第31話:挿絵あり
冬晴れのお昼時、各所で炊煙がうねりながら昇っている。いつくか建てられた天幕の一つで、青年たちと年若い捕虜による異様な会食が始まろうとしている。
「さて、みんな手は洗ったか?ナイフとフォークを使ってもよいし、手掴みでも構わない。好きなように食べるといい」
「おにぎり美味しいよね〜」
『……』
うん、フィオナが食べやすい空気を作ろうとしているが、捕虜達はガチガチに緊張してるな。まぁ敵国の司令官との会食など、罰ゲームにも程があろうよ。
「先に伝えた通り、これが水田稲作で作った穀物を脱穀して炊き込み、握り固めた握り飯だ。栄養、各種滋養に富んでいる優れものだよ」
「は、はい……頂きます」
「ふん……」
「お、美味いな」
「うーん、俺はパンの方が好きかな」
おずおずと食べ始める捕虜達。貴公子然とした奴だけは憮然としながら黙々と食べているが……いや、皆徐々に食べる勢いが良くなっていくな。ふと、お上品にナイフとフォークで食べているセレナが問いかけてくる。
「……ところで、ヴォルフは何故こんなに水田稲作を推奨しているの?この辺は元々麦畑だったらしいけど、水田として整備するのでしょう?」
「ゆくゆくはな。水田稲作はもの凄い手間がかかるが、収穫量が多いし連作障害もほとんどない。水路の整備が可能な地域はなるべく導入しようと考えている」
「そ、そうなんですか!?」
「お、おいアドルフ……」
お、捕虜が一人食い付いたな。アドルフ君か、確か水田稲作に興味を持っていた男の子だ。
「そうだ。収穫量は小麦の倍とまではいかないが、この辺りならば一倍半は採れるんじゃないかな?」
「そ、そんなに違うんですか!」
「うむ、等間隔に植えたり、適切な量の水を維持する為に用水路を整備したりと手間もかかるがな。しかし、水が稲に必要な滋養を供給するだか要らん物を流すだかのおかげで、連作障害がほとんど無いらしい」
「えぇ、畑全部に水路を……でも完成すれば一生ものかぁ」
「うーん、労力に見合うのかねぇ。手間が凄そうじゃないか?」
「でも連作障害がほとんど無いのは魅力的ね……父上に農地整備を進言しようかしら」
俄かに稲作トークが始まった。そういえばセレナって非貴族階級にもそんなに抵抗無いが、捕虜相手でも自然体だな。ぼんやりセレナを見ながら思い返していると、視界の端でアドルフ君が目を見張って握り飯を見ている。そしてわなわな震えながら、ガバっと顔を上げてこちらを見上げる。
「しかも、挽いて粉にしなくても美味しく食べられるんですか!?」
「その通りだ。あるいは滋養は落ちるが、精米して白米にすると香りが良くなって食べやすくなる」
「確かに私は白米の方が食べやすいわ。でも滋養が落ちるのね……」
「白米の方が消化が良いから、衰弱してたり胃腸が弱っているなら白米の方が良い。つまり食べる人次第だな」
気がつけば捕虜達も勢いよく食べ始めているな……それにしても、アドルフ君は好奇心や洞察力に優れているのかな。周囲を和ませるキャラクター性も良い。
「アドルフ君は農業関連の官僚家出身なのか?」
「いえ、農村出身です!」
「そうかそうか、それならばこの国に亡命してみないか?」
「えっ」
「ちょっとヴォルフ、そんな急に言われても戸惑うじゃない?」
急か?いや急か。アドルフ君だけでなく、他の連中も唖然としている。
「まぁ検討してみてくれ。ツァーリ殿やシャーリー殿、ティーゲル殿にも打診する予定だからな。あぁ、故郷の家族に手紙を出すなら届けられるかもしれないから、馴染みの商会があれば教えてくれ」
