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第36話:挿絵あり

 早朝の王都にて、帝国名門家の御曹司は捕虜の身でありながら視察の許可が出た事に驚いていた。そして、今まさに更なる驚きに見舞われていた。

 


「本日案内役を務める連合王国宰相のヴォルフガング・リヒターです。帝国でもご高明なお三方にお会い出来て光栄です」

『……』


 昨日の会合の後、ティーゲル先生が視察を要請した翌日朝に受諾されたと思えば、城門で鉢合わせた若い男は案内役にして宰相だと宣っている。それにリヒターと言えばツァーリの同級生にして、帝国に反旗を翻したリヒター子爵家のことか?

 それにしても、宰相だと?よもや私はこの若造に敗れたと言うのか?老練な策略家でも明らかな名門でもない、地方軍閥の関係者に敗れたのか?いや、この若造が本当に宰相だとは限らないし、まして反乱軍の指揮を摂っていたとは思えないが……暫し無言でいた恩師が、躊躇いながらも口を開いた。


「……ヴォルフガング君か。大きくなったな」

「おかげさまで。幾度か死ぬかと思いましたが、何とか生きながらえています」

「儂もだよ。お互い、生きながらえたのは幸運だったのだろう」


 まずは軽い挨拶か。師と旧知なのであれば、教え子であるクリストフ・リヒターの嫡男という事だろう。ツァーリも同じ結論に至ったようだ。


「クリストフとマリアの子か……それならば、あの戦場での暴れぶりも多少は納得出来るな」

「貴方がツァーリ殿ですか。おかげさまで、我々は危うく滅ぶところでした」

「ぬかせ。今は俺が滅びそうだよ」

「少なくとも今は生きています。お互い幸運だったのでしょう」


 どうにも飄々としていて調子が狂う。微笑みを浮かべるこの若者が噂の白髪の化け物なのだろうが……ルーブル殿と互角に打ち合ったとは思えないほど穏やかだし、皮肉げな発言とは裏腹に、何故か邪気が感じにくい。とはいえ絆される訳にはいかん。私は帝国名門シャーリー家の出なのだから。


「宰相殿直々の対応に感謝する。そちらの美しいお嬢さん方といい、お若いですな」

「何分人手不足な国でして。申し遅れましたが、こちらは秘書官のセレナと護衛のフィオナです」

「秘書官のセレナ・シュタイナーです。お会いできて光栄です」

「護衛官のフィオナです。よろしくお願いします」


 ふむ、お嬢さん方は少し緊張しているようだ。もっとも、この若さで帝国の名家や重鎮に相対した時の反応としてはこれが自然だろう。


「セレナ君か、綺麗になったな。昨日父君に聞いたが、ヴォルフガング君と婚約したそうだな」

「はい、おかげさまで。この非常時でなければ彼は承服しなかったと思います」

「……あれは参ったよ」

「そうなのか!それもじっくり聞いてみたいものだよ」


 セレナ嬢が満開の薔薇のような笑顔で言う。アマデウスといい、彼女らの様子からは化け物に対する隔意は感じられない。あるいは水攻めや兵站攻撃の為に村落破壊を主導したのは別な人物なのだろうか。直接聞いてみるべきか……そう考えていると、ヴォルフが私に声をかけてきた。


「そして、貴方がユアン殿ですな。名門シャーリー家のご出身でしたね。貴方の堅実な進軍と野戦築城には手を焼きました。一手間違えたら滅ぶところでしたよ」


 でした?私は今も帝国名門のシャーリー家の人間だ!苛立ちが募るが、腹の底に抑えて無表情を貫く。師も無表情だが、ツァーリは朗らかだ。よもやこいつは帝国を見限ったのか?なおもツァーリとヴォルフの会話は続く。


「そうなのか?」

「はい、ツァーリ殿。ユアン殿が整備した兵站路はガチガチに固められていました。恐らく、彼が治める地域の山賊は確実に飢え死にしますな」

「ははは!堅実なユアンらしいな」

「ツァーリ殿の苛烈な攻め手にも手を焼きましたよ。まさかあれだけ強行軍で駆けつけてもギリギリだとは」

「あの時は大変だったねぇ……」

「あれだけ好き放題暴れ回ってよく言うわ」


 こちらが必死に敗戦の責任と帰国後の立場を案じているというのに、こいつはどこまでも飄々としている。無様に敗北して降伏した私に手を焼いただと?帝国の名門出の私が、若造の前で哀れな敗者を演じているようで無性に腹立たしい。


