第20話:魔物とのエンカウント
「研究所の窓から、ちょくちょく見ていたけど、こうやってみると……壮観だよな」
時雨悠人は、少し離れた場所にある巨大な滝を見ながら思わず言葉を漏らす。
ゼノ・グラウンドには巨大な滝がある。
研究所を囲むように青白い壁が存在しており、その切れ目から噴き出すように水がこの空間に流れ込んでいるのだ。
源流は分からない。どこから来ている水なのかは、セブンスにも分からないらしい。
滝から流れ出た水は、ゼノ・グラウンド内を川のように流れて、底の見えない奈落へと流れ落ちていく。
そして、時雨悠人が『壮観だ』と言ったのは、この滝に対して漏らしたわけではない。正確には、滝だけではないのだが。
(最初は、薄暗い洞穴かと思ったけど、なんかデカい滝はあるし、地面が突き出るように魔力を帯びたクリスタルが点々とあったりするし。よく見ると、地面も床もわずかに魔力を帯びている? いや……この空間そのものに魔力が流れ込んできている)
ゼノ・グラウンドの景色を見ながら、その構造に思考を巡らせる時雨悠人だが、既に慣れ親しんでいるセブンスとラプラスは時雨悠人のように何かを思うことはない。
「そうなのかな? 私が最初に見た時は……あまり覚えていないな。ラプラスどうだっけ?」
「セブンスが創られてから数十年は、感情が死んでましたからね。何も反応してなかったですよ」
「そう…………どうりで記憶がないのか」
「感情が死んでいたって、何かあったのか?」
「いえ、何もなかったですよ」
「?」
「あ〜その話は、気にしないで……単純に私が創られたばかりだからというのが理由なだけだし」
「少し気になるけど、セブンスがそう言うなら」
セブンスは魔道人形だ。彼女がマスターと呼んでいる人?に創られた存在である。だからこそ、心とかがないのだろうか?
(いや、それはないか。セブンスもラプラスも普通に感情があるように見えるし。だとしたら、セブンスの言った『単純に私が創られたばかり』というのは、情緒が育っていなかったのだろうか?)
分かるようで、今一つピンとこない結論になる。
(まあ、あまり話したくないって言ってるんだし、深掘りはやめよう)
そんなことを思っていると、ガラッという何かが崩れる音が耳に届く。
「来ましたね」
「うん」
セブンスとラプラスが音の発生源の方に目を向ける。時雨悠人も、同じように視線を向けると。
「り、りゅう?」
竜がいた。いや、龍か。
ワイバーンのようなタイプではなく、四つ足でトカゲのようなタイプだ。
しかも、龍の姿は青白いクリスタルのように美しかった。ゼノ・グラウンドにある魔力の結晶に酷似している。
そして、その巨体は軽く数十メートルはあるように思える。
「こんなのどこからやってきたんだよ!」
「どこからかやってきたわけではないですね」
「どういう意味?」
「ゼノ・グラウンドは魔力の濃度が非常に高いですからね。それが原因で、あのような神話に出てくるような龍も生まれるんですよ」
「言っている意味が分からん! 魔力の濃度が高いと――」
「ストップ! その辺りの話をするよりも先にすることがあるでしょう!」
ラプラスと時雨悠人のやり取りにセブンスがストップをかける。
その言葉に呼応するかのように、龍が巨大な咆哮を上げる。
「グォォォォォォン」
ゼノ・グラウンドの壁を突き破って出現した龍は、こちらを既に視認していたのだ。向こうからすれば、蟻のような存在にしか見えないはずなのに。
「今まで見てきた中でもトップクラスな巨体ですね。鱗も濃密な魔力によって構成された物質…………大丈夫ですか?」
「逆に、ダメだと思うのかな? ラプラスは?」
「愚問でしたね」
セブンスは、音もなく、どこからともなく、いつものように身の丈と同じほどの杖を取り出し、その小さな手に収めていた。
「シグレは、こちらに」
「え? うお!」
体が宙に浮く。
驚く間もなく、時雨悠人の意志とは関係なく、セブンスから引き離されていく。セブンスは、こちらを見ることはなく、視線は、凄まじい地鳴りを響かせながらこちらへ向かってくる龍に向けられていた。
「ラプラス、セブンスは大丈夫……なんだよな?」