「き、貴様……!我々が祖国を裏切る筈がなかろう!ましてや名門出のシャーリー様や、ご高名なツァーリ大将軍やティーゲル将軍に裏切りの打診など__」
「ラ、ライナスさん落ち着いて!」
「ライナス君か。良ければ君も検討してみてくれ。何にせよ捕虜でいる間の衣食住は保証するから、時間はあるだろう」
「貴様……!」
ライナスが立ち上がり、拳をテーブルの上に叩きつけた。その拳は震えていたが、彼の目には涙すら浮かんでいた。彼の中で揺れる忠誠心と、目前の状況への苛立ち。その葛藤が、彼を言葉以上に追い詰めてるのだろう。
「祖国への忠誠を貶すつもりか!貴様の薄汚い口車に誰が乗るものか!」
捕虜たちも一斉に怯えた様子でライナスを見つめるが、誰も止めようとはしない。うーん、地雷だったか。そりゃあ気に食わんだろうが、ここは報酬予測誤差による揺さぶりの一手__ふと、隣のフィオナから頬を小突かれ、セレナがため息混じりに苦言を呈する。
「ヴォルフくん、ちょっと急すぎてるよ。みんな驚いてるって」
「ヴォルフ、やり方が乱暴すぎるわ。少し慎みなさい」
「あー……すまない、驚かせたな。だが私が性急に勧誘したのは君たちを高く評価しているからに他ならない。そして連合王国は国力に乏しく、人手を欲しているからでもある。たがな__」
……少し気勢が削がれたが、気を取り直す。ここは悪人スマイルの出番だろう。ニヤリと不適な笑みを浮かべると、皆が息を呑む。気分は機会損失を高らかに煽る悪徳詐欺師だ。
「__この国はこれからメキメキ強くなる。貴様らが高く売れる内に売り込んでおけ」
「えっ」
「くっ!」
さぁ追撃だ。どんどん行くぞ。
「あるいは捕虜でいるうちにコソコソ我が国の技術を持ち帰って、また私に挑むのも構わんぞ」
「貴様……どこまで愚弄する気だ……!」
ノリが良いねぇ。
「知ってるかね?貴様ら帝国軍は合わせると十三万もの兵力で攻め込んだが、逃げ帰ったのは精々二万程度だ。この損耗率は事実上全滅と評して差し支えないものだ」
ライナス君がギリギリ歯を軋らせている。目が血走ってきているが、大丈夫かな……少し気の毒だが、まだ終わらん。
「私に敵対するなら滅ぼす。帝国だろうとな。滅ぶ覚悟があるなら自由に選択して構わんよ」
皆の顔色が悪くなってきたな。よしよし、そろそろ良いタイミングだ。彼らが亡命するにせよ、拒否するにせよ、あるいは偽装投降するにせよ、重要なのは揺さぶる事だ。ガタガタにしてやるとも。ついでに、生きている奴は死体よりも役にたつんだ。
「またヴォルフが悪そうな顔してるわね……」
「うーん、でもこういう時って大体マトモな事考えてるよね……」
「そうなんですか?」
「そうよ?アドルフ君。ああして彼が悪ぶってる時はね……」
「へぇーそんな事があったんですか」
「そーだよ。あの子、こないだも虫を殺すかどうかで悩んでたんだから」
『えぇ……』
台無しだよ。何ヒソヒソ話してんの。
「ゴホン……だが、君達は生き残ったんだ。死んだ奴らは生き返らないし、何より君らはまだ若い。そして__」
どうすんだこれ。改めて皆を見回し、口を開く。もう力技しかねぇよ。
「__まぁ何だ、その……貴様らが高く売れる内に売り込んでおけ……」
「……検討くらいはしといてやる」
青年と忠義の男は微妙な表情を浮かべ、少女達は苦笑していた。外では冬空にたなびく炊煙を、突然の風が吹き飛ばし……きれず、煙がもやもや漂っていた。