「いいえ、あの様に暴れ回らねば滅ぶほど追い込まれていたのです。兵站拠点を破壊された軍勢の士気を維持させるなど狂気の沙汰でしょう。本当にギリギリでした」

「お主らこそ正気の沙汰ではあるまい。道すらない山中を行軍して後方に躍り出たのだろう?」

「……崖を転げ落ちながら行軍したわね」

「だから着いてくるなと言っただろう」


 後方からツァーリの軍勢に殺到した白馬を駆る白髪の化け物。この物言いとツァーリの証言を鑑みると、この若造が後方を襲撃した別動隊の指揮官なのだろう。物資の運搬もままならない山中を行軍したのなら、山中の村落を懐柔して補給を受けたのか、予め物資を用意していたのか、あるいはその両方か……いずれにせよ、当時他領だった地域に対して工作していたというのか?思わず戦慄する。そんな事があり得るのだろうか。


「しかしヴォルフガング君、あの軍勢は道なき山中を行軍して来たとは思えぬ士気の高さだったがね」

「退路の無い軍勢は、瞬間的に高い士気を発揮します」

「あぁ、あなたは敵軍を粉砕して前に向かって退却するとか言ってたわね」

「ヴォルフくんは大真面目に言ってたねぇ」

「うぅむ……無茶苦茶だが、理にはかなっているのか……?」


 どんな統率能力だ?わざわざ敵中に孤立しに行く狂人に従うとは、兵卒それぞれが狂っているのだろうか……。この若造はこの若さで、こんな作戦を実行するカリスマを持っているのか?あるいは地方軍閥ではリヒター子爵家の威光が名門家並みに働くのか?


「しかし、ユアン殿には通用しませんでした。山中の村落を要塞化して駐屯兵を配置されては、規模の大きい別動隊による浸透作戦は不可能です」

「貴殿らは小勢でも充分後方を荒らし回ってくれたよ」

「それでも微々たる効果だったのではないですか?私も襲撃に参加しましたが、気分はしがない山賊でした」

「はっはっは!宰相が山賊気分か!」

「国が滅んでも山賊になれば食いっぱぐれる事はなさそうです」

「やめてよ。国が滅んだら婚約はどうなるの?」

「セレナを誘拐する」

「……山賊のお嫁さんはイヤ」

「まぁ私も嫌だな」


 朗らかな会話が続く中、戦時中を振り返る。参謀のフェーンも言っていたが、ツァーリが敗北したのは後方に現れた別動隊のせいだと結論づけて進軍した。凄まじい困難を伴ったが、手を抜けば私も後方を遮断されていたのだろう。思い返すと、進軍途上の街や村落が徹底的に破壊された痛ましい光景が蘇る。この若造が指揮官ならば、あの惨状を作り出したのもこいつなのか?切り出す事にする。


「私も好き好んであの様な行軍をした訳ではない。貴殿らが進軍路の街や村落を完全に破壊し、井戸に毒まで仕込まれては迅速な行軍など出来なかったからな。山中の警戒はついでだよ」

「焦土作戦は私も不本意でしたが、大規模征伐軍に対抗するには他に手段がありませんでしたから」

「焦土か……言い得ているが、何と冷酷な……」


 こいつは何とあっさりと言ってのけるのか。私はあの地獄のような戦場を渡り歩き、補給が途絶えぬように凍えながら兵を鼓舞し、それでも敗れた。だというのに、こいつはまるで 「少し面倒な策を採ったが、仕方なかった」 とでも言いたげではないか。

 ならば私の苦労は何だった?私が率いた精鋭たちの死は何だった?

 ……負けた者の嘆きなど、こいつには何の意味も持たないというのか?


「見事なものよな、これも武略か。俺が負けたのも道理だな」

「いいえ、勝敗は兵家の常です。あれだけ準備してなお我々の勝ち筋は極めて限られていました」

「言いよるわ」


 まるで、私が負けることが必然だったかのような口ぶりではないか。そんなはずがない。私は帝国名門シャーリー家の出なのだぞ?地方軍閥の若造に負けるなど、あってはならんことだ……!

 だが、事実として私はここにいる。

 捕虜として、こいつに案内され、敗者として敗戦の地を踏みしめている。

 これほどの屈辱を覚えたのは初めてだ。



 ***



 そうして屈辱感を抑えながら視察を続け、遂に私が敗北した地にやってきた。反乱軍の城砦城壁に登ると、水攻めで荒れ果てた戦場跡地が見渡せる。眼下では帝国軍の捕虜だけでなく、反乱軍らしき人々や民たちも労役に就いて水路を掘っている。連れて来た戦象も働いているのを見ると、尚更怒りを助長させられる。


