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第2話 『女装』


 カイルは休みとした今日を、宛てもなく町の散策に費やしていた。いつもは付けている小手や胸当て、剣は宿に置いてきた。シャツとズボンのみの軽装で歩く。


 人が行き交い、街には活気が溢れている。母の手を引き急かす男の子、会話を楽しみながら歩く女の子たち、手を繋いだ仲睦まじいカップル、杖を突きながらゆっくり歩く老婦人。様々な人の息遣いが聞こえてくる。


 不意に、カイルは正面から歩いてくる女性に目が留まった。

 長い黒髪をなびかせながら、ヒールを鳴らして歩いてくる。オフホワイトの長袖のブラウスをきちっと着こなし、深い赤のフレアスカートがひらひらと揺れた。


「アンタ、何でそんな格好してんだ?」


 カイルの口から言葉が漏れていた。

 女性はハッと明るい緑色の目を見開く。その目は驚きに彩られていた。彼女はガッとカイルの手を掴んだ。


 思っていたより強い力にカイルは顔をしかめた。


「カイルくん、ちょっと来て」


 高い艶やかな声がカイルに耳をくすぐる。女性は引きずるように彼の手を引いて近くの喫茶店に入った。店員に促され、窓辺の席に座る。


 向かい合って座る二人の空気は気まずい。うつむいた女性はなかなか顔をあげようとしない。


 カイルは落ち着かない様子で頭をかいた。

 彼女を見ると、どうしても女性特有の膨らみに目が行ってしまう。女性の豊かな胸元に目を向けてしまうのは青少年の性か。

 ただ、最初に会った時にはなかったものだ。


「な、なんで、気付いたの?」


 カイルの様子をうかがうように顔を上げながら、女性フィリエルが尋ねた。

 変装をしていてバレたことは今まで一度もない。パーティメンバーですら目を疑うくらいの完成度だったはずだ。


 カイルは呆れた顔をする。


「何でって、見りゃわかるだろ」

「みんながそうなら、こんな格好してないよ……」


 聞き覚えのある低い声に戻ったフィリエルは肩を落とした。


「で、何でンな格好してんだよ」


 カイルは最初の質問を繰り返す。フィリエルは言いにくそうに、もじもじした。颯爽と歩くAランク冒険者とは思えない姿だ。


「だって、いつもの格好だと可愛い雑貨とか見れないから」

「……は?」


 ボソボソと小声で答えるフィリエルに、カイルは声が裏返る。そんな理由でここまで変装する必要があるのか。


「わ、私は生まれてからずっと、男の子だと勘違いされてきて。普通の格好してたって、女の子だって気付いてもらえないし、男の子みたいって言われるし。これくらいやらないと、ダメなんだよ」


 フィリエルの顔がだんだんうつむいていく。ディアナが言っていた「苦労」とはこういう事だったのか、とカイルは思う。

 イケメン女子にはイケメン女子の悩みがある。


「別に、普通にしてても女じゃねーか」


 訳が分からない、と言いたげな表情でカイルは言う。フィリエルは顔を上げて苦笑いを浮かべた。


「みんながそうだと、いいんだけどね」


 口元は笑っているが、どこか寂しそうだ。カイルの口が動くより先に、店員が注文を聞きにやってきた。


「温かい紅茶とチーズケーキで。カイルくんは?」


 フィリエルの声が高らかな艶のあるものに早変わりする。それに驚きつつ、カイルはちらっとメニュー表を見た。


「アイスコーヒー」

「かしこまりました」


 ぶっきらぼうなカイルの言い方を気にすることなく、店員は笑顔で伝票に注文を書き込む。

 店員が去って行ったのを確認して、フィリエルは息をついた。それから懇願するようにカイルを見つめる。


「お願い。このことは誰にも言わないで」

「そいつは構わねえけど……」


 カイルとしては言いふらす理由がない。もちろん、そんな気も毛頭ない。


 フィリエルはホッと表情を緩めて微笑んだ。

 穏やかな笑顔にカイルの息が詰まる。プイッと窓の外に顔を逸らした。その様子を見たフィリエルは小首をかしげる。


「どうかした?」


 不思議そうにフィリエルが尋ねると、カイルは口元を歪ませた。


「な、なんでもねえよ」


 照れ隠しにつっけんどんな言い方になってしまった。フィリエルは気にする様子もなく、変わらず不思議そうな表情を浮かべている。


「つーか、アンタらドラゴンを倒してAランクに昇格したんだろ? どうやって倒したんだ?」


 カイルは話題を変えようと早口で尋ねた。


 最年少Aランクパーティ『蒼天の翼』はドラゴン討伐により昇進を果たしている。それは冒険者の間では有名な話だ。Sランクを目指しているカイルにとっては聞いておいて損のない話である。


 フィリエルは明るい緑の目を少し伏せた。

 その顔に笑みはなく、カイルにはとても悲しそうに見えた。誇らしく話してもいいことのはずなのに、彼女にとってはそうでないらしい。


「ドラゴンはね、本当は人語を理解して知性のある種族なんだよ。人はどうして、彼らを素材としか見られなくなったんだろうね」


 カイルにだけ聞こえる声で、フィリエルは静かにつぶやいた。


「私たちが討伐したのは、ただのドラゴンじゃない。一度死んで、執念で蘇ったドラゴンゾンビだった。そこを守り続けるという使命を死んでも忘れなかった、義理堅いドラゴンだったよ」


 ドラゴンに味方するような言い方をする彼女を、カイルは訝しげに見ていた。


 ドラゴン退治は少年少女が聞かされる心躍る物語だ。幼いカイルも目を輝かせて物語を聞いていた。

 英雄と称される冒険者たちのほとんどがドラゴン退治を達成している。輝かしい功績であるにもかかわらず、彼女は微塵も嬉しそうではない。


「でも、倒し方は秘密かな」


 視線を上げたフィリエルの表情に悲しさはなかった。いたずらをするようにクスッと笑っている。カイルの顔がしかめられた。


「肝心なところ教えろよ」

「だって、キミと私は戦い方が違うだろう? キミにはキミの勝ち方がある」


 フィリエルは笑うだけで、答えてくれそうにない。自分で見つけろ、ということらしい。


「おまたせしました!」


 店員がトレイに品物を乗せてやってきた。アイスコーヒーをカイルの前に、紅茶とチーズケーキをフィリエルの前に置く。


「わあ、美味しそう。ありがとうございます」


 高らかな声でフィリエルがお礼を言うと、店員も笑顔で「ごゆっくりどうぞ」と返した。

 あまりの声の変わりっぷりにカイルは唖然とする。


「アンタの喉、どうなってんだ?」

「女ですもの。高い声くらい出ます」


 フィリエルは得意げに笑った。それからスッと元の声に戻る。


「コーヒーだけで良かったの?」

「甘いもんは好きじゃねえ」


 カイルは言いながらコーヒーに口を付けた。


「え、ごめんね。知らなくて」


 フィリエルは慌てて謝った。そんなこと気にも留めず、適当な店に連れてきてしまった。

 カイルは「別にいい」と気にしていない様子だ。


 それから二人は他愛のない会話でカフェの時間を過ごした。


お読みいただきありがとうございます。

フィリエルちゃんは素がイケメン寄りなので、頑張らないと女性寄りにならないのです。

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