第3話 賑やかなギルド
フィリエルたち『蒼天の翼』はトレイユに拠点を構えるにあたり、庭付き一軒家を借りることにした。長く拠点にする予定なので、宿を借りるよりも良いと判断したのだ。
その家がある裏路地を変装したフィリエルは早歩きで進んでいた。長い黒髪が忙しなく動く。
ほとんど誰も通らない裏路地に誰もいないことを確認して、素早く裏門をくぐる。台所へ繋がる裏口から家の中へと滑り込んだ。
「おかえり」
ちょうど台所でお茶を淹れていたパーティメンバーのオリバーが彼女を出迎えた。茶髪と金目の爽やか系イケメンである。
ふと、彼はフィリエルの様子がおかしいことに気付いた。顔は強張り、頬は紅潮している。ただいまの言葉もない。
「ライトニング卿? どうした?」
オリバーが声をかけると、フィリエルは強張った表情のまま彼を振り向く。その目には動揺、困惑といった感情が浮かんでいた。
「オリバーくん、どうしよう」
フィリエルの声は震えている。
「……『女装』がバレた」
その言葉はオリバーに激しい衝撃を与えた。お茶を注ごうとしていたポットがピタリと止まる。
五秒ほど静止したのち、オリバーはひとまずポットを置くと、足早にリビングへ歩いて行った。
「しゅーごー!」
オリバーは家に響く声を張り上げた。リーダーの号令に、他の二名も顔を出す。
二階からは眠そうな顔をして魔法使いのサイモンが下りてきた。上下灰色のスウェットを着て、長い金髪をわしわしとかいている。
一階のお風呂に繋がるドアからは黒と見間違えるような紫の髪の青年が出てきた。シーフのコーネルだ。彼らしい黒のハーフパンツとTシャツで風呂掃除をしていたらしい。
「どした?」
「何事だ」
オリバーは二人をリビングのテーブルへ促す。重い足取りのフィリエルもそこに加わった。
テーブルを囲むイケメンたち。方向性は微妙に違うが、イケメン、美男、と呼ばれるに値する顔ぶれだ。
真剣な顔でオリバーは両肘をテーブルについて指を組む。
「ライトニング卿の『女装』が見破られた」
サイモンとコーネルは衝撃のあまり言葉が出ない。彼らは動きが悪くなった機械のような、ぎこちない動きでフィリエルを見る。
どう見ても別人レベルに『女装』した彼女がそこにはいる。今と普段の姿を見て、同一人物だと気付く者がいるとは思い難い。
「誰に気付かれたんだ?」
「この前、話した、カイルくん」
オリバーが質問すると、フィリエルはうつむいたまま答えた。
「ライトニング卿を初見で女だって見抜いた奴か? どんな目してんだよ」
サイモンは驚きを隠せない様子だ。オリバーも頷いている。
「で、でもヘラヘラ喋る子じゃないから、このことは誰にも言わないと思う」
フィリエルは今日の出来事を話した。カイルはヘラヘラと雑談するうちにポロッとこぼすようなタイプには見えない。
ずっと黙っていたコーネルが皆を見回す。
「……みんな、落ち着け。よく考えてみろ。ライトニング卿が女だと知られて困ることはあるか?」
一同に沈黙が下りた。
普通にしていて女子だと気付いてもらえないから、カツラまで被って思い切り「女の子」の格好をする『女装』をしているだけだ。
隠しているわけではない。気づいてもらえないだけである。
そう、隠しているわけではないのだ。
「特にないな」
「うん、ない」
「ない、ね」
サイモン、オリバー、フィリエルは同時に頷く。
パーティ会議を開いたが、たとえフィリエルが女性だと知られたところでなにも困らない、という結論に達した。
皆でため息をつく。
「ごめん。気が動転して集合かけちゃった」
言い出しっぺとなったオリバーが謝る。サイモンは首を横に振った。
「いや、それはビビる案件だから仕方ない」
「そうだな、仕方ない」
コーネルもオリバーを責めることはない。フィリエルは椅子から立ち上がった。
「着替えて化粧落としてくる」
そう言って二階の自室へ上がっていった。彼女の背中を見送り、オリバーが机に身を乗り出す。どうしたのかとサイモンとコーネルも身を乗り出した。
こそっとオリバーが告げる。
「でも帰ってきた時のライトニング卿。ちょっとまんざらでもない顔してたんだよね」
「「え?」」
今日一番にサイモンとコーネルの顔が引きつった。
翌日、落ち着きを取り戻したフィリエルはいつも通りだった。それに安心して『蒼天の翼』は四人そろって冒険者ギルドへと向かう。
