# 第1話 荷物持ちはクビだ、と言われた日
「ユウト、お前は今日でクビだ」
酒場に、ガルドの声が響いた。
テーブルに銀貨が三枚、乱暴に投げ出される。
「……理由を、聞いてもいいですか」
「本気で聞いてんのか」
ガルドは赤髪をかき上げて、鼻で笑った。
「お前のステータス画面、ここで出してみろ」
言われるまま、俺は画面を開いた。
【スキル:万象収納】
【ランク:F】
【効果:同時に一品だけ収納できる】
「一品だけ。Fランク。笑えるだろ」
ガルドが画面を指で弾く。
「そんなもんが荷物持ちの役に立つか。結局、背負うのはいつも背負子だ」
「ガルドさんが、預けた荷物が壊れたら困るって……」
「三年間、荷物を運んだのは俺です」
「だから何だ。運んだだけだろ」
ガルドは興味なさそうに、杯を傾けた。
「戦ったのは俺たちだ。手柄は全部、俺たちのもんなんだよ」
「口答えすんな」
周りの席から、くすくすと笑い声が上がった。
「紅蓮の牙はAランク目前だ。戦えない荷物持ちを置く余裕はねえ」
「手切れ金だ。さっさと消えろ」
銀貨を見下ろす。
三年分の報酬が、これだった。
言い返す言葉は、いくつも浮かんだ。
でも、口にはしなかった。
「……お世話になりました」
頭を下げて、酒場を出る。
背中に、ガルドの声が刺さった。
「二度と顔を見せんなよ、役立たず!」
夕暮れの街道を、俺は一人で歩いた。
王都アルセリアの城門が、遠くに見える。
今夜の宿代は、銀貨三枚で足りるだろう。
その先のことは、考えたくなかった。
「……腹、減ったな」
独り言が、風に流れる。
水筒の水を一口だけ飲んで、蓋を閉めた。
そのときだった。
道の脇の草むらで、何かが動いた。
「誰か、いるのか?」
近づくと、男が倒れていた。
鎧は裂け、腹から血が染み出している。
魔物にやられたらしい。
「おい、しっかりしろ!」
「……み、ず……」
男の唇が、わずかに動いた。
「水ですね。今、出します」
水筒の蓋を開けかけて、手が止まる。
半分しか入っていない。
これを飲ませても、傷は治らない。
ポーションなんて、俺は持っていなかった。
ガルドの荷物には山ほどあったのに。
「くそ……」
「頼む……死にたく、ねえ……」
男のかすれた声が、胸に刺さった。
そのとき、ふと思った。
俺の収納は、今まで自分の財布しか入れたことがない。
ガルドが、預かるのを嫌がったからだ。
「……試してみるか」
水筒を握り、スキルを発動する。
【万象収納】
水筒が、手の中から消えた。
「出ろ」
もう一度念じる。
光が弾けた。
手の中に現れたのは、金色に輝く小瓶だった。
さっきの革の水筒とは、似ても似つかない。
「え?」
中身は透き通った水ではない。
淡い光を放つ、琥珀色の液体だった。
「なんだ、これ……」
考える暇はなかった。
俺は男の口元に、小瓶を傾けた。
一口。
男の喉が、こくりと動く。
次の瞬間、男の体が光に包まれた。
腹の傷が、見る間に塞がっていく。
「う、ぁ……」
男が目を開けた。
「……あれ。痛く、ない」
「大丈夫ですか!」
「俺、確か腹を裂かれて……」
男は自分の腹を撫でて、目を丸くした。
「治ってる……?」
俺は、空になった小瓶を見つめた。
ただの水を入れた水筒が、どうしてこうなった。
「とにかく、街まで運びます。肩を貸します」
「あ、ああ……すまねえ」
街の門をくぐり、俺たちは冒険者ギルドへ駆け込んだ。
「リーナさん! 急患です!」
受付にいた茶髪の女性が、顔を上げた。
「ユウトさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」
「道で倒れてた人を助けたんです。治療は済んでます」
「済んでる? この出血で?」
リーナさんは男の鎧を見て、眉をひそめた。
「ポーションは何を使ったんですか」
「それが……自分でもよく分からなくて」
俺は、空になった小瓶を差し出した。
リーナさんの目が、わずかに細くなる。
「少し拝見しますね」
彼女のスキルは、鑑定眼だ。
物の等級を、一目で見抜ける。
小瓶に視線を落とした、その瞬間。
リーナさんの顔から、血の気が引いた。
「……え」
「リーナさん?」
「ユウトさん、これ……どこで手に入れたんですか」
声が、かすかに震えている。
「手に入れたというか、俺の水筒の水を収納して、取り出しただけで……」
「水筒の、水……?」
リーナさんは、ゆっくりと息を吸った。
「これ、神級ポーションです」
「は?」
「しかも、残り香だけで等級が読めるほどの。国宝に指定されてもおかしくありません」
ギルド中が、静まり返った。
酒を飲んでいた冒険者たちが、一斉にこちらを見る。
「神級、だって?」
「ただの荷物持ちが?」
「いや、あいつ、紅蓮の牙を追い出されたFランクだろ」
ざわめきが広がった。
助けた男が、ぽかんと口を開けている。
「俺……そんなもんを、飲まされたのか」
男は慌てて立ち上がり、俺に深く頭を下げた。
「あんた、名前は」
「ユウトです」
「ユウト。この恩は、一生忘れねえ」
「ユウトさん」
リーナさんが、カウンター越しに身を乗り出した。
「もう一度、ステータス画面を見せてください」
言われて、画面を開く。
【スキル:万象収納】
【ランク:F】
【効果:同時に一品だけ収納できる】
【追加表示:取り出す時、収納品を最高品質にして出す】
「……追加表示?」
俺は、自分の目を疑った。
こんな一文は、今まで一度も出ていなかった。
「ユウトさん。あなたのスキル、Fランクなんかじゃありません」
リーナさんが、きっぱりと言った。
「ランクの表示が、追いついていないだけです」
膝から、力が抜けそうになった。
三年間、役立たずと呼ばれてきた。
その理由が、全部まちがいだったなんて。
「……本当、なんですか」
「本当です。保証します」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
その夜、俺はギルド併設の食堂で、湯気の立つスープを前に座っていた。
リーナさんが、「お祝いです」と奢ってくれたのだ。
追放された日に、温かい食事にありつけるなんて。
「いただきます」
一口すすると、野菜の甘みが体に染みた。
「うまい……」
思わず、声が漏れる。
「よかった」
向かいに座ったリーナさんが、にっこり笑った。
「あなたを欲しがるパーティは、明日には列を作りますよ」
「俺を、ですか。Fランクの荷物持ちを?」
「いいえ。神級の補給役として、です」
「大げさですよ」
「大げさじゃありません。本気です」
そのとき、食堂の空気が変わった。
ざわめきが、すっと消える。
入口に、誰かが立っていた。
銀色の長い髪。
氷のように冷たい、青い瞳。
鎧の上から、ギルドの長を示す紋章が光っている。
「ギ、ギルド長……!?」
リーナさんが、慌てて立ち上がった。
冒険者たちが、一斉に目を逸らす。
誰も、彼女と目を合わせようとしない。
女性は、誰にも視線を向けなかった。
まっすぐ、俺のテーブルに歩いてくる。
「君が、ユウトか」
低く、澄んだ声だった。
俺は、スプーンを持ったまま固まった。
「は、はい……」
次の瞬間。
氷のようだった彼女の表情が、ふっと緩んだ。
「ずっと、君を探していた」
そう言って、彼女は俺の手を、両手で包み込んだ。