「大丈夫ですよ。ただ、予想よりも大物だったので、あの場所にシグレがいるのは危険です。最悪、死にます」
「そ、そうか……」
今の時雨悠人では、どうにもならないことは自身も分かっている。
それに比べてセブンスは、長年ゼノ・グラウンドで調査をしており、二人が落ち着いていることを考えると、どうにかできるのだろう。
そんなことを考えていると、龍の動きが変わる。
具体的には、セブンスに向かっていた歩みを止めた。かといって、遠ざかっていく自分やラプラスに視線を向けたわけではない。龍も濃密な魔力を放っているセブンスを危険視しているのだろう。
そして、伸びた首を後ろに逸らすようにしながら、その首から口に向かって魔力が流れていく。
「え? もしかして…………ブレスとか言うやつ?」
「この辺りなら、大丈夫でしょう」
そんな時雨悠人の発言を気にした様子もなく、ラプラスはのんびりと時雨悠人を地面に下ろす。距離として50メートルほどだろうか。
「なんだかヤバそうだけど、大丈夫なんだよね?」
「ブレスですか。炎……いや、あれは」
ラプラスの返答を待たず、龍の口に溜まっていた力の源が解放され、セブンスに放たれた。
青白いエネルギーの本流が、セブンスを飲み込んだのだった。
「え! 本当に大丈夫!?」
普通に飲み込まれてしまった。
ドドドと凄まじい極大のビームがセブンスを覆い隠し、衝撃によって生み出された風は、こちらにも届いた。
「ふむ………シグレ」
「ラプラス?」
「戻りますか」
「おい!」
「冗談です。ほら、見てください」
視線をセブンスがいた場所、現在もブレスの直撃を受け続けている地点に向ける。
直後、ブレスが掻き消えた。
そして、無傷のまま、服も一切汚れていないセブンスが姿を現した。
「グラビディ」
セブンスの口からポツリと一つの単語が発せられる。
巨大な魔力の発動と共に、ドオォォンという音が響き渡ると同時に、巨大な龍が地面を這うように倒れ込む。
「重力?」
使うことはできないが、使われた記憶はある。
今目の前にいる龍のような生物と違って、時雨悠人が戦ってきた魔物たちは、黒いヘドロが生物の姿をしているような生物とも言えない存在だったくせに、炎を吐いたり、周囲一帯を凍らせたり、電撃を放ってきたりした。
魔物によっては動作などなく突然魔法を発動するものもいた。
その中には、重力を操るものもいた。
その時の発動の感覚と、龍が地面に押しつけられているのを見て、重力なのだろうと思った。
「はい。おそらく、発動までの時間も短く、シンプルに魔力を強くすれば威力も上がるので選んだのでしょう……む。」
ラプラスが言葉を濁す。おそらく、目の前の光景に変化があったからだ。
「龍が!」
一度はセブンスの重力魔法によって地面に叩きつけられたが、すぐにその巨大な肉体を四肢で持ち上げ直した。
「やはり普段よりも強いですね。たかが、数ヶ月程度放置しただけで生まれる魔物ではないはずですが……」
「 GISYAAAAAAAA!!!」
重量の枷を振り払うかのように巨大な咆哮を龍が上げた。
同時に、セブンスに背を向けるように反転したと思うと、その巨大な体躯に釣り合った巨大な尻尾をセブンスに叩きつけた。
しかし、その攻撃はセブンスには届かない。
攻撃が来る前に、セブンスは空中に飛んだからだ。
キンキンという音が時雨悠人の耳に届く。
「鱗に邪魔されているな」
「硬いですね。まさか、傷がつかないとは。」
セブンスが空中から数発風の刃らしきものを放ったようだが、その刃は龍の鱗によって弾かれてしまった。
セブンスの表情を見ると、憮然としていた。
「普段よりもなんだか硬い……とぼやいてますね」
「そうなのか? 全く聞こえないけど」
セブンスの口が動いているように見えないが。それに、数十メートル離れている距離だ。仮にぼやいても聞こえないはずだが。ラプラスは魔法生命体ということで聴力もいいのだろうか?
「いえ、念話でぼやいてきました」
「念話……テレパシーみたいな感じ?」
「みたいな感じです。私としかできないですけど…………おや」
「どうしたんだ?」
「想像よりも強いのと、他にも魔物がいるようですね。姿を隠します。」
ラプラスがそう言うと同時に、再度体が浮遊するのであった。