ギルドの中はすでに人で賑わっていた。ガヤガヤと商店街に負けない喧騒だ。
ここトレイユは交易の拠点となっているだけあり、依頼の数に比例して冒険者の数も多い。
その中でも目立つ、赤いツンツンヘアがフィリエルの目に留まった。隣には無造作なプラチナブロンドと黒髪ストレートの頭が見える。
「おいカイル。昨日はかなりの別嬪さんと一緒にいたらしいじゃねーか。俺にも紹介しろよ」
ガラの悪い中年冒険者たちがカイルにちょっかいをかけていた。フィリエルの肩がピクリと動く。カイルはそれを視界の端で見ていた。
いやらしい笑みを浮かべる大人たちを、カイルは鼻で笑った。
「おっさんたちには絶対ェ教えてやんねえよ」
「このっ、クソガキ!」
掴みかかろうとした手をカイルはひょいと避ける。エルヴィスとギルも距離を取った。周囲からどよめきが起こった。
ギルド内での喧嘩はご法度だ。それをわかった上でのことだろうか。
フィリエルにとっては自分がきっかけのようなものだ。声を上げそうになるが、堪えた。カイルは約束通り言わないでくれている。動いた右手が所在なく下ろされる。サイモンはそれを黙って見ていた。
受付カウンターの奥からディアナが声を張り上げる。
「ちょっとぉ! ギルド内での騒ぎは厳禁よ!」
「あぁん!?」
中年の冒険者はギロリと鋭い視線をディアナに返す。しかし、それで怯えているようではギルドの職員は務まらない。
怯える他の受付係を尻目に、ディアナはいつも席の後ろに控えさせているバトルアックスを手に取った。負けじと中年冒険者を睨み返す。
「おぉん!?」
ギラリと輝くバトルアックスは、もはや護身用と呼べる代物ではない。モンスターを狩るそれだ。
磨き抜かれた武器を携える受付嬢に、カイルたちはドン引きしている。怒るディアナは初めて見た。
ディアナはカウンターに片足をかけて今にも飛び越えそうな勢いだ。
それを止めたのはフィリエルだった。鞘に納めたままの剣でディアナのバトルアックスを押さえる。
「ダメだよ、ディアナちゃん」
フィリエルは優しく声をかける。カウンターの奥にいる女性陣から小さな歓声が上がった。
それからフィリエルはスッと目を細めて怒鳴った中年の冒険者に視線を向ける。剣呑な眼差しを向けられた中年の冒険者たちは一歩下がった。
「彼らや受付嬢に喧嘩を売ると言うなら、私が買いますが。どうします?」
底冷えするような無感情な声だった。中年の冒険者はフィリエルを睨みつける。
「野郎……カッコつけやがって!」
「やめろって! ありゃ『蒼天の翼』だ」
彼女の正体に気付いた仲間が止めに入る。フィリエルのすぐ横にはオリバーたちが控えていた。Aランクパーティと揉めても勝ち目はない。
「覚えてろ!」
お決まりの捨て台詞を残して、中年の冒険者たちはギルドから出て行った。
それを見たフィリエルはハァとため息をつく。ちらりと見たディアナの顔はまだ唸っていた。
「そんなんじゃ、また床壊してギルマスに怒られるよ」
「えへっ」
フィリエルの指摘に、ディアナは舌を出して笑う。その様子を見ていたサイモンが首を横に振った。
「いや、可愛いくねーから」
「おぉん!?」
ディアナのバトルアックスが再び輝く。サイモンの金色の目がカッと見開かれた。
「そんなことして可愛いのは俺の妹だけだ!」
「シスコンは黙ってろ! この残念なイケメンめ!」
ギャアギャアと争う声を背に、フィリエルはカイルたちに近づいた。
「また余計なこととしちゃったかな?」
困ったような顔でフィリエルが声をかける。カイルはフンと鼻で息をついた。
「別に」
カイルの答えは素っ気ない。フィリエルは小さく笑い、彼にだけ聞こえる大きさの声で言った。
「でも、ありがとう」
その言葉にカイルの顔がカァと赤くなる。エルヴィスとギルは「ん?」と訝しげにそれを見ていた。
「はぁん!?」
「おぉん!?」
受付カウンターから不穏な声が聞こえてきた。聞き覚えのあるそれにフィリエルは慌てて振り返る。
サイモンとディアナがそれぞれの武器を振り上げていた。
フィリエルは思わず声をあげる。
「なんでそこが揉めてるの!?」
今日も、トレイユの冒険者ギルドは賑やかである。
お読みいただきありがとうございます。
ディアナちゃんは小柄で大人しそうに見えるけど結構アグレッシブです。




