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第38話:挿絵あり

 青年と捕虜達の視察が続く中、捕虜の一人である老将は表面上は冷静ながらも、恐怖し、混乱し、戦慄していた。

 

 

 この男は何者なのだ?儂が知る五歳の彼は、確かに聡明な子だった。だが、彼の言う事が事実ならばその頃から水田稲作を始めていたという事だ。だが、水田稲作という農法は儂すら聞いた事が無い。元々稲は雪の降らない地域の沼地や氾濫原で栽培されていたはず。帝国の主要作物は小麦だし、かつてのリヒター子爵家もそうだった筈……儂が考えを巡らせている間も若人達の会話は続く。


「まぁ王配問題は置いておこう。女王陛下の兄君が実は生きていて潜伏している可能性もあるしな」

「確かにねぇ。それならレアンドラちゃんも、ヴォルフくんも気楽になれるね」

「そうだな。権力争いなど放り投げてのんびりしたいものだ」

「貴様ら……貴族の責務を何だと……」

「それは勿論果たしますが、王配だ宰相だというのは私には荷が重いです。可及的速やかに隠居したいですね」

『……』


 この男には権力欲が無いのか?何を以て価値を見出すのか。やはり異質、あまりに異常だ。教え子達に未知の恐怖を語り、情報収集の大事さを説いてきた儂が子どもの様に恐怖している。この儂が何に恐怖しているのか、皆目見当もつかぬ。こうした恐怖はユアン君も感じておろうが、ツァーリ君は何処か楽しそうだな。


「はっはっは!本当に口の減らぬヤツだな!位人臣を極めようとは思わんのか?」

「そんな物はなりたい連中に任せれば良いでしょう」

「私も昨日聞きましたけれど、母君のマリア様はヴォルフが何もしたくないって言ってたと仰られてましたよ」

「そうそう、何もしない為なら何でもするって」

「その通りです。早く隠居して茶飲み爺いにでもなりたいものですね」

「……おじいさんになるまでは働くの?」

「まぁ、働けるうちは働かねば民に申し訳ないしな」

『……』


 コイツはもしかすると馬鹿なのか?勤勉なのは建前上美徳とされるが、この様子は本気にも見える。賄賂を受け取らねば指先一つ動かさない帝国貴族達の記憶が蘇がえる……キレた儂が賄賂を拒否したら処刑されそうになったものだけれど、苦い記憶じゃなぁ。思い返していると、街道整備の賦役を眺めながらヴォルフガング君がぼやいた。


「……アスファルトが有れば舗装道路が作れるのだけどな」

「アスファルト?」

「あー、何というか……粘土より粘っこい石みたいな油みたいなヤツだ」

「あなたが懸賞金をかけているヤツね。燃える石や水に、ドロドロした油だっけ?」

「泥炭、燃える泥は見つかったが、石油は多分未だ存在しないな。そういう世界なのだろう」

「ふーん?」


 燃える石や水。カエサル皇子が懸賞金を以て探している物の一つだ。未だ存在しない?どういう事だ。


「無い物はどうしようもないしな……幸い生育の早い謎オークはあるし、木炭を主要燃料として製鉄は可能だ。元シュタイナー家の沿岸地域で露天掘り出来るおかげで、製鉄に困らないのは助かる」

「うーん、ウチで鉄鉱石はよく採れるけど、リヒター家の製鉄技術ありきじゃない?」

「あれは驚いた。テキトーに命じたら高炉とか作ってたし、コークス無しに実現するとは思わなかったよ。謎オークの植林は国家事業にせねばなるまい」


 何の話だ。何の話なんだ……鉄鉱石は沿岸にありふれた鉱物だが、砂鉄と比べると価値は低いし、高品質な製鉄には不向きだ。カエサル皇子がたたら製鉄を導入して高品質な鉄が得られるようになったが、砂鉄ではなく鉄鉱石から品質の良い鉄が得られるのか?皇子もコークスが有ればと仰られていたが……。


「ヴォルフガング君、コウロとは何か?」

「すみません、最高機密なもので」

「その割に色々教えてくれているが、君は帝国の技術を歯牙にもかけぬのか?」

「そうではありませんが……どうせその内辿り着きますから、あまり秘匿する意味を感じません。しかしながら、殊更に明かす物でもありませんし」


 何なのだ、此奴は……何者なのだ、此奴は。気がつけば、そのまま問うていた。


「……貴様、何者だ?」

「私はヴォルフガング・リヒターです。私も幾度も問いましたが、何度問うても答えは見つかりませんでした」

「そうか……」


 かつての記憶が蘇る。クリストフとマリアが言っていた。この子は聡明だが、私の子だと。この子は理解が及ばない。この子を止める事は出来ない。この子は、誰にも止められないし、もし止めるならば殺すしかない。こんなに無垢な笑顔を向ける子を、殺せるとは思えないと。


「そもそも問える知性自体が恐らく後付けです。自由選択の起源はアミノ酸や有機物による、都合の悪い選択を避ける悪感情でしょう。素粒子の分布確率のように選択させられる確率よりは好ましいですが」


 意味が分からない。あるいは、儂は意味を理解したくないのか?分からない物をどう考えろというのだ。今彼が浮かべる表情は、かつての無垢な笑顔と重なる。無垢な笑顔と、今の悟ったような苦笑は同じものなのか?


「つまりどういう事なのかね?」

「諸説ありますが、我々が感じる自由意志は錯覚と思われます。とは言え、我々の下した選択は定められた運命ではないでしょう。数多の可能性の末に生まれた奇跡で、唯一無二の物です。諸行は無常ですね」

「諸行無常か……」


挿絵(By みてみん)


 諸行無常。この言葉は知っていたが、考えさせられたのは始めてか……?いや、この言葉は何処で聞いた?今か?かつてのいつぞやか?


「はい、諸行は無常にして、二度と同じ瞬間は訪れず、得られません。だから頑張る理由となります」

『……』


 何なのだ。この若者は儂に説うているのか。この若者は明らかに異常で異質だ。かつて幼子だった彼は、確かに聡明だった。そんな事はどうでもいい、彼はその当時から__。


「何はともあれ、自由意志が何処に在るのかは考えない方が健全でしょう。そんな物を考えずとも、我々はとっくに存在させられていますし」

『……』



 老将は、戦慄しながら絶句していた。

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