第37話:挿絵あり
よく晴れた戦場跡地にて、青年と捕虜達の視察が続いている。捕虜の一人は、青年の話す内容がいつしか楽しみになってきていた。
しかし強烈だった。ユアンの拠り所であるシャーリー家が滅び、それがユアンのせいだと思わせるとは……コイツは可能性の話をしたに過ぎんが、中々悪辣な話術よな。まぁ失脚がほぼ確実な大敗北を喫した俺達や派閥関係者がどうなるかは分かりきった事だが。
「続いてこちらでは、道の整備を行っています。少し掘り下げて砕石と砂利を敷き、側溝を掘ってぬかるみにくい道としています。戦象には寒い環境ですが、服を着せて協力してもらってます」
「道か……侵略軍も進軍しやすくなるが、良いのか?」
「そこは明かせませんが、試しに攻め込んだりはしないで頂きたく」
道の整備を捕虜に見られても問題無いと言うのか?底知れぬ男だ。
「また、川沿いも整備します。蛇行した川を真っ直ぐにして堤防を築き、これと繋げて街道とします」
「途方もない計画じゃな……成程、捕虜は何人いても足りぬのか」
「はい、捕虜や戦象等の労働力確保についてだけは、この戦役が役立っています」
やめろ、これ以上ユアンに追撃……してる訳ではないのだろうな。このヴォルフという男は虚勢を張るタイプではあるまいし、嗜虐性も見受けられない。つまり、この視察を通じて俺らに敗北感を植え付けたいのではないだろう。情報操作を図っている可能性はあるが、ここまで明け透けに視察させるのは、相当な余裕と自信があるのか。
「また、畑と畦道は歪曲させず、四角形を基本とします。大豆や大麦、カブ等を植えて土壌を整え、稲作用の水田とする予定ですね」
「ヴォルフくん水田好きだよねぇ」
「カエルがうるさい以外の弱点が無いからな」
「そうなのか?」
「はい、単位面積あたりの稲収穫量は小麦の百五十%に及びます。水路の整備や植え方等手間はかかりますが、連作障害が殆ど起きないので、実質的な収穫量は二倍と言っても過言ではないでしょう」
「そこまで違うのか……捕虜の食糧もそうして用意したのじゃな」
「はい、周囲の反対を押し切って備蓄を強行していました」
何というヤツだ。一体いつから準備していたんだ?流石に師匠も驚きを隠せないようだ。すると、憔悴しきったユアンが質問する。
「貴様はいつから準備していたんだ……?」
「十年くらい前だと思います。帝国による公爵領への調略が進み、帝国あるいは公爵家を明確な仮想敵と定義したのがそのくらいの時期ですね」
「……ヴォルフガング君は十九歳だったな?」
「はい。あ、準備が水田稲作の事も指すのでしたら十四年くらい前から拡げていたと思います」
『……』
思わず絶句していると、セレナ嬢が苦笑しながら言った。
「信じられないと思いますけれど、本当らしいです。彼は子どもの頃から傅役を連れ回して、まさにやりたい放題でしたよ」
「カーティスには苦労をかけたな……そろそろ隠居させてやりたいが」
「いやぁ、あの人は簡単には隠居しないよ」
「なんだか知らぬが、傅役殿は相当苦労している様子じゃな」
南無、カーティス殿。それにしても、俺達が戦った相手は化け物と呼ぶにも生ぬるいな。こんなヤツを相手取って勝てるのだろうか。かつて敗北を悟った時はどう選択しても勝ち筋が無いと絶望したものだ。兵站が断たれて持久戦が出来ず、撤退すれば追撃を受けると予想し、城を攻めたが落せず包囲攻撃された。多量の捕虜で兵站を圧迫しようと思って降伏したが、却って労働力を提供する事になるとは。回想していると、ティーゲル先生が質問を続ける。
「ふぅむ、ところでヴォルフガング君、稲作を推奨する理由は他にもあるのかね?」
