第14話:リハビリ生活の始まり
目が覚めたら3000年先の未来だった。
そこには、自分を知っている人間はいない。
控えめに言っても最高だと本気で思っている。その点だけは。
問題としては、
「俺の体が全く思ったように動かないのは、3000年以上眠っていたから……でいいのかな」
「筋力が落ちたから?」
「その場合だと、クリスタル内で時間が経過していたことになります。体が老化していないとなると、筋力は関係ないでしょう」
「あれ、筋力が問題じゃないのか」
自分もセブンスと同じ考えだったが、ラプラスに否定される。確かに、老化していないのに筋力だけ落ちているのはよく分からない。
「おそらくは、筋力の低下ではなく、3000年間眠っていた……どのように眠っていたか判断できないので、あくまでも推測ですが、そのせいで体が動かし方を忘れているのでしょうか? もしくは、コールドスリープのように体が固定されていたことから、解凍しきれないと考えてもいいかもしれません」
もちろん、解凍は比喩ですよと付け加えるラプラス。
「解凍……か。確かに、思ったように力が入らないし、魔力も流せないしな」
「リハビリだね。せめて、自分の足で歩いたり、自分の手で食べてくれないとね」
ヤレヤレとセブンスは呆れた感じで首を振る。
(リハビリか。確かに、このままだと普通に生活なんてできないよな。というか、体が自由に動くまでは、セブンスに介護してもらうことに!?)
なんだか少し嬉しいような。
お姫様抱っこは恥ずかしいが、美少女に傍で甲斐甲斐しくお世話されると思うと、嬉しくならないほうが難しいだろう。
だが、そんな時雨悠人の普通の男性らしい浮ついた気持ちは、ラプラスの一言で一瞬で吹き飛ぶこととなる。
「今のままだと入浴やトイレもセブンスが介助することになりますね」
入浴に……トイレ?
その光景が時雨悠人の脳裏に過ぎる。そこには、甘ったるい光景ではなく、ただ気まずいだけの光景であった。申し訳ないというレベルではない。
(よし、さっさと体を動かせるようにしよう!)
そう決意する時雨悠人だが、目の前の問題は解決できていない。
(いや、何よりも今日とか明日とかどうすんだ? マジでセブンスに!?)
恐る恐る、セブンスに顔を向けると、そこに目をぐるぐるさせて、顔を真っ赤にしたセブンスがいた。
「わ、私が、シグレの!? 入浴にトイレも!? む、無理に決まっているだろ〜」
「セブンスしかいないですし」
「ラプラスでいいじゃん。魔術でそれくらいどうにかして! 私の髪の毛を乾かしたみたいに!」
「髪を乾かすのと、一人の人間の身の回り全般のお世話を一緒にしないでください」
「私は女性だ! 男の人の入浴やトイレに……着替えの世話なんてできるか!」
「いいじゃないですか。男性の裸なんて見る機会なんて今まで――」
ドゴォン
言い切る前に、セブンスがどこからともなく取り出した杖のフルスイングを浴びて壁に吹き飛んでいった。
残ったのは、ハァハァと息を切らすセブンスと、顔を引き攣らせて、その様子を見ていた時雨悠人のみ。
自分もこのまま離脱したいが、残念ながら足は動かない。動いても椅子から転げ落ちるだけだろう。
「え〜と、できる限り早く動けるよう頑張るし……え〜と、その、ははは」
「笑うな!」
一瞬視界がぶれたと思うと同時に、時雨悠人の意識は真っ暗になるのだった。
※
頭が痛い。
体の節々も痛い。
(回復魔法を…………………?)
発動しない。痛みは継続したままだ。そもそも、なんで頭が痛かったんだっけ?
