第19話:ゼノ・グラウンドの魔物事情
時雨悠人が、目を覚まして2ヶ月が過ぎた。
この2ヶ月は、時雨悠人にとってリハビリの日々でもあり、セブンスとラプラスと共に慌ただしく過ごした日々でもあった。
少しずつだが、体を動かせるようになり、今では身の回りのことは、ある程度できるようになっていた。
つまりは、羞恥心で死にそうなセブンスによる介助は少しずつ減らせるということだ。
「えっと、セブンス……さん?」
「ん? 何? なんで『さん』づけ?」
「いや、何というか……とりあえず、着替えているので、少し外で待ってもらっていいでしょうか?」
「なんで?」
丁度、着替えて下着一枚になっているからです。
だが、セブンスには、外で待って欲しいという時雨悠人の意図が伝わらなかったようだ。
「いや、仮にも異性に着替えを見られるというのが……」
「今更では?」
「まあ、そうなんだけどね! あ〜、もういいや」
その通りだ。
セブンスからしたら、この2ヶ月の間、時雨悠人の裸など見飽きているだろう。最初は、初々しくお互いに顔を赤らめていたはずだったのだが、半月もすればセブンスは、慌てることは無くなっていた。
1ヶ月も経てば、単なる作業のように思え始めたのか、入浴の介助も、トイレの介助も気にするような素振りを見せることは無くなっていた。
では、時雨悠人も慣れたのかと言われたら、そんなことはない。
断じてなかった!
見た目は年下の女の子。しかも、美少女である。そんな子に身の回りのお世話をされ続ける日々。
嬉しいと思うかもしれないが、あまりにも自分が何もできなくて、情けなくて何度死にたくなったか分からない。しかも、追い打ちをかけるようにラプラスが煽ってくるのが質が悪い。
(セブンスが俺の世話に慣れてきたから、慣れない俺をからかうようになったんだろうな。しかも、セブンスも一緒になって揶揄うのがちょっとムカつくし)
セブンスは、からかわれたりするときの沸点は低いが、自分がターゲットになっていないと調子に乗ってくる傾向があった。
実際に、今も時雨悠人が慌てているのを楽しんでいるような気がする。
素知らぬふりをしているように見えて、口角が上がっているのがわかっているんだよ!
簡単に言えば、ニマニマしているのを我慢しているように見えるのだ。
「そういえば、ラプラスは?」
基本的にいつもセブンスと一緒にいるラプラスが、今日はいない。
セブンスを追い出すことを諦めて、さっさと着替えようと、ズボンを穿きながら尋ねる。
「寝坊」
「…………なんて?」
「寝坊」
「寝坊って、ラプラスって寝坊とかするの? それなら、俺よりも先に起こしてくれれば」
「寝坊」
普段見せないようなすごく良い笑顔で断言するセブンス。これ以上は、何もいうなという圧力を感じる。
(まあ、ラプラスが余計なことを言ったんだろうな)
床にめり込んでいるのか、壁にめり込んでいるのだろう。
着替えが終わり、脱いだ寝間着を洗濯機に入れて、ボタンを押す。
「それじゃあ、朝食に行こうか」
「うん」
自分で歩けるようになってからも、セブンスは変わらず毎日自分の部屋に迎えに来る。
そして、一緒に広間に行って、朝食を食べる。
時雨悠人は、そんな日々がとても楽しく、ずっと続けばいいのにとも思っていた。
(それでも、ずっとは居られないんだよな)
話を聞くと、セブンスとラプラスは、長い年月をかけて、このゼノ・グラウンドと呼ばれる場所で、魔力の集約地点に何があるかを調査していたと聞く。
そして、ようやく調査を終えることができたというわけだ。
(その場所にいたのが、自分というのは申し訳ない気分だけど)
役目を終えた二人がこれからどうするのかは聞いていないが、自分の面倒を見る必要は本来はないのだろう。それこそ、時雨悠人を置いて、さっさとこの場所を引き払ってもいいはずだ。
だが、二人の温情で時雨悠人のリハビリに付き合ってもらっている。
そして、体が動けるようになったのだから、いつまでも頼りっきりではいけないだろう。
(何か恩返しできればいいんだけどね)
自分を見つけてもらって、リハビリに付き合ってもらっているのだ。
何よりも、心から楽しいと思える日々を過ごせたのは、いつ以来か思い出すこともできない。
(どこかで聞いてみるか)
今の自分に何ができるか、分からないが、どこかのタイミングで聞いてみるといいだろう。
(そういえば……俺はどうしようかな)
改めて思う。
自分は、もう勇者ではない。
自分を縛るものは、何もない。
(とりあえずは、外に出て、今の時代がどうなっているのか確認しないとな)
※
時雨悠人の肉体的なリハビリと魔力側のリハビリも順調に進んでいたが、あくまでも日常生活に不安を抱えずに済むようになり始めただけだ。
魔法の発動などは不安定な部分が多い。
別にそれくらいなら、この施設で無理にトレーニングしなくてもいいのではと思ったのだが、
「せっかくですからセブンスに、しっかりとトレーニングに付き合ってもらった方がいいですよ? 今のままだと、外に出た瞬間にあっさりと魔物に殺されると思いますが」
「魔物!?」
朝食を食べながら、今後の相談をしていたのだが、ラプラスから聞き捨てならないワードが飛び出てくるのだった。
時雨悠人の脳裏をよぎるのは、勇者として戦っていた憎悪を煮詰めた黒いヘドロが形を持った生物の形を取った『何か』であった。
それらを倒すことができたのは、時雨悠人だけであり――魔王との戦いで魔物を全て浄化することで倒したはずだ。
「はい、魔物です」
その魔物があっさりと存在していることをラプラスは肯定する。
「魔物か〜 でも、ゼノ・グラウンドの外にも、たくさんいるの?」
「外に出たことがないので断言はできないですが、外の世界も魔力が満ちているのですから、存在しないわけがないでしょう。どれくらいの規模で魔物がいるかまではわかりませんが」
「どこまで……か。そこが問題なんだろうね。どちらにしても、今のシグレだとすぐ死にそう」
二人の視線がシグレに向けられる。
その視線は、圧倒的な弱者に向けられるものだが、時雨悠人として、その視線にいたたまれない気持ちになるよりも、魔物というワードが気になって仕方がなかった。
「その魔物って……ゼノ・グラウンドにもいるんだよな?」
「いるよ。最近は、シグレにかかりっきりだから、駆除する時間がなかったから、ちょっと増え過ぎている危険性があるんだよね」
「忘れていただけでは? 私が尋ねた時に、「しまった!」みたいな顔を――」
「そういうわけで、今日は私が忙しいから、一人で適当に過ごしていてよ」
「…………」
「シグレ?」
黙り込む時雨悠人を不思議に思ったのか、セブンスが声を掛ける。
「セブンス、ラプラス……俺も、セブンスの魔物の駆除に同行していい?」




