第41話:挿絵追加
辺りを闇が覆う中、王城の居室にて青年の個別面談が行われていた。青年に相対している捕虜は彼の目的を探るべく、冷徹に見返していた。
「すっかり日も暮れてしまいましたね。こんな時間にすみません」
「構わぬ。俺も君と話したかったところだ」
ヴォルフは護衛も伴わず一人で現れた。俺も高級将校捕虜として扱われている為、お互いに帯剣している。アレは刀か?珍しい武器を持っているな。カエサル皇子が作らせた物だと聞いていたが、連合王国にもあったのか。
「先程までティーゲル殿とお話していましてね。とても有意義でした」
「そうかね。俺も同席したかったよ」
初手から揺さぶってくるな。あるいはブラフかもしれんが。
「それはまたの機会にて。ところで、ツァーリ殿」
「ふむ?」
「あなたは私が生まれたくらいの頃から、賊や叛乱軍閥の討伐に各個撃破戦術を採用していましたね?」
「うん?まぁ、確かにそうだが……」
何が飛び出すかと身構えていたが、俺の昔話を聞きたいのか?
「当時既に戦乱の世だったとは言え、戦術論は未発達だったのではないかと思います。どの様に各個撃破戦術を考案されたのでしょうか?」
「そうだな……当時はやっと、戦力は集中運用した方が強い事が一般的に知られ始めていてな。拠点防衛の為に戦力を分散させるより、まとめた軍勢で敵軍を粉砕して安全を確保しようと考えたのだよ」
「左様で。さながら機動防御戦術です。戦力を硬直させず、時間単位で戦力配置を評価して運用したのですね」
「分かるかね。当時の俺はそんな明確な理由で採用していた訳では無いがな」
驚いたな。随分戦史研究に打ち込んだのか、傅役が優秀なのか。俺の戦闘記録をよく知っているらしい。
「課題分割能力は、軍事分野ではとりわけ重要です。ですが実際にウェーブレット変換的に時間毎の戦闘力を変化量と共に評価するのは困難です」
「ウェーブ?まぁ、結局のところ未来は分からぬしな。彼我の戦力配置を予想に基づいて操作するのは、恐ろしくもあり楽しかったな」
何だか分からない単語が飛び出してきたが、俺は何かを試されたのか?攻められていない拠点の戦力は遊兵で、つまり戦力として機能していない。下手に分散するより、まとまった戦力で決戦して粉砕した方が良い。かつて現実の見えない指揮官は俺の戦術を理解出来ずに文句を宣ったものだ。平時の指揮官ならばあの様なボンクラでも問題無かっただろうが、俺は生き残り、奴らは戦死した。
「楽しかったとは、とんでもない胆力ですな。賊討伐の時にあなたが率いていた主力部隊は転戦を繰り返していましたが、連戦による疲労や行軍の負担も、まとまった戦力による連勝で士気を維持して賄ったのですね」
「分かってくれるかね。実際は綱渡りだったがな……君こそ、道もない山中を行軍して敵中に孤立するような作戦をよく実現したものだよ。まるで戦争の申し子だな」
「誰も信じてくれないのですが、私は戦いや戦争を好みません」
「そうよな。戦争してるより旨い飯のレシピでも考えていた方が楽しいしな」
「全くです。そういえば、軍の食事はどうされていました?補給は安定していましたか?」
「帝国軍は基本的に乾燥肉や穀物の支給が基本だな。だが、それだけでは士気が落ちる。俺は時々、部隊にまともな飯を作らせていた」
「なるほど、私も兵站の改善には力を入れました。せっかくですし、今日はその成果を披露しましょう。白米を使ったチャーハンなど如何です?」
どうにも毒気が抜けるな。さて、本題は何だ?
