第13話:気分はタイムスリップ
1500年とはどれくらいだろうか?
時雨悠人が勇者として戦い始めたのが2030年ごろだったはずだ。そこから何年、何十年戦ったのか実感はないが、そこから1500年を単純に計算してみると。
(西暦3500年以上か……)
だとしたら、目の前にSFチックなロボットが空中に浮かんでいるのも納得してもいいのだろうか。
思わず立ち上がろうとするが、力が入らないことを忘れていたので、上半身がテーブルに突っ伏すような形で倒れ込む。
「ぐへ」
「えっと大丈夫?」
「その様子だと大変驚いているようで」
セブンスが心配そうに、ラプラスが若干愉快さを隠したような口調でそれぞれ声をかけてくる。この感情豊かな球体も1500年後のロボットだと言われると、人類はそこまで進歩したのかと思えてしまう。
そう最低でも1500年――
「ん? 最低でも1500年以上前?」
ラプラスは1500年ではなく、最低でも1500年以上前と言っていた。だとしたら、実際は何年前なんだ?
「はい、最低でも1500年以上です」
「今って、西暦何年でしょうか?」
「西暦?」
可愛らしくコテンと首を傾げるセブンスだが、その動作は時雨悠人に非常に嫌な予感をさせた。何せ、西暦という言葉に疑問を持たれたように感じたからだ。
時雨悠人は、ギギギという効果音が鳴りそうな感じで、ラプラスの方に顔を向ける。
数秒の沈黙が支配するが、ラプラスの機械的な声がとんでもない年数を弾き出す。
「…………アイレーン歴として1218年です」
「なんと?」
「アイレーン歴で1218年です」
アイ……レーン歴って何それ?という疑問しか湧かない。普通なら嘘をつかれているか、馬鹿にされているかと思うだろうが、二人の様子を見るとそのどちらでもないのだろう。むしろ、西暦という言葉に戸惑っているようにも見える。
だが、そんな予想と反してラプラスは言葉を続ける。
「西暦で言うと…………」
「え、あ、そう、西暦でお願いします。アイレーン?とか分からんし!」
「物凄い焦っているね、シグレ。それにラプラスは西暦を知っているの?」
「一応は。何度か間違えていないか再計算をしたので、合っているはずです」
「そ、それで?」
「その前に、ユウトが眠ったと思える西暦はわかりますか?」
「ん? ああ。俺が眠ったのは西暦2040年だったはず」
その問いにラプラスは数秒沈黙する。
「ラプラス?」
セブンスが訝しがったような口調で言葉を続けるように催促する。
「アイレーン歴で1218年で、西暦だと…………5237年になります」
「へ?」
「も、もう一回!?」
「西暦5237年です」
「…………」
セブンスは、何故か両手を開いて、「えっと、時雨が眠ったのは2040年だから」とか言いながら計算していた。そんなことしなくてもわかるだろうが、やらずにはいられないのだろう。自分もそうだし。
「3000年以上眠っていたと?」
「ユウトの言葉が本当ならそうですね」
「何か……本当に3000年経っているかどうか調べる方法とかない?」
「た、確かに。俺も、突然よく分からない暦を言われた上に、計算上3000年以上眠っていたと言われても……」
セブンスの確認できるかどうかという言葉に、時雨悠人も重ねて尋ねる。
3000年経っています。はい、そうですか……と簡単に信じるわけにはいかない。
いかないのだが――
(…………3000年経っているかどうか分からないけど、とりあえず、こんなロボットは絶対に開発されていなかったんだよな)
自然と視線はラプラスへと向かう。
「確認ですか……ふむ」
思考しているらしきラプラスに尋ねる。
「ラプラスは、その……ロボットで合ってる?」
「ロボット……? そういえば、先ほどは聞き流していましたが……ロボットとは私のことを指していますか? あの機械の部品の寄せ集めで動いているガラクタのことですか?」
「へ?」
「わ、私がロボット!? 言っていいことと、悪いことがくぁせdrftgyふじこlp.....」
やばい。なんか地雷踏んだっぽい。
明らかに暴走しているとしか思えないラプラスに顔を引き攣らせる時雨悠人だが、そこでセブンスが割り込む。
「ストップ、ストップ、ラプラス。シグレに悪気はないから。その形状だと勘違いされても仕方がない所もあるし。」
「こ、この容姿はマスターが魔法によって再現することで、私たちが上であるという――」
「分かったから! それに、ラプラスにも自覚が……ハァ、とりあえず落ち着いて。シグレも、ほら謝って」
「あ、はい。す、すみません……けど、その発言からしてロボットでは……」
ギュインという効果音がラプラスから鳴り響く。これ以上の追求は危険だと分かるのだが、そうなると、どのように理解すればいいのか。
戸惑っている時雨悠人と、何かやらかしそうなラプラスを見てセブンスは、ため息を吐きながらラプラスの説明を始める。
「ラプラスは、魔道生命体。見た目が……ちょっとロボットというか、メカニックっぽいのは製造者であるマスターの趣味というか、ロボットに対する挑戦心……って言っていいのかな。魔術が科学よりも上であるということを証明するため……らしいよ。そう考えれば、魔術で作成されているのに、科学の結晶であるロボット同然だと判断されているんだから、ある意味本望では? 科学技術程度は魔術でカバーできるっていうのがラプラスのテーマの一つだし」
「まあ、そう言われたらそうかもしれませんが……何故でしょう。端的に言って、ガラクタと間違われるのは胸糞悪いです。理屈抜きで!」
「なんだか本当に……すみません」
普段とは立場が逆な気がする。
普段はラプラスが理知的かつ毒舌にセブンスをたしなめている気がするが、今回はセブンスがラプラスを落ち着かせている。
(というよりも、魔道生命体って何? 言葉的に魔法、いや魔術と言っていたか。それで、生み出されたと言っていたが)
自分と同じように魔法か何か使える人が生み出したのだろうか。だとしたら、その時点で今の世界は自分の知っている世界ではないだろう。
なにせ時雨悠人が生きた時代で、魔法が使えた人間は自分だけだったのだから。
「それで、シグレは、なんでわざわざラプラスがロボット……って聞いたのかな?
