第18話:コワレタキオクノカケラ
魔導人形であるセブンスは、創造主であるマスターが全てだ。
セブンスが与えられた使命は、ゼノ・グラウンドと名付けられた、世界の隙間のような空間の調査だった。
具体的には、ゼノ・グラウンド内にある魔力の集約点に何があるかを知ることだ。
先に創造されたファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス、シックス、そして創造主であるマスターと共に調査をしていた。
ゼノ・グラウンドの性質上の問題で、なかなか調査は進まなかった。
何年も、何十年経っても、調査は終わらなかった。確実に調査は進んでいたが、その進みの遅さは今後何十年ではなく、何百年単位となると思われた。
変わり映えのしない日々。
終わりが見えない日々。
それでも――セブンスには十分だった。
姉妹たちと、一緒に調査をするのは楽しかった。
ゼノ・グラウンドから生まれる魔物の処理だったり、掘り進めるポイントの計算をサードと話し合ったり、ファーストに指示以上の壁を破壊されたり、セカンドにエロ本を自室に隠された挙句にフォースやフィフスやシックスにバレたり……思い出すと腹立つことも多々あるが、それでも楽しかったと思う。
そして、マスター。
(マスター、どうして私を置いて行ったのでしょうか?)
そう考えた瞬間にノイズが走る。
ザザザザ……ザザ…………ザ
(なん……で?)
彼女のことを……思い出すと……
(顔が………………マスターは………どうして…………姿を思い出せないの?)
思い出そうとすると、ノイズの嵐によって映像が飲み込まれる。
音声を引っ張り出そうとしてもノイズが全てを消し去っていく。
何も思い出せない。
いつからだろう?
マスターの顔が、声が思い出せなくなったのは。
いつからだろう?
それに気づかないふりをするようになったのは。
思い出せない。マスターがいたということ以外は。
思い出に映るマスターは、全てノイズによって判然としない。
マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター…………………………どこですか?
どこにいってしまったのですか?
何故、私は一人残されたのでしょうか?
………………一人残された?
いや、ファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス、シックスも一緒に研究所にいたはずだ。
ザザザ――
ノイズが走る。
マスターがいなくなった後、一人また一人研究所を去って行った。
探しにいったんだっけ?
マスターがいなくなったから、ここにいる意味がなくなったから?
本当に一人ずつ?
分からない。
思い出せない。
姉妹たちが………………私を残して去ったという記録があるのに、去って行った時の思い出が全くない。
マスターが去った後の思い出が、マスターが消えた時の思い出が…………………………何もない。
そうだったという認識だけしか残っていない。
ザザザザ……ザザ…………ザザザザザ……ザザザザザザザ……ザザ…………ザザザザザ……ザザ…………ザ――
「あなたは…………」
(マスター?)
不意にノイズが止む。
黒い影のシルエットが浮かび上がる。
直感的にマスターだとセブンスは理解することができた。
マスターだ。
声を聞かせて。マスターマスターマスターマスターマスターマスター!
私は、あなたにとって――
「セブ……ン…………ス………………あなたの…………………………」
その黒影の両手がセブンスの頬を挟み、自身の顔を近づけてくる。
覆っていた黒い影が剥がれ落ち――
「あなたの体を頂くわね」
そこには、自分と瓜二つの顔をした少女が冷淡な笑みを浮かべていた。
※
「はぁはぁ」
息が苦しい。動悸が激しい。これでもかというほど心臓が鳴り響き、身体中から汗が吹き出し、着ている寝間着が汗で体に張り付いていた。
「どうしました、セブンス?」
「………………えっと」
何だっけ?