***
「すまない、少し厨房を借りるぞ」
「さ、宰相閣下!?いったい何が?」
「ツァーリ殿に晩餐を振る舞おうと思ってな。こちらが帝国征西大将軍のツァーリ殿だ飯を振る舞うと言ったらついて来た」
「今は敗軍の捕虜だがな。忙しいところすまないな、諸君」
「つ、ついて来た?……今度は何を作るんです?ヴォルフ様」
「チャーハンと焼きおにぎりだ。白米は炊いてあるか?」
調理場の男たちが顔を見合わせているが、調理場の連中の反応は様々だな。慣れた様子のヤツはリヒター家から連れて来たのかもしれん。
「ネギや玉ねぎがあれば用意してくれ。卵もあるな?鶏ガラやブイヨンがあれば分けてくれ」
「はいよぉ。あ、今日は椎茸もありますけど」
「助かる、それも頼む」
手を洗って来たヴォルフがネギ類を刻み始める。それにしても……。
「手慣れた様子だな?」
「たまに気晴らしがてらに出入りしてまして」
「まぁ、戦争よりよほど楽しいな」
「全くです」
厨房の連中も遠巻きに見ているな。少し外して俺も手を洗い、戻ってきた。
「俺も手伝うか。この卵はどうする?」
「えっ、ヴォルフ様?」
「助かります。割って溶いて頂ければ」
「うむ。しかし卵が豊富にあるのだな」
「滋養に富んでいますから、養鶏を強く推奨しています。卵を溶いたら、少量の出汁を入れてください」
「ふむ?スープを混ぜるのか?」
「はい。旨味が増しますし、仕上がりもふんわりします」
宰相が自ら厨房に立つのはもはや驚かないが、まさか敵将と一緒に調理をするとは。中には興味津々といった顔をしている者もいる。しかし妙なものだ。敵国の宰相と料理をするなど考えたこともなかったが……この手際はなかなかどうして、見ていて楽しいな。ところで先程からゴツい鉄鍋が竈で熱せられているが、焼き料理にスープを使うのか?何を作る気だ?
「鉄の生産が安定したおかげで、こうした鉄鍋も普及してきました。炒め物には欠かせませんね」
「燃えそうなほど熱してないか?」
「そのギリギリがチャーハンの真髄です。ここからはスピード勝負ですね」
鉄鍋が十分に熱せられたところで、ヴォルフは手早く油を回し、刻んだネギ類と椎茸、卵を一気に流し込んだ。シュウッと弾ける音とともに、香ばしい湯気が立ちのぼる。そうして軽くかき混ぜて鍋をふるい、今度は炊いた白米と少量のスープもぶち込んで激しくふるい、かき混ぜ、炒めていく。確かにこれはスピード勝負だな。そして塩を振りかけ、謎の黒い液体を縁に回しかけると暴力的に美味そうな香りが広がった。やがて出来上がったチャーハンは、黄金色の卵が白米に絡み、ツヤツヤと光っている。
「よし、こんな物でしょう。すまないがティーゲル殿のところにも持って行ってくれ。セレナも居るはずだから二人前頼む」
「はっ」
「あと適当な汁物も頼む。私はツァーリ殿の居室に戻るから、焼きおにぎりを作って持って来てくれ」
「承知しました」
「余ったチャーハンは食べて構わないぞ」
***
「これは、旨いな」
「それは何よりです」
「なるほど、あの火力は汁気を飛ばす為のものか」
「はい。それでいて、水と混ざらない油が食材を覆い、卵が熱凝固してさらに覆い、水分や旨みを閉じ込めます。これが炒め物の真髄で、野菜の水分を損なわずに温かく食す調理法ですね」
「奥が深いのだな……」
調理法ひとつ取っても、細かく分析しているな。課題分割がどうのと言っていたが……戦術論もこのように出来上がるのだろう。要素を分割する事で、誰にでも理解出来るようになれる。
「ところで、我が国では学校教育制度を導入していましてね」
「……ふむ」
寒気がする。
「私が本日述べた程度の事は誰でも学んでいます」
「……!」
「既に大学一期生が官僚として働き出していますし、我が国を支える人材の中には私が鍛えた者達も居ます」
「……その様な高度な知識を民衆が理解出来るとでも?」
「全員ではありませんが、適切に教育すれば概ね習得しますね」
「馬鹿な……」
そんな事があり得るのか?だが、戦術論にせよ、調理法にせよ、分割して考えれば書物ひとつで済む……のか?
「勿論読み書き算術も誰もが習えます。残念ながら、未だ国民全員には施せてはいませんけれど」
「……」
戦慄する。この国は__。
「ご自身を売り込むのでしたら、早い方が良いですよ」
夜が更けていく。
挿絵追加しました。ボツ画像集が出来そうな中マシだった一枚です。ツァーリ将軍若作りですね。