記憶を遡る時雨悠人だが、最後の光景は――顔を真っ赤にしながら杖を自分に向けてフルスイングしていたセブンスであった。
「なるほど……だから、頭どころか体も痛いのか」
おそらく、吹き飛ばされた後に体も盛大にテーブルやら、床に打ち付けられたのだろう。そして、今自分がいるのは、最初に目覚めた部屋だ。
「ここが、俺の部屋ってことかな。そして、体がやっぱり動かせないか」
マジでリハビリが必要だな。ついでに、魔法も使えるように戻したいというのが本音だ。今の状態では、自分の魔力のコントロールもままならない。
「どちらも、リハビリが必要ってことね。それまでは、マジでどうしようかな」
「どうしようかなって……移動や食事や……お風呂やトイレのこと?」
「そうそう、流石に女性であるセブンスにって!?」
声がする方に顔を向けると、明らかに不機嫌ですという表情をしているセブンスがいた。
(なんだか、怒っているか、呆れているか、不機嫌そうな表情しか見てないな……)
そんなセブンスになんて声を掛ければいいのかと悩む時雨悠人だが、セブンスは大きなため息をすると、謝罪をしてきた。
「えっと、ごめんね。殴るつもりはなかったんだけど、少し昔を思い出してね」
「昔って言うと?」
セブンスやラプラスが言っていた、マスターや姉妹たちだろうか。
色々と気になるワードなのだが、詳しく聞ける雰囲気ではなかったことから聞けずにいた。
そして、今も聞いていいのか悩む。
わかっているのは、今はマスターという人も、姉妹たちも、この場所にいないことだ。そして、セブンスがあまり話したくないことなのだろう。
「まあ、昔だよ。この研究施設にも、私以外に……私を作ったマスターと他の姉妹たちがいた。その時の喧嘩をした時のノリを思い出してね」
「作った?」
「うん。そっか、説明していなかったっけ? 私は魔道人形。魔術によって生み出された、魔力を動力として動くお人形」
「人……形? そんな風には見えないけど?」
人形というワードにピンとこない。
ラプラスは見た目からして、作られたものであり、逆に生物的な方法で繁殖して生まれたと言われた方が信じられないのだが、セブンスはどこから見ても人間だ。
あまり、思い出したくないが、お姫様抱っこされた時も、彼女の体から体温を感じることができた。
何よりも人形というには、感情などが豊富すぎる。いや、ラプラスにも言えることだけど。
「そう言ってくれると嬉しい……かな? けど、こう見えても作成されてから1200年くらい経っているんだよ」
「せん……に!?」
目の前のセブンスの容姿は10代半ば。それこそ、中高生といったところだろう。自分は中学も高校も過ごしていないので、あくまでも娯楽からの情報になるが。
「驚いた?」
時雨悠人は、コクリと頷く。
そっかと言いながら、少し困ったような笑みを浮かべるセブンス。人の美醜に対してそれほど意識するような生活を送れなかった時雨悠人からしても、とても可愛く、美しいと感じることができた。
一方で作られた存在と言われると、確かにセブンスの容姿は人が思い描く美少女像の一つと言ってもいいかもしれない。
(そもそも、青い瞳に、サラサラのプラチナブロンド、シミひとつない白い肌に、2次元から出てきたような顔の作り……ある意味、納得と言えるかもしれないな。それにしても、この子を作った人って何者なんだろうな。生きている……のか)
気になる点はいくらでもある。聞いてもいいのかは分からないのが問題だが。
(とはいっても、聞かないのもおかしいよな)
セブンスの態度も食堂の時と違って、かなり落ち着いている。というよりも、雰囲気が違う。
「マスターや他の姉妹たちが去っていったと聞いたけど……それは」
「…………分からない。本当にね。1000年くらい前にマスターと、他の6人の姉妹たちがいなくなっていたの。私とラプラスだけを残してね」
「そうなんだ………………けど……だったら、どうして二人は、マスターや他の姉妹たちがいなくなった場所に?」
そう言うと、セブンスはじっとこちらを見つめてくる。理由は察している。自分なんだろうと。だが、なぜそこまで固執したのだろうか。自分を探し当てるのに1000年以上も1人で……いや、1体と1機で、だろうか。
(なんというか、セブンスもラプラスを一体と一機とか、一個とか考えるのはやだな。うん、二人でいいか)
心がある存在なのだから、二人でいいだろう。
「君を……正確には、ゼノ・グラウンドのエーテルが向かう中心に何があるのかを解明すること。それが、私たち魔道人形の姉妹たちが生み出された目的であり、マスターの目的だったから」
「でも、マスターや姉妹たちは、その中心部……俺が眠っている箇所にたどり着く前に去っていったんだろう?」
「そうだね。でも……だからと言って私が役割を放棄する理由にはならない。何よりも……」
「?」
「ううん。なんでもない。さてと、シグレも元気そうだし。私も自室に戻るとする――ん?」
「えっと、少し困ったことがありまして」
こんなことは言いたくない。だが、言わないと大変なことになる。言ったとしても何か大切なものを失う気がするが。それでも言わなかった結末よりはマシだろう。
目をぱちくりさせているセブンスに向かって時雨悠人は口を開く。自分が意識を失う理由となった問題を口にした。
「その、トイレに行きたいです」
時雨悠人の発言の意味がわからなかったのか。いや、脳が理解したくなかったのか。セブンスは数秒じっと無表情でこちらを見つめていたが、やがて顔を赤くしながらワナワナと震え出す。
「ちょっと待って。殴るのはやめて。流石に死にかねない」
先ほど食堂でラプラスを吹き飛ばしたのと同様に、どこからともなく杖を取り出し、今度は自分に向かって振りかぶろうとするセブンスがいた。
横たわったまま逃げ場のない状態で、あのフルスイングを叩きつけられたら冗談抜きで命に関わる。
「っつ……! わかってる、わかってるから! そんな顔で訴えるな!」
セブンスは真っ赤な顔で葛藤していたが、やがて深々とため息をついて杖を消した。
一度深呼吸をしたセブンスは、覚悟を決めたような表情と共に時雨悠人の背中に手を差し込み、時雨悠人を抱え上げる。
スタスタと時雨悠人を目的地のトイレに運び、そのまま座らせる。
「終わったら、その……教えなさいよね」
「は、はい。頑張ります……」
ガチャンという音と共に扉がしまる。
時雨悠人は脂汗を流しながら、麻痺したような感覚の指先を必死に動かした。時間はかかったが、意地と執念でズボンと下着に手をかけ、なんとか自力で用を足すことに成功するのだった。
どこかでラプラスが観測して爆笑しているのではないか――そんなことを思うのであった。