「ご覧の有様です。ユアン殿は最も手強い敵の一人でした。水攻めは最終手段でしたが、選択せざるを得ず……ここら一帯のインフラを完全に破壊する事になりました」

「ほう?俺とユアンではどちらが手強かったんだ?」


 ツァーリの問いにヴォルフは少し考え込み、やがて静かに口を開いた。


「……戦場で脅威だったのはユアン殿ですが、国家としての脅威はツァーリ殿でしたね」

「ヴォルフガング君はどうしてそう思ったのかね?」

「ツァーリ殿の選択傾向は状況に対して柔軟で適応的でした。補給を断たれて退却せず城に攻めかかるような指揮官とは二度と敵対したくありません。ユアン殿の堅実な攻め手も私の選択肢を奪いさるものでした。色々準備しましたが、遂に水攻め以外の選択肢を失いました。やはり貴方たちとは二度と敵対したくないです」

「ふっはっは!口の減らんヤツだ!流石はクリストフの子だな!」


 くそっ!この私が戦術上の脅威でしかないとでも言うのか!?名門貴族家シャーリー家出身の私が戦略階梯の人物ではないと?私をどこまで愚弄する気だ!?


「ふむ、君は焦土作戦や水攻めか不本意だったのか?」

「全く不本意です。復興の手間を考えると絶望ものですよ」

「復興……出来るのかね?」

「必ずします。本日ご覧頂いた通り、文官たちを含めて絶望的な仕事量となっていますが……誰も諦めていないはずです。多分恐らく」

「ギリギリですけれどね。兄上もなんだかんだで過労死してませんから」

「ヴォルフくんは食糧や薪も充分用意してるから、捕虜さんたちの処遇も安心していーですよ」

「おかげで死ぬほど忙しいがな。やたら生育の早い謎オークの木や水田稲作成功に助けられたよ」

「とんでもないな……戦闘指揮だけでなく政略にも通じているのかね?」

「おかげさまで、両親があんな感じなので色々出来ます。戦闘指揮より、農業や商いの方が余程楽しいですよ」


 ヴォルフはふっと笑みを浮かべて言った。その言葉に、思わず反応してしまう。


「……貴様、戦争を何だと思っている」

「生存圏確保の手段ですよ?」


 あまりにも平然とした声だった。まるで、戦争が 「生活の一環」であるかのような口ぶりだ。


「帝国は進出を続けていたでしょう?我々が生き延びるには、帝国の支配を脱して健全な市場を守らねばなりません」


「市場、だと……?」


「ええ。国家というのは、結局のところ経済圏の維持、拡大のために存在するものです。帝国が市場を支配し続けるならば、私たちはどこかで食い扶持を確保しなければなりません。軍事衝突は避けたかったですが……ユアン殿やツァーリ殿が、あまりにも強すぎたので」


ヴォルフは肩をすくめる。


「仕方なく、焦土作戦や水攻めに踏み切ることになりました」


 ……仕方なく、だと?


 あの地獄のような戦場を渡り歩き、兵を鼓舞し、屍を積み上げながら戦ったこの私が……「市場の奪い合い」の 『ついで』 に粉砕されたというのか!?


「馬鹿な……戦争は、そんなものではない……!」


 そう呟いた私を見て、ヴォルフは静かに首を傾げた。


「では、戦争とは何なのですか?」

「それは……国家の威信をかけ……」

「その威信を、民は食べられますか?」


 言葉に詰まる。


「貴族の誇りは、民の税収になりますか?名門の血統は、農地を耕しますか?今の帝国の威光は、民たちの生存を保証しますか?」


「ぐ……っ」

「ユアン殿は、戦術家として見事な手腕を発揮しました。ですが 国家を守るための戦いではなく、国家の論理に縛られた戦いをしたのではありませんか?」


「……っ!」


 ヴォルフは、悠然と眼下の風景を見渡した。


「私たちは、生き延びるために戦いました。民のために、生活のために。あなたが守ろうとした『帝国の威信』は、誰のためのものでしたか?」


 心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。


 私は、何のために戦った?


「……シャーリー家のため、だ」

「なるほど。ではシャーリー家の名が存続する限り、ユアン殿の戦いには意味があったのですね」

「……」

「そのシャーリー家、今も健在でしょうか?」


 呼吸が止まる。


 ヴォルフは、こちらを振り返らないまま淡々と続けた。


「名門貴族の家柄に殉じた結果、その家が存続していなければ、それは単なる無意味な死です。貴方がたの敗北を帝国は責めるでしょうし、その後貴方達の関係者の立場がどうなるか」


 指先が震える。帝国の名門シャーリー家のために戦った。しかし、そのシャーリー家は……?


「ユアン殿、貴方の戦いは無意味ではなかったと信じています。でも、それを証明するのは……これからの貴方自身です」


 ヴォルフはそう言い残し、ひらりと踵を返す。


 私の中で、何かが崩れ落ちていく。


「私は……」


挿絵(By みてみん)


 守りたかったものが、まだあるのかすら分からない。帰るべき帝国で、私は まだ『貴族』でいられるのか?


 わからない。

 何も、わからない。



 帝国名門家の御曹司は怒りと屈辱に塗れ、静かに震えていた。

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