第1話 ライトニング
綺麗な笑顔だった。
明るい緑の瞳が細められ、口元が微かに弧を描く。鬱蒼とした山の中で、そこだけ日が当たっているようだった。
「私の名前は、フィリエルだよ」
女性にしては低いハスキーな声が流れる。
カイルの顔がカッと熱くなった。赤い瞳に負けないくらい耳が赤くなる。
胸の鼓動もいつもより大きく聞こえる。胸の奥をくすぐる何かが駆けまわった。
その気持ちが何なのか。今のカイルにはわからない。
フィリエルと名乗った女性は短い黒髪を揺らして木々の間に消えていった。
「お前、よくあの人が女の人だって気付いたな」
「俺、全然わからなかった」
彼女の容姿は一言で表すなら、まさに「イケメン女子」だった。
すらりとした長身で中性的な顔立ち。ハスキーな声。
そして、キノコの採取中に現れたモンスターを、彼らが反応する前に雷の魔法で倒してしまう実力の持ち主。
その手際の良さから熟練の冒険者であることがうかがえた。
初めて会った彼らでフィリエルが女性であると気付いたのはカイルだけだった。
「カイル?」
惚けていたカイルに、赤いツンツンヘアのエルヴィスが声をかける。
「なっ、何でもねえよ! 帰るぞ!」
カイルは慌てて言うと、足元に置いていた籠を手に取って山を下りる。籠には今日の依頼の品であるヒポロタケがたくさん入っていた。
「おい、待てって」
黒髪の少年ギルは急いで籠を持ち上げてカイルを追う。エルヴィスもそれに続いた。
カイルは十五歳で幼馴染のエルヴィスと故郷を飛び出した。Fランクから始まる冒険者ランクも、一年でDランクまで上げた。
この町トレイユに来たのは最近である。今日は近辺の地形の把握も兼ねて、採取の依頼を受けていた。
ヒポロタケは薬の材料になる大切なキノコだ。黄緑色に白の斑点と、食べるには抵抗のある色合いなのはご愛敬である。
丁寧に採取されたキノコはギルドの受付でとても喜ばれた。
「わあ、すごい! 丁寧に採ってきてくれてありがとう! 『紅蓮の牙』は優秀ね」
受付係のディアナが嬉しそうに籠の中を見ている。アメジスト色の瞳が輝いていた。カイルはプラチナブロンドのウルフヘアをかく。
「こんくらい普通だろ」
「普通じゃないんだな、これが」
ディアナはため息をついて答える。黒髪で身長の低い彼女は年下に見られがちだが、実際はカイルたちより四つも年上だった。
彼らは同い年扱いしなくて良かったと内心、安堵している。
レンガ造りのギルドは一階が受付、二階がギルドマスターの部屋や資料が置いてある部屋になっている。夕方の時間帯ということもあり、一階には他の冒険者たちの姿も多くあった。
カイルは依頼完了の書類にサインをする。
「あ、ライトニングちゃん! おかえり!」
ディアナが入って来た誰かに手を振った。何となくカイルたちも振り返る。
そこには先程、別れたばかりのフィリエルの姿があった。カイルの鼓動が一瞬だけ跳ね上がる。
白いワイシャツに黒のベストと黒のスラックス。腰には細身の剣を下げている。英国紳士を思わせるその姿は、遠目で見ると、やはり男性にしか見えない。彼女は片手を挙げながら優雅に受付へ歩いてくる。
「あれ? キミたちさっきの」
フィリエルがカイルたちに気付いて声を上げた。黒い髪が小さく揺れる。ディアナが不思議そうに首を傾げた。
「もう知り合い?」
「さっき会ったばかりだよ。はいこれ。ちょっとしか生えてなかった」
フィリエルは手にしていた巾着をディアナに差し出した。待ってましたとばかりにディアナは受け取る。すかさず中身をチェックした。
「さすがライトニングちゃん。仕事が早い」
ディアナは満面の笑みを浮かべる。その姿にフィリエルは軽くため息をついた。
「次からは特急料金をもらうからね」
「先方に伝えとくわ」
ディアナはそう答えて、報酬が入っていると思われる封筒を差し出した。その分厚さから高額であることがわかる。
フィリエルはそれを「まいど」と言いながら受け取った。
「あの……『ライトニング』って?」
エルヴィスが二人の様子をうかがいながら尋ねる。先ほど聞いた名前とは違う。
「私のあだ名みたいなものだよ。そっちのほうが通っているから、本名よりそっちで呼んでくれると助かる」
フィリエルは軽く笑いながら答えた。仲間内でも本名を呼ぶ人はいない。
すると、ディアナの顔がしかめられた。