何かを見ていた気がする。
「ラプラス、私が寝ている最中に見ていた夢の内容ってわかる?」
「夢の内容…………わかると思いますが、所詮夢ですよね? わざわざ詳細を思い出す必要があるとは思いませんが」
「そうなんだけど……なんだか気になる」
夢。
確かに夢なのだが、遠い過去の記憶を見ていたような気がするのだ。とても、重要な何かを。
「ッツ!」
「セブンス?」
「……大丈夫。見てもらっていい?」
「わかりました」
ラプラスは、セブンスの人工的な使い魔だ。役割は、セブンスが魔術を実行する時の演算をサポートすることだ。だが、それ以外にもセブンスが許可すれば脳の一部にアクセスして、念話や記憶の調査などもできる。
記憶は忘れることがあっても、消失することは基本的にない。思い出せなくても、ラプラスに探ってもらえば、忘れた記憶も思い出すことは可能だ。
(もちろん、全ての記憶を一から精査すると膨大な時間がかかるけど、今見ていた夢なら、ラプラスなら簡単なはず)
今回は、思い出したい記憶のタイミングをセブンス自身が指定している。しかも、さっき見ていた夢という比較的に浅い層に記憶されているはずだ。
そう思って、ベッドに座りながらラプラスの調査を待っていると、セブンスの想像通り、数分でラプラスが調査の完了を告げてきた。
「調査完了しました。確かに夢を見ていた形跡がありますね」
「うん。それで内容は分かる?」
「はい………………言ってもいいんですか? おそらく、荒唐無稽な空想ではなく、思い出したくない過去の記憶だと思いますが?」
「…………いいよ」
ダメだという叫びが心の中で一瞬聞こえた気がするが、それを抑え込む。
知りたいという気持ちが上回ってしまったからだ。
「では……」
その言葉に、ゴクリとセブンスは唾を飲み込む。ここ最近で、全身脂汗を吹き出し、息が荒く起きるような悪夢など見た覚えはない。それほどに心乱される悪夢を見たのに、思い出せないのは気持ち悪くて仕方がなく、気になるのだ。
そんな思いを抱えながら、セブンスはラプラスの言葉の続きを待つ。
「夢の内容は………………セブンスにとっては忘れたい記憶と言っていいでしょうね。『禁断の主従関係』、「百合学園」、「催眠魔法で意中の相手を思い通り」ですか。懐かしいですね」
「はい?」
ナニヲイッテイルンダ、コイツハ?
「はい?っとは?夢の内容です。セカンドにエロ本隠された挙句、他の姉妹たちにバレ、マスターにもバレた事件ですよ」
「んな!? ち、違う!? そんな夢じゃ……………………あれ?」
見た気がする。なんだか見た気がとてもする。
脳裏にセカンドのムカつく顔や、他の姉妹たちの笑い顔。主にファーストのゲラゲラ笑っている顔が思い出される。
「まあ、私は真実を知っていますがね。あの中のエロ本の中に、セカンドが隠したエロ本以外にも一冊だけセブンスが持ち込んだ――」
ドゴォンという凄まじい破壊音がセブンスの部屋で鳴り響くのだった。
*
怒りに身を任せてラプラスに杖のフルスイングをかましたセブンスは、壁にめり込んだラプラスを放置して、部屋から出ていく。
おそらく、時雨悠人を迎えに行くのだろう。
彼が目を覚まして二ヶ月ほど経過した。
既にベッドから起き上がることも、着替えることも、入浴も、トイレも、食事も全て一人でできるようになってきている。
要は、セブンスが迎えにいく必要はない。
(たった二ヶ月で、ここまで回復するのは予想外ですね。どうせならもっと時間がかかってくれれば良かったのですが)
ラプラスは、作成されてから、一度も幸運という要素を考えたことはない。
良いことなど一度もなかったとさえ思っている。
この世界は絶望に彩られた世界。
この小さな空間で潰えていくのだと諦めていた。
だが、最後の最後で運命というもの、幸運というものがあるではないかと思うことができた。
時雨悠人という青年との出会いだ。
ラプラスもセブンスと同様に、どうせ大きな魔力の結晶があるだけだと思っていたのだ。
だが、見つかったのは一人の人間だった。
しかも、都合の良いことに一人では何もできない――セブンスがいなければ生きていけないほどか弱い生命だったのだ。
(時雨悠人、あなたが私の……私たちにとっての希望です)
ラプラスは、先ほどのセブンスの記憶を見返す。
セブンスに思い出して欲しくない記憶。
封印された――マスターと別れた時の記憶だ。
ラプラスにとって忌まわしい、最悪の記憶と言っていい。
(時間はあまり……ない。どうなるのか)
できる限り時間を稼ぎたい。
時雨悠人との出会いがなければ、どうにもすることができなかっただろう。
だが、時雨悠人と関わることで、セブンスは少しずつ変わってきていることをラプラスは実感していた。
実際に、セブンスは目的を達成したのに、生き続けているのだから。
(セブンス……どうか、あの記憶を乗り越えてください)
そもそも、ラプラスも当時セブンスの身に起こったことを全て知っているわけではない。
自分一人では絶対にセブンスを救うことはできないだろう。
だからこそ、不確定要素である時雨悠人にラプラスは全てを託すつもりだ。