「はい、製粉せずとも脱穀して炊き込むだけで食せたり、アミノ酸やビタミン等の滋養も優れています。玄米の消化は必ずしも良くありませんが、その分腹持ちが良いですね。また、精米した白米は滋養こそ落ちますが消化が良くなります」
「アミノサンやビタミン?」
「まぁ人体に必須ながら食べないと得られない滋養です。肉類にも豊富に含まれますね」
「ふむ、貴族の体格が良いのはその為なのか?」
「そうですね、肉類は特に人体を構成する滋養が豊富です。多く食べられる貴族関係者や、猟師たちも同様でしょう。玄米も穀物の中では豊富に含まれますので、連合王国の民達も体格が良くなるかもしれませんね」
「兵卒一人一人の膂力が貴族並みになりかねんのか……儂には想像も出来ん世界だよ」
無理だろ。こんなもんどうやって勝つんだ?帝国の歴史は千年とされているが、長い分保守派層の影響力が強い。俺のような革新的な考えは排斥されがちだった。戦力を集中し、高い機動力で連戦する各個撃破戦術は中々受け入れられず、俺がまとまった軍勢を率いるまでは試す事すら出来なかった。だがコイツはどうだ?政略、戦略、戦術のどれを取っても全く自重していない。一体今後どうなっていくのか、全く読めん。そして先生がなおも質問を続ける。情報収集に余念が無いな。
「ところで、この国は連合王国と言っていたが……公爵家、伯爵家、子爵家の連合王朝なのかね?」
「はい、公爵家唯一の生き残りであるレアンドラ女王陛下を初代元首とし、マーガトロイド家を王家、シュタイナー家とリヒター家を公爵家としようかなと考えています」
「貴様、王家や公爵家を自称するなど……」
「帝国もここまで明確に反逆されると、どう反応するか分からんな……」
「そうなのです。捕虜返還や国家樹立を認めさせるやら、賠償金や貿易協定等、外交交渉を考えると果てしないですよ」
「……ヴォルフ、あなた外交交渉まで自分でやる気?」
「私は連合王国宰相兼外務尚書兼国軍大将だからな。私が行かねばなるまい」
「貴様、本当に宰相だったどころか、そんな重鎮なのか……」
ユアンも元気無くなってきたな。俺も似たような物だろうが……建国の英雄はこういうヤツを指すのだろうか。だがセレナ嬢は心配そうだ。婚約者が敵国に使者として赴くのは認め難いだろうな……あるいは、ルーブル殿と一騎討ちするようなヤツには慣れられるのだろうか。
「……危険じゃないの?いい加減安全に気を配ってくれない?」
「危険だが、戦闘能力を鑑みると私が一番安全だからな……」
「セレナちゃんも大変だよねぇ……」
まぁ慣れられる訳ないわな。この様子では、クリストフやマリアも胃が穴だらけではないかな。先生が引き続き情報収集を行っている。
「しかしマーガトロイド公爵家の生き残りはレアンドラ君しか居ないのか……」
「他の方々は敗死したと伺っていますが、厳密には行方不明と言って差し支え無いですね」
ふむ?嫡男のアドリアン殿は捕らえて軟禁していたはずだが、行方不明か……まさか葬ったのか?女王を傀儡としたのか、王配として君臨するつもりなのか?これは探らねばなるまい。
「しかし、女王陛下の王配を争いは苛烈な物になりそうだな」
「そうじゃな……まだ十四歳と聞いているが、お辛い事にならなければ良いが」
「頭の痛い問題です。独身で適齢期の貴族出身者が私しかおらず、心底困っています」
「あなたは私の婚約者だけれど、レアンドラちゃんやフィオナちゃんも慕っているからね……」
「セレナちゃん!?」
「……私のような危なっかしい男の何処を慕っているのかね。今の立場ですら面倒なんだが、王配になどなったら家出するぞ」
「うーん、駆け落ちか……」
「良いよねぇ、逃避行って」
「お主ら、国を滅ぼす気か?」
捕虜達はそれぞれの思惑で情報収集に努めていた。