「え、もう気付いてるの?」
「正確には彼だけが気付いた」
フィリエルはカイルを示す。何が、と言わずとも二人は即座に通じ合っていた。性別のことであることはカイルたちにもわかった。
ディアナは感心した顔でカイルを見上げる。それからニヤリと不敵に笑った。
「やるな、少年」
何が「やる」のか、カイルにはわからない。とりあえず、書き終えた書類をスッと押し出した。
ディアナはそれを受け取り、目を通す。言動の荒っぽさからは想像がつかないくらい綺麗な字で書かれていた。
「字も綺麗で読みやすいわ。助かるー。あ、これライトニングちゃんのね」
読みながらフィリエルに書類を渡す。フィリエルは封筒をベストの内ポケットにねじ込み、書類を受け取る。隣のカウンターでサラサラと記入してディアナへ差し出した。
ディアナはフィリエルの書類を受け取ってチェックする。
「相変わらず、顔に似合わない字を書くよね」
「ほっといて」
ディアナの言葉に、硬い声でフィリエルは返す。字が汚いのは自覚しているが、修正が効かないのだ。
「あ、ライトニングさん! ギルマスがお呼びです!」
ギルドの男性職員が声を上げた。ギルドマスターからの呼び出し。フィリエルは眉間にしわ寄せて踵を返す。
「明日呼び出されるだけだよー」
フィリエルが一歩を踏み出す前に、ディアナが引き止めた。ピタリとフィリエルの歩みが止まる。仕方なしに、男性職員に促されて二階へ上がった。
「なんで『ライトニング』なんですか?」
ギルが不思議そうに首を傾げる。彼女の容姿からの引用ではなさそうだ。ディアナが頷いて答えた。
「雷と風の魔法が得意でね。特に雷は自由自在。下手な魔法使いより使える。言動も紳士に振る舞うから、ギルド内では『ライトニング卿』って呼ばれてるの。冒険者も町の人も、ほとんどの人が男だと思ってる」
「まあ、カッコイイっすもんね」
エルヴィスは納得した。男性である彼から見てもフィリエルの立ち振る舞いはスマートでカッコイイ。勘違いするなというほうが、無理がある。
「ところで、どうやってわかったの?」
ディアナは興味津々にカイルに尋ねる。純粋な興味本位というよりは野次馬根性丸出しだ。
その顔にカイルは面倒くさそうな表情をする。
「ンなもん、見りゃわかるだろ」
カイルは端的に答えた。ディアナの顔がガッカリした顔になる。何でそんな顔されなきゃいけないんだ、とカイルは苛立ちを感じた。
「それが出来れば、ライトニングちゃんも苦労してないよー」
突然、バンッとギルドマスターの部屋のドアが乱暴に開かれた。途端にギルドの空気が張り詰める。ギルド内の喧騒が消えた。
険しい顔をしたフィリエルが紙を片手に出てきた。ずんずんと大股で歩いて階段を下りる。どう見ても機嫌が悪い。そんな彼女に声をかけられるのはこの場ではただ一人。
「どうするのー?」
「会議してから」
ディアナの問いに、フィリエルは紙をヒラヒラと振って答えた。苛立たしげな声が不機嫌さを隠さない。そのまま振り返ることなく、ギルドを出て行った。
緊張が走っていたギルドの空気が緩む。いつもの賑やかさが戻った。
ドアを見つめるディアナの眉間にはしわが寄っていた。
「なーんか、面倒な依頼を押し付けられたみたい」
怒ってる、とディアナがつぶやく。
ギルドマスターの部屋に入る前まで見せていた穏やかな雰囲気が一変。肌に刺さるような威圧感を放つフィリエルは別人のようだ。
ディアナはハァとため息をついた。
「この町でAランクパーティはライトニングちゃんたちの『蒼天の翼』だけだから、頼るのはわかるんだけどさ」
「は? え、『蒼天の翼』って、あの最年少Aランクパーティの?」
ギルが驚いて黒い目を見開く。ディアナも目をぱちくりさせた。
「あれ? それは聞いてなかったんだ」
聞いていないとギルとエルヴィスは首を横に振る。ディアナは話す基準がわからんと首を傾げた。それからディアナはカイルたちに笑いかける。
「ま、君たちは気にせずコツコツ依頼をこなしていきなよ。がんばれ少年たち」
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年下男子×年上イケメン女子の物語をどうぞ見守ってください。
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