セブンスは、ロボットという単語に反応したラプラスを落ち着かせながら時雨悠人に確認してくる。
「ロボットでも、魔道生命体だっけ?そんな風に人工的に作られて、自由に会話できる存在はいなかったし。そもそも、魔法や魔術が使える人もほぼいなかったし。使えたのは、一部の人間と異世界からやってきた魔物とか。ああ、そうだ俺が生きてたのは異世界から唐突に魔王や魔物がやってきた頃だ!」
「異世界から魔物に魔王? それって……」
セブンスがラプラスに目を配る。何かを知っているような反応だ。
「……確認ですが、ユウトが眠る前の時代は、魔術といった類はほぼなかったのですね。そして、異世界からやってきた魔王や魔物というのは、具体的には?」
「うん、自分が知る限りでは魔術なんて使える人はいなかった。ただ、突然異世界……えっと、宇宙からでもなく、文字通り別の世界から来た異形の怪物が現れたんだ。その怪物を魔物、その魔物を率いていた存在を魔王と呼ぶようになったって感じかな」
眉間に皺を寄せている思案顔のセブンスと、表情は分からないがおそらく自分の発言を精査して聞いているラプラスに、時雨悠人はゆっくりと説明する。あまり、このような説明をすることもなければ、そもそも人と会話すること自体が少ない時雨悠人としては、正しく伝わっているのか心配ではあるが。
「…………異世界からの魔王と魔物。歴史書で見たことはあるかな。つまりは、シグレはこの世界から元々いた人種の生き残りってこと?」
「元々いた?」
「ユウトの話を聞いた限りそうなのでしょう、セブンス」
「だとしたら……遺伝子検査でもすれば分かるのかな? まあ、不要だと思うけど。」
「セブンスが言うなら、そうなのでしょうね」
自分を置き去りにしてセブンスとラプラスが会話を進める。そして、何故か自分の話が本当だと思われたっぽい。
「シグレの言うことが正しいと、私もラプラスも信じるよ。嘘をつく意味もなさそうだしね」
「そ、そう。」
「そして、シグレの魔物と魔王と呼ばれる存在が3000年前くらいに発生したのも、一応資料では読んだことがある」
「つまり……マジで3000年眠っていたということ?」
「うん」
「そう判断するべきですね」
セブンスとラプラスが肯定する。
時雨悠人は天を仰ぎながら、マジですか、と心の中で思う。
一方で、悲しい気持ちや、不安な気持ちなどは生まれてこない。
それはきっと、3000年前という時代に思い入れなど一切ないからだろう。
「…………まあ、いっか!」
「いいの?」
「いいんですね」
両者からのツッコミを受けるが、本当にどうでもいいとしか思えない。
「それよりも、3000年でどれくらい世界が変わったかワクワクするかな」
「ワクワク……ね。家族や友達と二度と会えなくて悲しいとかないの?」
「……セブンス」
どのようなことを考えているか分からない胡乱な目でセブンスが尋ねてくる。先ほどのマスターや姉妹たちの話を聞くに、大切な人たちとの別れについて思うところがあるのだろう。
そして、時雨悠人はどうなのかと気になったからこその質問か。それとも、なんとなく質問しただけか。
どちらにしても、嘘をつく必要はない。
「家族はいないようなものかな。捨てられたようなもんだし。友達もいない! 以上!」
むしろ自分を知らない世界とか最高かよとしか思わないです。はい。
そんな時雨悠人の発言にセブンスは呆けた表情に変化する。
「ど、堂々たる宣言。それに、家族に捨てられたの?」
「うん。正確には売られた? 10歳くらいの時に。もう、顔も思い出せないかな」
軍に行く時に、家族にお金が支払われたと聞いた。つまりは、売られたと言って過言ではないだろう。
(いや……顔は思い出せないけど、あの目は覚えているな)
化け物を見るような目。
その目だけは、時雨悠人の脳裏にこびりついていた。
「家族に捨てられ友達もいないなんて……もしかして私よりも可哀想?」
「痩せ我慢でもない感じですね。心壊れてません?」
二人からの哀れみなのか、侮蔑なのかよく分からない感想を頂く。でも、気にしない。だって、本当だしな!




