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第42話

 お久しぶりです。今話から第二章です。

 霧がかった港町の石畳を、青年たちが足早に歩いていた。街の建物は低く、港湾に絡む倉庫群の影が長く伸びている。春の気配は近いが、港から運ばれる潮風はどんより冷たかった。



「着いたな…」


 小さく呟くと、視界の端にちらりと警備兵の視線を感じた。倉庫の扉がきしむ音も、いつもより大きく聞こえる。

 最近お馴染みの死地だ。停戦交渉のため、帝国の港町に足を踏み入れる。戦役は我々の勝利に終わった。帝国はボロ負けだったのに、帝国が国家として認めるのは自国しかない。だから、こうして戦勝国の使者が敵地に赴かねばならない。


「警備は意外と少ないが、監視はあるな」


 随行するツァーリが低く囁く。ボロ負けした帝国軍総大将の一人で捕虜の立場だが、堂々とした態度だ。


「まぁそんな事より、ここで獲れるサバは美味いぞ?後で食ってみろ」

「あんまり余裕かましてると石投げられるぞ、総大将」

「元、だよ。今はか弱い難民さ」

「うーん、か弱いかなぁ?」

「難民を自称するあたり油断はないのね……」


 私の軽口にツァーリが軽妙に返し、フィオナとセレナが小声で感想を述べた。そう、ツァーリは映えある王国への亡命希望者一号にして、停戦交渉使節団の中核メンバーだ。既に外務官僚と言って差し支えないが、王国が国として承認されてない以上、まだ王国臣民とは名乗らないらしい。

 諜報部隊の幹部にして連絡役のジャックは視線を周囲に巡らせながら、小さく口を開く。


「目立った不審者はなし。昨日偵察した通り、表向きは平穏です」


 唇を読まれないようにジャックが言った。この町には何年も前から商人として諜報部隊、いわゆる草が潜り込んでいる。問題なく連携出来ているようだ。


「小勢で訪問したせいかしら。もっと威圧的かと思ったけれど」

 セレナが私のすぐ横で護衛の構えを崩さずに言い、静かに港の景色を見渡している。

 確かに案内兼監視の兵が多すぎないのは助かるが、これはこれで落ち着かないな。威圧どころか、普通なら中立国で交渉するはずなんだが……第三国が無いからな。鬼が出るか蛇が出るか、初手は愚痴で行ってみよう。


「本来なら出向く筋合いは無いんだがな。帝国の使者は捕虜の無条件解放しか要求してこない。話にならない」

「まぁ捕虜の勾留費用で破産寸前と思っているだろうからな。余裕な事だ」


 ツァーリが淡々と語るが、彼の無表情の仮面からは感情は読み取れない。事前の打ち合わせでは帝国の内情について随分と情報提供してくれた。感謝が絶えないが……今彼は何を思っているのだろうか。


 やがて港町の端に見えてきた小さな石造りの建物が、交渉の場となる場所だ。隠れる場所がない開けた場所に建つ様は孤立感があり寒々しい。否応なく皆の緊張感が高まっていく。

 扉の前で一度深く息を吸い、少し歩みを緩めた。


「さあ、始めるか」


 やる事は多い。王国の成立承認、捕虜や亡命希望者の処遇、賠償金……何年かかるか分からない。

 死地なのだ。使節団全員で生きて帰れるか分からないどころか、交渉を誤れば故郷が滅ぶ。一歩歩くごとに全身が鉛のように重くなっていく。故郷の皆の顔を思い出すと帰りたくなるが、そうもいかない……。



 付近には住民の姿はなく、波の音もほとんど消えた。静寂を破るのは、甲冑を鳴らす警備兵の足音だけだった。青年たちは不安と緊張を押し殺しながら、兵士が門番に取り次ぐ様子を無言で眺めていた。



 ***


 石造りの建物の扉がきしむ。少女は息を整え、使節団と共に談判室に足を踏み入れた。港町の寒気がそのまま残る室内は、薄暗く、壁には帝国旗が掛けられている。窓から差す光は冷たく、外の霧をそのまま閉じ込めたようだった。



 いよいよ交渉の場にたどり着いた。シュタイナー家の令嬢として貴族家の社交に同席したことはあるけれど、国家規模の交渉に参加するなんて……今でも信じられない。お父様に「勉強してきなさい、セレナ。ヴォルフ君を手助けするんだ」と言われたけれど、果たして務まるのか、不安で胸がざわつく。


 改めて室内を見る。大きな机と椅子が三つあるけれど、全て空席。中に居るのは官吏らしき人達と護衛だけ。


「ようこそお越し下さいました。尚書台にて外務を担当しております、トルベと申します」


 官吏らしき人が挨拶された。尚書台、つまり皇帝に仕える役人だから、まさに官吏。交渉相手は外務尚書、つまり外交のトップと聞いていたけれど……まだ来ていないみたい。


「ご丁寧に痛み入る。王国で宰相を務めているヴォルフガング・リヒターです」

「お噂はかねがね……アーセナル外務尚書は間も無くいらっしゃいますので、お掛けになってお待ち下さい」

「では、そうさせて貰おう」


 ヴォルフが鷹揚に返礼し、トルベ殿が応じる。帝国は使者を待たせて、元貴族家は王国を名乗る。トルベ殿は黙殺、ヴォルフは自然体。こんなのは序の口なのだろうけれど、一層空気が冷たく感じる。

 私とフィオナ、ジャックさんがヴォルフの後ろに控えると、ツァーリさんも腰掛けた。ヴォルフとトルベ殿の中間、机の横に置かれていた椅子だ。


「ははは、久しいなトルベ殿。西方の騎馬民族を躾けた戦以来じゃないか。その後も連中の窓口として敏腕を振るっていた貴殿とここで会えるとは」

「これも帝国臣民の勤めですからな。貴殿もご健勝のようで何よりだ、ツァーリ殿」

「貴殿もな。激務でやつれていないか心配だったぞ」


 驚いた事に二人は面識があるみたい。大敗した指揮官のツァーリさんに対しては和やかで、隔意は感じられない。あるいは表に出さないのだろう。そしてトルベ殿は騎馬民族との外交の実務経験があり、恐らく有能な官吏なのだとツァーリさんが言っている。


「何と、貴殿らは戦友であったか」

「うむ、リヒター殿。此奴のおかげで騎馬民族も大人しくなったものだ」

「いやいや、戦上手なツァーリ殿がいてこそですよ」

「ははは、そう言うな。俺は敗北し、今は捕虜の身だ」

「ふぅむ……勝敗は兵家の常ですからな」


 和やかな笑い声が響き渡っているけれど、息苦しいなぁ……。


「はっはっは!あの時騎馬民族の奇襲突撃を受けた時より肝の冷えた戦場だったよ」

「ははは……それほどとは」

「まったく、よく笑っていられますな。私は二度とツァーリ殿とは戦いたくありませんよ」


 みんな微笑んでるけど、この人たち息苦しくないのかな?

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