が夜の闇に溶けていくのが見えた。


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